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きょうきいおくてそる

いつか本編に繋がる、別のお話。

************************************************



 昔、カールという名の“博士”がいた。

 彼は研究のための資材を確保すべく、とある村を訪れる。


 だが、一足遅かった。

 彼が村に向けて旅立った頃に——!


「敵襲だ……。鬼が来るぞ……!」

「うわああああああ!」

「おぎゃあ、おぎゃあ」

「少し黙りなさい!」


 その村は、紛争により滅びたのである。

 家は焼け、逃げ遅れた者は爆ぜ、“名前を持っていた者”は誰一人として残らなかった。



 ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎



「ええん、うええん!」

 泣き声が、瓦礫の隙間から聞こえていた。


 煙の匂いと、焦げた鉄の臭気が混ざる中で、その音だけが不自然に澄んでいる。


「……こんなところに」


 カールは足を止め、崩れた壁の陰を覗き込んだ。


 小さな体だった。まだ言葉も持たない、ただ泣くことしかできない存在。

 布に包まれたまま、ひとり、取り残されている。


 男は周囲を見回したが、親らしき影はどこにもなかった。

 遠くで爆音が、空気を震わせる。


 親に、捨てられたのか?

 敵から逃げる時に、邪魔だとでも判断したのだろう。


「……なるほど」


 短く息を吐き、カールは赤子を抱き上げた。


 その泣き声が、腕の中でわずかに弱まる。


「縁があった、ということにしておこう」


 そうして、その日から、二人の生活が始まった。

 この赤子は、後に『ウィル』という名が付けられることになる。


 カールは研究の傍らで、彼を立派に育て上げた。



 ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎



「ウィル?」


 呼ばれると、少年はすぐに顔を上げる。


「はい、博士」


 返事は早い。足音も軽い。

 駆け寄る途中で、机の上の散らかった資料に目をやり、倒れかけている器具をさりげなく直す。


 頼まれていない事でも、必要だと感じれば手が動く。

 それが、ウィルという少年だった。


「その試薬を取ってくれ。青いラベルの方だ」


「はい」


 迷いなく棚から取り出し、差し出す。

 位置も、手順も、もう覚えている。


 その後はすぐに、先程見かけた資料の片付けを始める。


「……助かるよ」


 カール博士は小さく頷き、再び作業に戻る。


 その背中を見ながら、ウィルは次に必要になりそうな器具を静かに整えていく。


「博士のけんきゅうをかんせいさせるために……私もがんばらないと」


 研究室は、決して整っているとは言えなかった。

 紙は積み上がり、器具は無造作に置かれ、時折、危険な薬品の匂いが漂う。


 だがウィルにとっては、それが日常だった。


 当然、紛争中の村に生まれた記憶はない。


 気づいた時には、博士がいて、この場所があった。


 彼にとって、カール博士は“親”以上に大切な存在になっていた。

 それで十分だった。

 自分を捨てた本当の親など、知る必要もない。



 ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎



「ウィル、あまり無理はするな」


 ある日、作業の手を止めたカールが言った。


「手伝いはありがたいが、お前は子供だ。たまには友達と遊んできなさい」


 カールは六歳のウィルを、保育施設に通わせていた。

 だがウィルは、通園中以外の時間を、全てカールの手伝いに充てている。


「でも、私があそんでいたら……博士のてまがふえてしまいます」


 ウィルは少しだけ首を傾げる。


「博士につくすのが、私のやくめです」


 親には、育ててくれた恩を返すのが当然。

 親には、絶対の忠誠を誓う。

 ——ウィルの考えはそう固まっていた。


 その言葉に、カールは一瞬だけ目を細めた。


 自分が育てた子が()()()()()()()()()ことに、責任を感じていた。


「役目、か……」


 苦笑にも似た息が漏れた。

 これは、教育すべき状況ではある。だがカールは……


「そういうものではないんだがな、本当は」


 自身を大切に思ってくれている……可愛らしい子に、怒鳴る事が出来ない。




 ——夜になると、研究室は静かになる。

 カールは子の健康のために、昼夜のサイクルを正常に行なっていた。


 機材が動く音は、昼間と変わらないはずなのに、どこか遠く感じる。

 簡素なベッドに横になりながら、ウィルは天井を見上げる。


 今日やったこと、明日やること。

 頭の中で整理して、足りないところを考える。


 もっと早く動けたかもしれない。もっと役に立てたかもしれない。


 そんなことを思いながら、目を閉じる。



 ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎ ◻︎



「ウィル」


 名前を呼ばれることが、好きだった。

 自分の存在が、確かに分かるから。大好きな博士が付けてくれた名前。


 ——この人が自分の“親”であることを、実感できる。



「……いいか、お前は」


 ある日の夕方、博士がぽつりと言った。


「自分で選ぶ男になれ」


「えらぶ?」

 ウィルは一瞬、意味が分からなかった。


 自分は十分に選択している。

 博士の手間を省くために、何ができるかを選択している。


 なのに、何故?


「何をするか、どう生きるか。誰かに決められるものじゃない」


 ウィルは少しだけ考え、そして答える。


 この問いに対する答えって、これでいいよね?

 私は博士と違って頭が良くないから、質問の意図がわかんないや。


「じゃあ、私は……博士のてつだいをしますよ」


 迷いはなかった。

 その選択が、限られた世界の中のものであることを、彼はまだ知らない。


「……そうか」

 カールは短く頷いた。

 それ以上は何も言わなかった。


 ウィルは笑った。

 それでいいと思った。


 ずっと博士と居られるなら、それで十分だと。


 ——それが、()()()()()()()()()日が近いことも知らずに。


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