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恋する兜虫

「なあ、マスター」


「何……? ゴハート……」


「ピクコノさんじゃなくても、ドリル族の誰かで良かったんじゃないか?」


「それなんだよね……。僕も自分に呆れてたとこ」


 ……本当に彼のいう通り。知らずのうちに、僕はピクコノさんに固執していたらしい。

 学園で聞き込みをする過程で、ドリル族を探せばいいのだ。


 田舎町は人口だけは多い。「ヒト」メインの村とはいえ、二〜三人はいるはずだ。






 ドドリ学園は、相変わらずだった。

 校舎の白い壁。整備された中庭。行き交う生徒たちの制服。

 懐かしいはずなのに、足を踏み入れた瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。


 ——視線は、冷たい。

 露骨に睨まれるわけじゃない。

 でも、ひそひそとした声。目が合うと逸らされる視線。


 僕がここを離れてからも「カビ助」という名前は、悪い意味で残っていた。


「……よし」

 小さく息を吸って、近くにいた生徒に近づく。


 同年代の男子。背は僕より少し高くて、知らない顔だ。


「あ、あの……」

 声が、思ったより掠れた。


 相手は一瞬きょとんとして、それから警戒するように眉をひそめる。


「ピクコノさんって人、知らないかな。探してて……」


 ——沈黙。


 数秒後、彼は首を振った。

「……さあ。知らないけど」


 それだけ言って、さっさと行ってしまう。……まあ、そうだよな。


 別の生徒にも声をかける。

 反応は似たようなものだった。知らない、忙しい、関わりたくない。



 ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎




 10分もしないうちに、僕は中庭の隅で立ち尽くしていた。


「……収穫、ゼロか」

 頭を掻く。

 久々に戻ってきて、いきなりこれは堪える。


「学園生に『ドリル族』もいないようだな?」

 モグドンさんが僕の肩に手を置く。


「マスターは頑張ったよ……。俺は存在が見えないから、手伝えないのが残念なくらい」

 ゴハートも離れたところで慰めの言葉をくれる。


 そして——

 土台モン。彼はこの状況を冷静に分析していた。


「おかしいですね。『ドリル族』はそれ程……希少な種族でもないはずですが」


「『モンスター族』が言うと説得力が違うな」

 ゴハートが笑って返す。

 いや……お前も珍しいだろ! とツッコミたくなるところだが我慢する。


 今は土台モンの分析を聞こう。


「学生の詳細は把握できていませんが、()()は流石にあり得ない。つまり——」


 一同が唾を呑む。


()()()が、ドリル族を誘拐している可能性があります」


「何だって⁉︎」

 ドリル族である、モグドンさんが声を響かせた。


 土台モンは憶測を結論にしなかったが……その()()()というのは、十中八九「ダークスター団」だろう。

 探検隊班長という実力を持つ、モグドンさんだけが狙われていない事にも……探検隊を知る奴らなら合点がいく。


「だとしたら、ピクコノさんも……⁉︎」


 辺りに一瞬の静寂が訪れる。

 それぞれがどうするか考えていると——


「……カビ助?」

 聞き覚えのある声がした。


 顔を上げると、そこにいたのは——

 少し焼けた肌。鍛えられた鋭いツノ。今は消え失せたが、思い返される意地の悪い顔。


「カブ太……」


「って……ほんとにお前だったのかよ。人違いかと思ったぜ……。いつ戻ってきたんだ?」


 拍子抜けするくらい、普通の口調だった。

 僕をからかうでも、見下すでもない。


「さっき。ちょっと村に用があってさ」


「あー、そうなんだ」


 気まずさは……正直、あった。

 こいつは、かつて僕をいじめていた側だ。忘れたわけじゃない。

 でも、目の前のカブ太は、やはりあの頃とは別人のようだった。


「……もしかして、ピクコノさん探してる?」


 不意のその一言で、顔を上げる。

 そういえば……彼も、武蔵との戦いを見てたんだ。ピクコノさんの容姿を知っていたのだ。


「え……誘拐されてなかったの?」


「誘拐? 何の話だよ。……1時間くらい前に、裏山に入ってったぜ」


 思わず息を呑む。

 ——ようやく、手がかりだ。


「ありがとう。助かった」


「いや、まあ……」

 カブ太は少し照れたように頭を掻いた。


「俺もさ、色々あってさ。昔みたいな意地の悪いことはしてらんないんだよ」


 それから、急に声を落として言う。

「お前だから言うぞ。……実は、あの時からメディ先生のことが……気になっちゃって」


 ……は?


 ………………?


 ええ……?


「……今、何て?」


 思考が、一瞬止まる。


 ……メディ先生。

 優しくて、理知的で、村でも信頼されている保健教師。モテていても尚、独身であるという。

 ……恋をするのは不思議ではない。けど。


 敵幹部「メドゥーサ」の疑いのある人物だ。もちろん僕の勝手な憶測だが……。先生がいつも隠していた目元と髪の毛。メドゥーサがラッシャイタウンで僕の名前を知っていたこと。

 ーーそれらが繋がって、今は全てが怪しく見えてるんだ。


 その名前が、こんな形で出てくるとは。


「変だよな。年上だし、無理なの分かってるけどさ」

 カブ太は苦笑する。


 彼女はやめといた方がいい……そう言おうとして、僕はミツバの顔を思い出す。

 立場も、状況も、簡単じゃない恋。


「……分かるよ」

 気づけば僕は彼の恋を応援したくなっていた。

 ——そうだ。まだ、彼女が悪であると決まったわけではないんだ。


「え?」


 僕は目を閉じて、静かに言った。

「簡単じゃない相手を好きになると、色々考えちゃうよな」


 カブ太は目を丸くして、それから小さく笑った。

「……なんか、お前変わったな」


「そうかも笑」

 そうして談笑していると、後ろから低い声が飛んできた。


「おい、カビ助。恋バナもいいが、目的を忘れるなよ?」


 振り返ると、腕を組んだモグドンさんが立っていた。

 ……優しいけど、要点は外さない男。


「おっさん、誰だ⁉︎ 勝手に聞くなよ!」

 カブ太は冷や汗をかいて彼の方を見た。


「いや、お前……途中から声がデカくなってたぞ」


「そうなのか! 恥ずかしっ! ごめん、おっさん!」


「おっさん……俺はまだ20代なんだが……まあ、聞いてしまったから許そう」


 モグドンさんは頭をかいて、再び僕の方を見る。

「で、カビ助。お前の目的は?」


「ドリル族の勧誘、ですね。すみません」


「……名残惜しいのは分かるが、日が傾くぞ?」


 そう……今は、探検隊の任務が最優先だ。彼との話はまたにしよう。


 僕はカブ太を見る。

「……じゃあ、行くよ」


「おう。気をつけろよ」


 軽く手を振り合って、別れる。




 ——学園を後にしながら、僕は思った。


 人は変わる。僕も、カブ太も。

 だからこそ——森にいるというピクコノさんが、どんな答えをくれるのか。


 少しだけ、怖くて……でも、ちゃんと向き合わなきゃいけない気がしていた。


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