ゴミみたいな日常
今回はジャック(ミツバ)視点のお話です。
************************************************
——カリッ。
軽い音が、静かな部屋に響いた。
俺はソファにだらしなく体を沈めながら、袋から菓子を摘まんで口に放り込む。
テレビでは、くだらないバラエティが流れていた。誰かが転んで、誰かが笑って、誰かがツッコむ。
(……つまらないな。)
思わず、鼻で笑った。
「はあ……何か、面白いことねぇかなぁ……」
そりゃ『ダークスター団』の幹部として……
弱い市民を攫って痛めつけるのは、それなりに楽しいさ。
だが、俺は働きたくない性分なんだ。
いくら楽しくても、“上司の命令”ってなると、なんだかなぁ……。
カリッ、ともう一枚。
その拍子に、視界の端で長い髪が揺れた。
「……チッ、邪魔くせぇ」
指で適当に払いのける。
慣れた動作のはずなのに、ほんの一瞬だけ、重心のズレに違和感。
「この身体も、飽きてきたし……」
ふと、視線を落とす。
細い腕。白い肌。華奢な指先。
——フルーティア族の、女の身体。
人型の方が動きやすいが、果実の姿にも変化できるようだ。
だが、これはフルーティア全体の、共通した力。
こいつ自身の“能力”は、何故使えねぇ? 役立たずめ。
——カリッ。
その手で、また一枚、菓子をつまむ。
「あ、食い過ぎか? いや、どうでもいいか。健康なんて」
誰に聞かせるでもなく呟く。
どうせこれは、俺の身体じゃない。管理する義理も、遠慮する理由もない。
むしろ、こういうところで遠慮する方が、馬鹿らしい。
脳内でこの女が、罵倒してくる……なんてこともないしな。
「ほんと、便利な能力だぜ……」
この力が、地球人時代にもあればなぁ……と、思う。
それに連れて、ふとサラリーマン時代を思い出す。
思い出してしまった。
友人も女も、当然のように与えられなかった俺。
平日は、クソ上司に叱られ、部下に陰で馬鹿にされ。
いざ休日が来ても——テレビを垂れ流し、酒とツマミでだらけるだけ。
ゴミみたいな日常だった。
あ、そういやそれで—— 俺……。
その時だった。
コンコン……。軽いノック音が響く。
「入れ」
間髪入れずに言うと、扉が静かに開く。
「失礼いたします、ジャック様」
入ってきたのは、部下の『ネネリア』。
小柄な体に不釣り合いな落ち着いた声。仕事さばきは優秀で、まぁまぁ容姿の整った女だ。
「報告です。例の地域における全ドリル族の確保が完了しました」
……へぇ。もう全部いったのか。
テレビの音量を少し下げる。
「続けろ」
「はい。現在、大半の対象は牢獄に収容済み。うち一名は、メドゥーサ様が連れています。地中班長『モグドン』は、石化解除において致命的な問題があるとの情報を得たため、“放置”の方向で考えております」
淡々とした口調。だが内容は上出来だ。
『空間転移』なしでも、この規模の誘拐に成功するとは……流石はネネリア。
俺は何もしなくても、こいつに押し付ければ良成果だ。
「これにより『探検隊』は石化の解除手段を完全に喪失しました」
「なるほどな。だが……他の大陸に遠征され、ドリル族を勧誘されるかもしれないぞ?」
「その場合ですと、更に好都合です。海へ旅立ったところを、我らの海戦部隊に襲わせることで、奴らの大幅な戦力低下が見込めます」
「ほぉ……?」
口元が、自然と歪む。
「さらに」
ネネリアは一歩踏み出した。
「確保したドリル族たちの細胞は、ボスへの提供が可能です。クローン兵としての転用も視野に入ります」
「……いいねぇ」
やっぱこいつ……優秀すぎる!
思わず、拍手しそうになるのを抑える。
「よくやった、ネネリア」
だが複雑な気分だ。優秀すぎる部下を持つと、“過去の俺”とどうしても比較してしまう。
とはいえ、“上司の俺”としては最高の人材だしなぁ……。
(手放すわけにはいかない、か。)
俺はソファにもたれたまま、軽く顎を上げた。
「……褒美でもやろうか?」
たまには機嫌をとってやろうと、軽く口にした。
その瞬間——俺は、これが失言だったと後悔する。
ネネリアの表情が……突然崩れた。
「……っ、ほ、本当ですか……!?」
声色が変わる。抑えていた何かが、一気に溢れ出る。
そして、じり、と距離を詰めてくる。
「あ……くそ、忘れてた……!」
合理的で、無駄がない。優秀で、容姿端麗。
これが俺の“部下”だと、始めは興奮したんだがなぁ……。
「でしたら、その……少しだけでいいので……」
ネネリアの視線が、俺の身体に落ちる。
——嫌な予感しかしない。
こいつには一つだけ、イカれた部分がある……。
「触らせていただけませんか……その……“身体”を……」
——息が荒い。目が完全にイっている。
そう……。
この女は、重度の“ロリコン”なのである。
「……は?」
一瞬、思考が止まった。
以前、この身体の年齢を聞かれた時——『知らんが、12くらいじゃね?』 と、適当に答えたのがまずかった。
あいつはそれ以降、俺に対して目を光らせていたから……予想通りっちゃ予想通りだが。
それでも……本当に。
待て待て。こいつは、マジで何を言ってる?
「だって……その娘……すごく、その……」
背筋に冷たいものが乗ったような感じがした。
「ストップ」
即座に手を上げる。
「無理だ。帰れ」
「えっ……⁉︎」
前世サラリーマンの倫理観が、全力で拒否している。
男の時ならまだしも、この状態で女と……⁉︎
「無理。無理無理無理。普通に無理」
思わず素で返す。
違うな。別に倫理的にどうこう、じゃねぇ。
ただ——純粋に。
「気持ち悪ぃんだよ」
低く、吐き捨てる。
「その光った目も、汚い息も……全部な」
ぞわりとした不快感が、背筋を這う。
年齢がどうとか、女同士がどうとか——そんな話じゃない。
“他人に触られる”って事実が、ただただ不愉快だ。
「勘違いすんなよ」
ソファにふんぞり返りながら、睨みつける。
「……お前は“部下”で、俺は上司だ」
吐き捨てるように言った。
「レベルが違うんだよ」
だが……ネネリアはしつこく食い下がる。
しかも屑を見るような目で、だ。
「いや、ジャック様が“褒美”をくれると——!」
その時、俺の沸点は限界に達した。
確かに、言った。だからこそ、ムカつく。
「「チッ……ウゼェんだよ!」」
感情のまま、怒鳴る。
俺の失言を、俺のミスを……指摘するな。優等生が。
「あれ、やっぱなしな」
イライラするので、全部揉み消してやる。
「……っ、そ、そんな……」
「帰れ! クソアマ!!」
間髪入れずに言い放つ。俺は怒りのまま、リモコンを奴に投げつけた。
ああ、ムカつく。
この俺の怒鳴りが、やけに可愛く聞こえることも腹立たしい。
沈黙。
数秒後——ネネリアは肩を落とした。
「……失礼、いたしました……」
バタン。
扉が、閉まった。
再び、静寂。
「……はぁ」
深く息を吐く。
「なんだよあいつ……」
頭をかく。
——優秀なのは間違いない。
だが、あの部分が致命的すぎる。
まあ、“部下”なんてそんなもんか。所詮、俺よりも能力の劣ったモブだ。あいつは。
テレビに視線を戻す。
さっきまでよりも、つまらなく感じた。
「……そういや」
ふと、思い出す。
——カビ助の、あの時の顔。
必死にこの女を守ろうとして、俺に噛みついてきた目。
その後の……絶望の表情。
「父親のクローン見せたら……あっさりだったな」
くくっ、と喉が鳴る。
泣き叫んで、崩れて、投げやりにまんまと俺を殺して。
ぬか喜び。恋人を奪われ、絶望の上塗り。
「希望だのなんだの言ってたくせに……」
あの落ち加減は、なかなか見応えがあった。
ソファに深く沈み込む。そして、ゆっくりと笑みを浮かべる。
「次に会う時は……」
指先で、女の髪を弄ぶ。
「少しは強くなってるんだろうなぁ……?」
テレビの笑い声が、遠くなる。
目を細める。
「その時は……この姿、どう使ってやろうか……」
くつくつと、笑いが漏れた。
俺の心を満たすモノは、やはり血だけ。
それも……良い子ぶってるクズ野郎のな。
——ああ、早く潰したい。
https://kakuyomu.jp/users/SandInHarumaki/news/2912051600001725377




