対等な関係
村の空気が、まだ焦げた匂いを残している。
倒れた村人たちの前で、カルマさんは静かに立っていた。
その手に、まだ消えきらない黒い揺らぎが残っている。
——メドゥーサを抑え込んだ、あの闇。
「……あの力は何ですか」
気づけば、声が出ていた。
カルマさんがこちらを見る。だが、無言。
「さっきの……あれ、本当に大丈夫なんですか」
空気が、一瞬止まる。
カブ太が不安そうに僕を見る。ギザンは何も言わない。
モグドンさんは怪訝な顔になる。
「あなたは……『ダーク族』なんですか……?」
カルマさんが使っていた技からは、確かに魔王や八岐大蛇と同じ質を感じた。おそらく、この人は——『スシ族』の身でありながら、『ダーク族』を副種族としている。
——彼はは振り向かない。
黒い光を纏ったまま、淡々と答えた。
「昔、俺は闇に堕ちた」
「え?」
僕はその経緯を問いただそうとする。
「あなたは、本当は——」
途中で口ごもった。その瞬間。
「やめとけ」
低い声が割り込む。
振り向くと、モグドンさんが腕を組んで立っていた。
「『ダーク族』だからって、それだけで疑うのは“差別”だ」
はっきりとした口調。
僕は言い返そうとする。
「でも、僕の父は、『ダーク族』に——」
「いいか。力ってのはな——使い方次第だ」
また、遮られた。
この台詞……メドゥーサの事件前、話そうとしてたことか?
「刃物は人を殺す。火は住宅を焼く。だが、どちらも料理の役に立つ」
一歩、僕の前に立つ。
「お前は『力』そのものを憎むか?」
「……っ!」
言葉に詰まる。
「闇も同じだ」
モグドンさんは、カルマさんを見ずに言った。
——静寂。
「感謝する。地中班長モグドン」
そして、カルマさんはふっと息を吐いた。
「覚えとけ。俺は、何があってもお前らの味方だ」
簡潔。けれどそこに、迷いはない。
胸の奥が、少しだけ軽くなった。
(ああ……そうだ。この人は、ミツバに拒絶されながらも僕の命を……二度も救ってくれた恩人。そんな人を疑うなんて……どうかしてたな。)
「……あれ?」
カブ太が、声を上げる。
「村の人たち、戻ったみたいだぜ」
「……っ、本当だ!」
村のあちこちで、人が動き出している。
倒れていた人々が、ゆっくりと上体を起こす。虚ろだった彼らの瞳に、色が戻る。
——洗脳が、解けている。
誰かが泣き、誰かが隣を抱きしめる。また、誰かは……洗脳状態とはいえ、僕らを襲ってしまったことについて謝罪する。
「洗脳時の記憶は、残ってるんだね」
「知らない方が良いこともあるってのに。改めて、酷い能力だな」
僕とカブ太がそう話していると、カルマさんが呟いた。
「本来、ダクトの力は記憶を残さないはずだが——」
「ダクト? 誰だ?」
「我の記憶が確かであれば、あの石化能力者が叫んでいた名前なり」
「ああ……。じゃあ、奴の息子……『魔王』の名前ですか?」
カルマさんはわずかに視線を落とす。
ほんの一瞬だけ、迷いのような影が差した。
「奴と、知り合いだったんですか?」
僕がそう尋ねると、彼は肩をすくめる。
「昔、ちょっとな」
彼は、それ以上は語らなかった。
……昔? というと……?
彼が闇に堕ちたという経緯に、何か関係があるのだろうか。
(まあ、これ以上の詮索は野暮だよな)
僕がそう思った時——
校門の近くで、見覚えのある大きな背中が、ゆっくりと立ち上がった。
大きなシャベルを持ち、ボロボロな農家服を身に纏ったおじさん。洗脳が解けたことで、彼本来の優しい雰囲気がすっかり戻っている。
「あ……ピクコノさん!」
気づいた瞬間、足が勝手に動いていた。
——彼の周りの大地は、ボロボロになっていた。
その中で、彼は膝をつき、自身の手を見つめる。
「これを……おらが……?」
声が、かすれている。
「ピクコノさん!」
僕が呼ぶと、彼は顔を上げた。
一瞬、目が合う。
……それだけで、全部が伝わった。
「っ……。カビ助くん」
その呼び方に、胸が詰まる。
確かに僕らは傷つけられた。でも、それは貴方のせいじゃ……!
彼はゆっくり立ち上がろうとして、よろめいた。
——僕が支えようとする。
けれど。ピクコノさんの方が、先に僕の肩を掴んだ。
「……カビ助くんの方が、重症だべ?」
低い声。昔みたいな、優しい保護者の響きじゃない。
確かめるような、対等の声。
「これくらい、大丈夫ですよ……」
僕は答える。確かにボロボロだが、もう慣れてしまっている自分がいた。
(だが、嘘はつかない。)
カルマさんのおかげで身体は何とか耐えられていても……無力感を味わい続けてしまった精神は、無事で済んでなどいなかった。
「でも、僕は、守りきれませんでした……」
崩れた住宅と、三十人の屍を見る。思っていた言葉が、そのまま出た。
校舎も、人々も、大地も。全部、無傷じゃない。
ピクコノさんは目を閉じた。
「おらも、守れなかっただ……」
短い返事。責めるでもなく、慰めるでもない。お互いに、情けないところを見せ合っている。ただ後悔を口にするだけの、対等な関係だった。
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「あの……」
少しの沈黙の後、僕は迷いを抱えたまま口を開いた。
本当は、再会したら、言うつもりだった。
『一緒に来てほしい』と。
——でも。僕らにはもう、ギザンさんがいる。
ドリル族の力は、足りている。
危険な旅だ。ピクコノさんを……ただ平和に暮らしたいだけの農家さんを、これ以上巻き込む理由は……ない。連れ出したいと思っていたのはきっと、任務以上に……父親の面影を彼に重ねていた、僕のエゴだ。
「…………」
言葉が出ない。
ピクコノさんは、そんな僕をじっと見つめていた。
そして、畑の方へ視線をやる。
——倒れた耕運機。荒れた赤土。
「土はな……?」
ぽつりと、彼が言う。
「耕さねぇと、固まる。空気も、水も、通らなくなる」
黙って聞く。
そんな僕を、彼はゆっくりと見る。
「人も同じだべ」
「あ——」
その言葉で、分かった。
彼はもう、“知らずにいられる優しさ”の中には戻れない。僕が危険な世界に足を踏み入れてしまった事に、負い目を感じているんだ。
「……何が起きてるか、教えてくれ」
低く、はっきりとした言葉。
胸の奥が、熱くなる。
「でも、危険ですよ」
覚悟の決まった表情は、もう察しているけど……念を押して確認する。
ピクコノさん。僕らにつけば、命の保証はないんだ。
「おらにも出来ることがあるんだろう?」
「なんで、それを……」
「洗脳された時。奴らはおらだけ近くに配置した。そこから察したべ」
意外なほどに、即答だった。
そういえば……この人、緩んだ顔とは裏腹に、察しが良かったっけ。
僕らを見守り、ギザンは黙って頷いている。
「いずれは、全世界の石化を解除するのだろう? 我だけでは厳しいぞ」
「へへへ……。てわけだべ、カビ助くん。また、改めて、宜しくな?」
ピクコノさんが、少しだけ笑う。
「本当に……ずるい人だ」
もう……断る流れがなくなったじゃないですか。
——僕とピクコノさんは、同じ高さで立つ。
今度は、守る側でも、守られる側でもない。
僕は深く息を吸った。
「はい……! よろしくお願いします」




