井の中の兜虫
今回はカブ太視点のお話です。
あの戦闘の、翌日の朝。
戦いの跡はまだ残っている。焦げた匂いも、ひび割れた石畳も、全部そのままだ。
でも、人はもう泣いていない。
カビ助は、村の入り口に立っていた。
荷物は少ない。強くなっても、あいつらしい、頼りない背中は変わらない。
「……また、行くんだな」
オレは家の壁にもたれながら、それを見ていた。
本当は、とっくに決めてた。
俺も行くって。「探検隊に入れてくれ」って。
メディ先生を元に戻す方法は、敵の頭に聞くんだろ。
だったら、俺も戦う。あの人を救うってのは、オレの我儘だったんだ。
——でも。
拳を握る。
戦いの最中の自分が、何度も頭に浮かぶ。
突っ込んで、メドゥーサに心を乱されたこと。
みんなが戦ってる間、声しか出なかったこと。
結局、誰も守れなかったこと。
喧嘩なら負け知らずだった。
村じゃ、俺が一番強いって思ってた。
なのに井の外に出た瞬間、ただの蛙だった。
「カブ太?」
声がして、心臓が跳ねる。
振り向くと、カビ助が立っていた。
昔より、少しだけ背が伸びた気がする。
「じゃあ、僕らは行くね」
「……見りゃ分かる」
ぶっきらぼうに返す。
本当は言うつもりだった。
——俺も探検隊に入れてくれないか、と。
でも、その前に別の記憶がよぎる。
校舎の裏で、あいつを突き飛ばしたこと。
病気で死にそうな時、わざと笑ったこと。
“弱いくせに生意気なんだよ”って。
あの頃の俺は、強い方に立ってるつもりだった。
——今はどうだ?
立場が逆転しちまったじゃねぇか。
唇が動かない。
「……なあ」
カビ助が何か言いかける。
やめろ。
俺に、優しい顔をするな。
そんな顔されたら、余計言えねぇだろ。
「何だよ」
先に口を開いたのは、オレだった。
「目障りだ。早く行けよ」
言った瞬間、胸が痛んだ。
違う。
言いたいのはそんなんじゃねぇ。
「世界の英雄気取りかよ? 弱いくせに大変だな」
止まらない。最低だな、俺。
カビ助は、少しだけ目を伏せた。
怒らない。殴らない。
それが余計に、きつい。
俺より強い精神。俺にないもの。ムカつく、ああムカつく。
「……そっか」
それだけ言って、あいつは笑った。
昔みたいな、全てを諦めた笑いじゃない。
覚悟を決めたやつの顔だ。
胸の奥がぐしゃぐしゃになる。
今だ。今言うしかない。
——連れてってくれ。
でも、喉が動かない。
「ごめんな、カブ太。お前の気持ちを考えないで」
あいつが背を向ける。
足が一歩も動かない。
「……勝手にしやがれ!」
叫ぶみたいに吐き出して、オレはそのまま走り出す。
家に帰り、布団の中に飛び込む。
逃げたのか? この俺が。
——静寂。
ドン!
拳で壁を殴る。幸い、親父もお袋も出勤中だ。
「……くそ」
なんであんなこと言った。
本当は、一緒に行きたいくせに。
村でだけ偉ぶる、お山の大将。
外の世界では、ただのイキリ。
——変わりたかった。
腕っぷしだけでも、カビ助に負けたくなかった。
——でも。
「今さら、都合よすぎだろ……」
床に座り込む。
外からは、英雄たちを送り出す声が聞こえる。
朝焼けが、障子越しに揺れていた。
「ダッセェな、俺」
家を出る覚悟を決めた時。
——あいつらの姿は、影も形もなかった。
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