課題2 : 臆病な精神
クレーターの縁に立っていたのは、隊長だった。
包帯はまだ残っているが、前よりずっと元気そうだ。
彼は斜面をゆっくり降りてくる。
「様子を見に来たよ」
シャドさんが鼻を鳴らす。
「仕事は終わったのか?」
「各班長には連絡がついたよ。で、休憩がてら来てみたんだ」
隊長は苦笑した。
そして僕を見る。
「カビ助くん。頑張ってるみたいだね」
僕は慌てて立ち上がる。
「い、いえ! まだまだです!」
ジェムさんはクレーターの中央を見渡して——
少しだけ感心したように言う。
「なるほど。ここが修行場所か……」
そして、シャドさんを見る。
「今はどんな感じ?」
「身体はマシになった。だが——」
短い評価。”だが”?
シャドさんは僕を指差す。
「精神面はまだまだだな」
……うっ。
確かに、発作が出た時はすぐに落ち込んでましたけど。
筋トレの努力でマシになったのだから、少しは褒めて欲しいものだ。
「なるほど。じゃあ——」
それを聞いた隊長は、軽く手を叩いた。
そして、僕を見る。
「実践がてら、少し相手してもらおうかな」
僕は固まった。
「え?」
シャドさんが当然のように言う。
「丁度いい。俺もそうしようと思ってたんだ」
僕は二人を交互に見る。
「え? え?」
隊長と……戦う?
いやいやいや、無理だろ。
「流石に勝てるわけないですよ!」
だが、隊長は穏やかな笑顔のまま言う。
「大丈夫、殺しはしないよ」
いや……その言い方怖いんですけど。
隊長は少し、天然なところがある気がする。
「流石にハンデはつけろよ?」
シャドさんが呆れた顔で言った。
「分かってるよ。じゃあ——」
すると隊長は、シルヴァの仮面を外し——
地面に置いた。
そして——
ポケットの中から、カタツムリを取り出した。
「今日は、この子だけを使うよ」
う〜ん。それなら、まあ?
——とはならないのが、隊長である。
”英雄”を前に、僕は思わず叫ぶ。
「いや、十分強いですよ!?」
「大丈夫。君ならやれるさ」
隊長は少し笑い——
そして、静かに構える。
少しだけ、目が鋭くなる。
「……じゃあ、始めようか」
——空気が、変わった。
僕は思わず拳を握る。
突然の展開だけど——
敵前では、よくあることだ。対応しよう。
「ふぅ……」
僕は息を整えた。
これで、心の準備完了——!
「よし。開始!」
シャドさんの合図。
——それにより、戦闘が始まった。
僕は地面を蹴る。
筋肉がしっかり反応する。
前より速く走れる。
やっぱり……努力が効いてる!
「やるね」
隊長の余裕のある笑み。
その隙に、距離を詰める。
十メートル。
九メートル。
——その瞬間。
ヒュッ!
何かが飛んできた。
「うわっ!」
身体をひねって何とか避けれたが——
あのカタツムリ、当たれば相当なダメージだ。
僕が避けた弾は岩に当たると、そこにヒビを入れていた。
——やはり見た目で舐めてはいけない。
僕は隊長の右手を注視した。
すると——
「後ろにも注意だよ」
隊長の軽い声。
——次の瞬間。
「『蝸牛制御』!」
ギュン!
背後から、空気を裂く音がした。
「まさか——」
僕が振り返った時には、もう遅い。
先ほど岩にぶつかった弾が、僕の背に直撃。
「ぐあっ……!」
痛い。背骨が折れそうだ。
あれが、隊長の能力——⁉︎
カタツムリを弾丸のように投げるだけじゃなかったのか!
「隙は与えないよ」
僕が背中を丸めている間に、隊長は”次”を出していた。
ヒュッ、ヒュッ、ヒュッ!
弾が、連続で飛んでくる。
速い。それが三つも。
でも——
「見える!」
身体が自然に動く。
これも筋トレの成果か?
体が軽い! これなら——
隙間を見つける。
避ける。次の隙間に踏み込む。
また避ける。
僕は一気に距離を詰めた。
「『ツルピカフラッシュ』!」
そして、頭を光らせる。
閃光が広がる。
その隙に、ダガーを投げ込む。
ヒュン!
一直線。隊長の肩を狙う。
だが。
「『粘液の壁』」
ジュルルルッ。
半透明の膜が、地面から盛り上がった。
隊長は自身の前にそれを広げ——
僕のダガーを減速させた。
やがてダガーは軌道が逸れ、地に落ちる。
「ああ……!」
「これは、少し大人げなかったかな?」
隊長は少し笑った。
僕は改めて、隊長のすごさを実感した。
ドラゴンの力が無くても、これほどの実力……!
だけど——
大人げなくはないですよ。
だって、”それ”が貴方の弱点——!
「隊長は、優し過ぎます!」
僕は走ってダガーを拾い、急ブレーキ。
滑りそうになるが、踏ん張る。
スクワットのおかげで……助かった。
体勢を立て直す。
——そして回り込む。
『粘液の壁』がない、隊長の横側へ。
「何っ⁉︎」
「うおおおおおお‼︎」
僕は叫び、ダガーを構えた。
隊長はまだ構えていない。
想定外の顔だ。
——今なら!
僕はダガーを投げ付けた。
肝心のコントロールも、無事成功。
今度こそ、当たる。
ジェム・カブリの胸に。
手加減しているとはいえ、ずっと憧れていた人に。
そして……父さんの弟子に!
あれ——?
僕の手で、”そんな人”を傷つける?
その瞬間。僕は、目を瞑っていた。
ほんの一瞬、ではあるが。
でも……
”彼”にとっては、十分すぎる隙だった。
ドンっ!!
隊長の拳が、僕の腹に炸裂。
僕は地面に転がった。
「ぐっ……!」
息が詰まる。
起き上がれない。
隊長は、僕を見下ろしていた。
「……今、目を瞑ったね?」
静かな声。
僕は言葉を失う。
「作戦は、完璧だった」
僕は、まだ立ち上がれない。
隊長は一瞬間を置き、続ける。
「でも君は……当てる覚悟がなかった」
僕は拳を握った。
土が指の間に入り込む。
隊長は僕の前にしゃがみ込む。
「それが、君の弱さだ」
……図星だった。
外道な相手ならまだしも、大切な人を傷つけるなんて——
僕にはできない。
何も言えないまま、僕は顔を上げる。
「その気持ちは、僕にも分かる」
隊長の目は、優しいままだった。
「けど、”大切な人”が敵だったら、大人しくやられるのか?」
「はっ……!」
その瞬間、僕の胸が強く跳ねた。
最悪な記憶がよみがえる。
父さんのクローン。
憑依されたミツバ。
洗脳されたピクコノさん。
僕はその全てに、何も出来ずに——
助けが来なければ、死んでいた。
僕は歯を食いしばる。
「ゲホっ。それは……!」
言葉が出ない。
隊長はゆっくり息を吐く。
「私も、人を傷つけるのは今でも怖いさ」
彼は遠くを見て、少しだけ笑っていた。
僕は驚いた。
「あの、隊長が?」
彼は笑って頷く。
「”これ”は師匠……君のお父さんに、言われたことなんだけど——」
——父さんが?
僕は唾を飲み、静かに言葉を待つ。
「”優しさは強さだ。でも戦いでは弱点になる”」
「あ……」
うん——。
確かに父さんが言いそうな言葉だ。
こうして彼の話を出されると——
世代を超えた、繋がりを感じて胸が温かくなる。
そして、隊長は少しだけ目を鋭くする。
「なら……傷つける時は、”守りたいモノ”の事だけを考えればいい」
「”守りたいモノ”……?」
僕はそこから、何も言えない。
その時。
後ろから、シャドさんの声がした。
「……そうだな」
岩の上で腕を組んでいる。
その目は、どこか遠くを見ていた。
「俺は昔——”仲間”など信用できないと考えていた」
そして、ぽつりと続ける。
「利害が一致すれば利用する。それだけの関係で十分だと」
それが彼の思想だった。
闇に呑まれていた時——
ずっと貫いてきた考え。
でも。
シャドさんは少しだけ目を細める。
「だが、お前の父親は利害関係なしで命を張ったんだ」
——クレーターに風が吹く。
僕も隊長も、何も言えない。
シャドさんは続けた。
彼は空を見る。
「理解できなかった……その瞬間。俺の世界は壊れたんだ」
——沈黙が落ちた。
そして、彼は軽く手を叩く。
——空気を切り替えたかったのか?
「つまりそれを継ぐお前の考えも、大事ってことだ」
「ふふ。そんな訳で、カビ助くん」
隊長は微笑み、優しく言う。
「どの考えが正しいのか。その迷いに、しっかり向き合うんだ」
それを受け、僕も少しだけ笑う。
「それも修行……ですからね」
——ハンデありでも、隊長には敵わなかった。
でも……
僕の中では何かが、静かに動き始めていた。
ゲホっ…ゴホっ…! 「ブックマーク登録」「いいね」「評価」を頂けると励みになります。




