第五章「人生の転機・Ⅱ」
前章の登場人物まとめ
・「ディグ・ピクコノ」:ドドリ村の農家。カビ助の旅の保護者となる。
・「武蔵」:探検隊の命を狙う『ダークスター団』に雇われた殺し屋。
僕の名はカビ助……いや、これは本名じゃない。本当の名はもう忘れてしまった。
……いやまあ、今はそんなことどうでもいい!
僕はついに、念願の「希望」を見つけたんだ‼︎
プルルルル……プルルルル……
電話か。一体誰から……? ピクコノさん? それとも隊長?
「っ……もしもし?」
「ああ、カビ助くん? 今日は君たちの歓迎会だ。準備ができたから、城に入ってきてくれ」
「隊長……! 分かりました。今すぐ行きます‼︎」
よし、今日も冒険の始まりだ。ラッシャイタウンの観光はもう終わりか……。
「やったな、マスター。運命変わったじゃねえか‼︎」
僕は仲間と肩を並べて、夢に見た都会の街を渡り歩く。
「よし、行こう‼︎」
「で…………でっかーーーー‼︎」
思わず声が出てしまった。
これが……都会の、お城…………⁉︎
「そもそも、なんで『探検隊』がこんな豪邸を拠点としているんだ?」
確かに……本によれば、お城というのは街の偉いひとの住む場所だという。
いくらドラゴンマスクさんがすごい人とはいえ、なんでお城を……?
「……それは、この街の代表の許可をもらっているからだよ」
「あ…………ドラゴンマスクさん!」
お城の扉を開いて、ゴハートの質問に答えたのは僕の尊敬する人。
探検隊に入ってから、彼の話し方は前よりもフランクになった気がする。
「こらこら、私のことは『隊長』と呼ぶように言っただろ? そもそも、その名は本名ではないからね……笑」
本名じゃない……?
まあ確かに、今までお洒落な名前だと思っていた「ドラゴン」という単語は、種族の名前だったな。気になるけど……詮索はよしておこう。
だって僕も本名じゃないし、隊長と共通点が見つかってなんだか嬉しいからね!
僕らは個室に案内され、しばらくするとスピーカーから隊長の声が聞こえてきた。
「みんな、よく集まってくれたね。それでは、『探検隊』の新メンバーを紹介する!」
全校集会を思い出すな……。まさか、あの僕がステージ側に立つ日が来るとは思わなかった。
「カビ助くんと、ゴハートくんだ。今日から『地上班』に加わってもらおうと思う。わからないことだらけだろうから、みんな優しく教えてやってくれ」
パチパチパチ…………
あれ、意外と拍手が小さいな。歓迎されてないのか……?
いや、違う。どうやら探検隊の人数が少なかっただけのようだ。
まあ、少ければ少ないほどコミュ障の僕には助かるというもの……いや、逆に多い方が?
「隊長、『地上班』ってなんですか?」
ドリあえず僕は、唯一話しかけやすい隊長へと質問を投げかける。
「ああ、うちは『探検隊』といっても実際の活動はパトロールみたいなものでね。その範囲は種族の壁も乗り越えるべきだと私は思っているんだ。だからトリ族の『空中』、スシ族の『水中』、ドリル族の『地中』、そして我々の住む『地上』。それぞれへ探検する班を分けているというわけだよ。まあ大体の隊員は『地上班』になるんだけどね……笑」
「はあ、なるほど……!」
口では冷静な感嘆を漏らしてしまったが、実際の僕の心は踊っていた。
隊長、この人は本当にかっこいい。まるで人生を何周も経験しているような人に感じる。
『種族の壁も乗り越えるべき』、か……。
僕もトリ族の争いを経験したが、そんな考えには至らなかった。
本名なんかよりも、彼の人生に興味が湧いてきた。
…………僕も、あんな人になりたい。
そう思った時、少しだけ未来への希望が見えてきたと同時に、一抹の不安を覚えた。
「希望……本当に……続くのか…………? ゲホっ、ゴホッ!」
結局僕は問題から逃げて、やり切ったように感じているだけだ。
トリ族のヤクザたちの森も燃やしたまま放置し、カブ太ともまともに会話していないまま旅に出た。今なお身体を蝕んでいる病気だって、症状がおさまったようで時々こんな感じでやってくる。だから……。
「…………そんなんじゃ、遺骨を取り戻しても親父さんには認められないぜ」
ゴハートの声だった。
僕の心を読んだのか……?
いや、違う。僕が隠しきれてなかっただけだ。
「マスターは心配性すぎる。でもそれは仕方のないことなんじゃないか? あんたは今まで、部屋に引きこもらざるをえなかった生活を送ってきた。マスターの理想の人物像とは、経験値が違うんだからさ。それなら……どうするのが正解だと思う?」
……そうか。
僕は武蔵の脅威から逃れるために、探検隊に入った。それだけだと思っていた。
でも運命にはいつでも意味が在るんだ。僕はこの偶然すらも利用して……、
「お父さんも認めてくれるような、一人前の探検家になってみせる! ……どうかな?」
僕の決意にゴハートは、何も言わずにただうなずいていた。
ドラゴンマスクさん……いや「隊長」は僕の決意を何も聞いていなかったかのように、話を続けた。正直ちょっと恥ずかしいところだったから、こういう対応はありがたい。笑
「……では、『地上班』の班長を紹介するよ。ここにいる、『スライム博士』だ」
ここにいる……? 見たところ、どこにもいないけど……?
僕がそう思っていると、目の前の机が突然ジェル状になり、みるみる変化していった。
黒い博士帽を被り、可愛らしい目に丸い身体。
……どうやら「ライトモン族」のようだ。
「びっくりしたぁ……! カビ助です。よろしくお願いします、班長!」
「礼儀正しい子が来たね。でもワタシのことは『博士』の方で呼んで欲しいかな。……見ての通り、ワタシは『スライムの力』を持つライトモンです。よろしく」
「わ、わかりました! ええと……『博士』!」
少し変わった人だな……と思いつつもそう返事をすると、博士はニコリと笑って外を指差した。
「うんうん。じゃあ早速だが、今日から調査に行ってもらいますよ」
初めての調査! よーし、楽しみだなぁ…………。
って、え……?
「は、はぁ⁉︎ 今からですか⁉︎」
探検するのは歓迎なのだが今すぐは流石に早すぎる!
これにはゴハートも苦言を呈した。
「ちょ……隊長! 聞いてないっすよ‼︎ 何とかできないんですか⁉︎」
ドラゴンマスクさんは苦笑いして言った。
「すまない……。うちの隊は自主性を重んじていてね。各班の判断は、全て班長に任せているんだ……。大変だと思うが、頑張って……!」
それだけ言うと隊長は翼を広げて飛び立っていった。
えー……そ、そんなぁ……!
隊長の姿が見えなくなると、スライム博士は一息ついて言った。
「……わかったかな? ここではワタシの言うことはたとえ隊長であろうと変えられない。君たちはワタシのモルモットというわけです」
「も、モルモット⁉︎ どういうことですか‼︎」
「はぁ……そんなことも分からないのか。『実験台』という意味ですよ……」
いやいや……そういう意味じゃなくて、この人、性格変わりすぎじゃないか⁉︎
口に出すと何をされるか分かったものじゃないので、僕は黙って笑い流した。
「実験台だとぉ……? 俺たちに何をする気ですか!」
ゴハート! そんな喧嘩腰じゃホントに危険な薬物実験とか……!
しかしスライム博士は意外と優しいのか、態度には有無を言わずに指示を出した。
「そこは安心しなさい。君たち程度の実力じゃあ、ワタシの薬には耐えられないだろうから無下には扱わない。まずは軽い調査に出て、力をつけてもらいます」
「い、一体どんな調査ですか……?」
「『フルーツの森』の汚染についての調査です。さあ、話は終わりで……出発ぅ‼︎」
「え……は、はい!」
ところどころ酷いけど、一緒に来てくれたりするし優しい上司なのかもしれない。
絶望だらけだった僕の人生。そこに仲間が加わり、目標と出会った。
こうして僕の「一人前の探検家」への第一歩が始まった。