第一章「人生の転機」
「見て? あの人、カビだらけ!」「おい、声がでかいって!」
「あいつが例の……」「留年しそうっていう先輩じゃん笑」
はぁ……結局、何も変わらない日常じゃないか。
『よく聞け。どんなに絶望的な状況でも、ある日突然希望の光となる人物に出会えるかもしれない。だから俺は探検に行くんだ。』
これが、探検に行く前のお父さんの口癖だった。
「お父さんの嘘つき…………!」
僕は登校のたびにこう思っては、結局また希望を求める。血は逆らえないってやつか?
とはいえ……本当に希望なんて嘘なんじゃないか、とも思う。
…………三年前、お父さんは死んだ。
ある日突然、「エト・タイマン」とかいう人が来て、お父さんの死を伝えてくれた。事故でも病気でもない。「ダーク族」に、殺されたらしい。
何が希望だよ……。むしろ、出会ったのは絶望じゃないか。
「あれあれあれー? カビ助くぅん、懲りずにまた来てるじゃん!」
こいつは……一応クラスメイトの「カブ太」。お察しの通り、いじめっ子である。こいつはカブトムシの「ムシ族」で、腕っぷしはそこらの大人より強い。つまり生徒で彼に逆らえる奴はいないのだ。
「っ……カブ太。悪いがこれから補講がある。そこを退いてくれないか」
「相変わらず生意気なやつだな……! まだ痛い目を見ないと分からねえのか⁉︎」
物語の主人公なら、ここで救世主が現れるだろう。だが僕には…………!
「さあ新技のサンドバックになってもらおうか。くらえ、『カブ太クラッシャー』!」
「誰か、助け……」
パァン……!
あれ…………? 痛く、ない…………!
「カブ太くん、暴力はダメです」
「メディ先生…………!」
助かった……! 今日はラッキーな日だ。先生が見ていてくれたなんて!
メディ先生はこの学校の聖母と呼ばれている。生徒たちからの人気も高いし、中にはガチ恋する保護者もいるほどだ笑。帽子を深く被っていて目元がよく見えないが、そんなところもミステリアスで想像が捗るから良いと聞く。
「先生、でも俺は真面目に授業受けてますよね⁉︎ こいつの方がよっぽど不良ですよ!」
「カブ太くん、それは暴力を振るっていい理由にはなりません。それに、カビ助くんが授業を受けてないのにも辛い事情があるんですよ」
先生……! これはファンたちの気持ちもわかる気がする。
だが僕とは逆に、カブ太は怒りが湧いてきたようだ。ついには拳を振り上げた。
「先生だからって下手に出てれば良い気になりやがって……。この村では俺が一番強いんだ! 女のくせに俺の邪魔をするなぁ‼︎」
カブ太のやつ……! 本気で先生に攻撃をしかけやがった!
僕は先生を守ろうと覚悟を決め、カブ太へと立ち向かった。
「やめろ馬鹿野郎! 『ツルピカフラッシュ』!」
ビカッ!
「ぐ……ぐわぁ……! 目が、目がぁ‼︎」
「や……やった。この僕が……実践して、悪を滅ぼせたんだ!」
僕がそう叫んでいると、メディ先生は何も言わずにカブ太を引きずって教室へと向かった。
ざまぁ見ろ。いつもいじめてくる罰がやっときたか。
「あれ? 僕、今すごく恥ずかしいことを先生に聞かれたような……?」
ま、まあいいや。さーてと、気分もいいし早く補講を終わらせちゃおう!
……帰り道。またカブ太と邂逅した。
「げ…………」「おい……カビ助」
おっと……? またいじめてくる気か? でも今の僕なら勝てる……?
だが違うようだ。なんか雰囲気が丸くなってる気がする。
「今まで……、いじめてすまなかった。それが言いたかっただけだ。……じゃあな」
カブ太はそう言い残して恥ずかしげに走り去っていった。
「なんだ、あいつ……⁉︎ 人って説教されると変わるんだなぁ……」
ちょっと気持ち悪い気もするが、僕の人生にようやく希望が見えてきた気がする。ウキウキな気分で、僕も帰路についた。なんだか今日は物語の主人公になった気分だ。
そんな時のことだった。
ズキン!
「ゲホっ……、ゴホっ……! うっ…………ガハっっ‼︎」
苦しい。なんだこの尋常じゃない痛みは! 今までこんなことなかった……‼︎
苦しい。苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい‼︎
……お父さんも、確か弟子ができたとか言った後に死んだっけ。
結局、希望が見つかったところでその分だけ苦しみが返ってくるのか。
「ぐわあああああ‼︎ 希望の馬鹿野郎――――!」
その叫びを最後に、僕の意識はしばらくなくなった。
………………はっ!
目覚めると、知らない天井だった。僕は死んだのか……?
「ここは一体…………」
そうつぶやくと、隣から知らない声がした。聞くところ、十八くらいの男だろうか。
「安心してくれ。ここは、私のベースキャンプ地だ」
「あなたは……? 僕を助けてくれたんですか?」
「そういうことになるかな。私はある用事でこの村に来たんだが、そこで倒れていた君を見つけたんだ。念の為に薬を持ってきておいて良かったよ」
見たところ、このお兄さんもカブ太と同じ「ムシ族」のようだ。
数分後、僕はだいぶ楽になったので、家に帰ることにした。
「……助けてくれてありとうございました。あの……失礼かもしれないですがお名前は?」
僕がそう尋ねると、答えを準備していたのか、彼は即答した。
「『ドラゴンマスク』。ラッシャイタウンという街にある『探検隊』のリーダーだ」
探検隊……! なんだかかっこいい‼︎
やはり今日は僕の人生の転機だったようだ。こんなチャンスは二度と来ないだろう。
父さん、ついに希望を見つけたよ!
僕は思い切って決断し、言った。
「あの、僕をこの村から連れ出してくれませんか? 『探検隊』に入れてください!」
ドラゴンマスクさんはやはり、答えを準備していたかのように即答した。
「ダメだ。……私たちの旅は危険だ。君は、病気と戦うので精一杯だろう?」
そうか……、そりゃそうだよね。助けてもらって何を言ってるんだ、僕は。
「わかりました……。じゃあ、改めてありがとうございました……!」
そんな別れ際に、ドラゴンマスクさんはニコリと笑って言った。
「ああ。……じゃあまたね、カビ助くん」
彼は時々、人が変わったように柔らかい雰囲気になる。そんな人柄だからこそ、僕はドラゴンマスクさんについていきたいと思ったんだけどな。
「……ってあれ? なんで僕の名前を…………?」
振り返ると、そこには彼の姿はなかった。
「倒れている間に学生証でも見られたか……? それとも僕のことをずっと見ていたのか……? まあどちらにせよ、名前くらい知られても別に良いんだけど……」
そんな風に考えにふける、帰り道。それに、出発したのは知らない場所。
状況が状況だ。こうなっても当然か……。
「ああ、迷ってしまった…………!」
遠い星、地球では「GPS」とかいうものがあって、迷っても平気らしい。だがここはDR星。しかもその辺境の地だ。僕らは自らの力で道を切り拓くしかない。
「ゴホっ……。これも、冒険か」
僕はそう思うことにし、咳き込みながら森を歩き続けた。