箱庭療法
ゴハートは、しばらく何も言わずに箱庭を見つめていた。
腕を組むでも、顎に手を当てるでもない。ただ、少し前屈みになって、子供が秘密基地を覗くみたいな姿勢で。
「……へぇ」
間延びした声。けれど、その目は笑っていなかった。
「これ、かなりちゃんとしてる世界だ」
彼は全てを見透かしているようだった。
「え……?」
「配置に意味がある。無意識にしては、出来すぎだ」
そう言いながら、彼は自分の箱庭の方を一切見ない。
……あれ? そういえば。
「ゴハート。君の世界はどうなの?」
「ん? ああ……見るか?」
競争なんだから、当然だろ? と思いつつ、僕は彼の箱庭を覗き込む。
常識の違う、異界の種族の作った世界。そこは……
ーー何も、なかった。
彼のアバターがポツンと立っているだけだ。
ゴハートは視線を逸らし、肩をすくめた。
「俺は、あの時間の間、何もしてない」
「は? 『競争』じゃなかったの?」
思わず怒りが漏れ出る。
「正確には、作らなかっただな」
どういうことだ…………?
彼は冗談めかして言ったが、理由はすぐに分かった。
ゴハートは、箱庭の中から……自分のアバターを、そっと摘み上げた。
そして彼は、自分のアバターを――
僕のアバターのすぐそばに置いた。
「俺の世界は、あんたの隣だからだ」
僕の周りには、両親と、恋人と、相棒。
胸の奥が、少しだけざわついた。
「『マスターの世界』の主役は、マスターだ。だから中心にいるべきなのも……」
そう言って、今度は二人のアバターとりんごの装飾を、持ち上げた。
そして――箱庭の真ん中。
ドラゴンを配置した場所に、三人が並んだ。
「…………っ!」
「分かったか?」
ゴハートは、中央に立つ「四つの人形」を指差す。
「マスターの癖が、この箱庭に全部出てる」
彼の指が、左下を示す。
「家族。村。周りを囲む森。……絶望して、閉じ込めたもの」
次に、右上。
「海。都会。未知。……自身の希望が詰まったもの」
最後に、中央。
「……で、『理想』で埋めた空っぽな中心は……現在を示す」
胸が、ちくりと痛んだ。
「マスターはさ。過去と未来を見るのが得意なんだよ」
何で……この箱庭を見ただけで、そんなことまで、分かるんだ……? カウンセラーの経験でもないと、この台詞は出ない。
だが……彼の前世は19歳と聞いた。その歳でその職に就いているはずがない。なら、どうして?
彼は僕の目をまっすぐに見つめる。
「でもな、そのせいで――」
ゴハートは、ドラゴンの置かれた森を軽く叩いた。
「今そばにいる者たちを、景色にする癖がある」
「あ……」
今度は、胸の奥が激しく波打った。
「大事にしてないわけじゃねぇ。むしろ逆だ」
ゴハートは、少しだけ声を落とした。
「大事すぎて、失うのが怖いから……中心に置けない」
「…………っ!」
胸の奥の何かが沈み込んでいくような気がした。
「責めてるわけじゃないぜ……」
ゴハートは、いつもの調子で舌を出して笑う。
「むしろ、生きようとしてる証拠だ」
そして、箱庭の中央を指でトントンと叩いた。
「でもな、マスター。この場所――『中心』は、逃げ場じゃねぇ」
僕は先程から何も言えない。涙を堪えて、彼の言葉を飲み込むのに精一杯だ。
「苦しいし、怖いし、失う可能性もある。それでも……」
彼は僕のアバターを、ほんの少しだけ前に出した。
「あんたが立ち続けなきゃいけない場所だ」
しばらく、何も言えなかった。
……分かってたさ。何度も何度も絶望を乗り越えて……僕は頑張った。
だけど結局、前には少ししか進めていない。僕は逃げ続けているだけだった。
「……ゴハート」
「ん?」
「これ……勝負、どうなるの?」
彼は肩をすくめて言った。
「はは……。そんなの、あんたの勝ちだよ。だって俺は――」
彼は、自分のアバターを、もう一度見下ろして、呟いた。
「マスターの隣にいる……ただそれだけの存在なんだから」
世界の中央。それは、立ち続けるのが苦しい場所。……思わず逃げ出したくなるほどに。
だけど僕の人形が並んで立つ、その小さな空間の周りにはーー
こんな僕の元に、集ってくれた……仲間たちがいた。
その瞬間……胸の奥に溜まっていたものが、静かに形を持った気がした。
ーー彼らと一緒なら、前に進める。
その時、背後からゴハートではない声がした。
「でも、人間は完璧じゃないです。過去・現在・未来……その全てに、注意を払い続けることはできません」
土台モンだ。はは、起こしちゃったか?
「ああ、忘れてた。土台も、仲間の一員だぜ」
ゴハートが笑って箱を指差し、言った。
いや、笑い事じゃないだろ……!
そう思いつつ、僕は先ほどの土台モンの言葉への答えを考えた。
「土台モン……。でも、僕は前に進む現在と、ミツバを救う未来を見ないといけない」
「だったら、どうするんですか? マスター」
僕は、息を思いっきり吸い込む。頭をクリアにする……深呼吸だ。
今からするのは、覚悟のいる決断……! これは、今までの自分を否定してしまう。
ーーだけど。
これまで、父さんの技や知識は、苦難を乗り越えるのに役立ってくれたけども。「一人前の探検家」になるという目標の指針となってくれたのは、何よりも父さんへの憧れだけども。
……ありし日の幸せな日常は、現在の惨めさを際立てた。いつまでも冷めない愛情は、敵が付け入る隙となった。だから、いつまでも引き摺っていては駄目なんだ。
「僕は、これからは……。父さん……『過去』を中心に置かないよ」
僕は覚悟を決め、口にした。
家族を思い続けるのは、大事なこと。
亡くした後は時間と共に、自然と想いは消えていくけど……それをここまで続けてきた僕は、凄かったのではないかと思う。けど。
ーー今、それを捨てた。
だけど、不思議と。
さっきまで胸を締め付けていた重さは、少しだけ軽くなっていた。
「カウンセリング編」、これにて閉幕です。今後のカビ助の動向……見守ってあげてください。
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