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魔法少女と悪の怪人が一同に会する瞬間があるなどと、誰が想像しただろう。
悪の怪人である彼は、新たに魔法少女となった五人に混じって座っている。こども部屋に六人が押し込められているせいで、身動きもままならないほど狭い。しかもその真ん中には真っ白いイタチみたいな生物がいる。
「あのさ、悪の怪人が魔法少女なんてやるわけないだろ」彼は言う。
「そこをなんとか頼むッチ。魔法少女も人手不足ッチ」白いイタチの姿をした宇宙人、通称ホワイタチが言う。
「人手不足だからって、俺に頼むなよ。てか、俺がここにいちゃまずいだろ。敵なんだから」彼は言う。
「そんなことを言ってる場合じゃないッチ。このままだと地球がザガーン星人に侵略されてしまうッチ」
「知らん、とにかく俺は帰る。魔法少女にもならない。地球のことは魔法少女だけでなんとかしろ。今までだってそうしてきただろ」彼は立ち上がって帰ろうとする。
「彼女たちを見捨てるつもりッチか?」ホワイタチが言う。
「君が協力しなかったら、彼女たちのうちの誰かが死ぬことになるかもしれないけど、それでもいいッチ?」
彼はつい、彼女たち五人の顔に目を向けてしまう。彼女たちは、不安げだったり深刻そうだったり、あるいは無表情だったりとそれぞれ違う表情を浮かべて、彼のほうを見ている。
「本来なら魔法少女は十人必要なのに、今は五人しかいないッチ! だからサトウが魔法少女にならないと困るッチ」ホワイタチはなぜか怪人が人間社会で名乗っている名前を知っていて、その名で呼ぶ。
彼はため息をつくと、再び腰を下ろす。
「なあ、聞くけど男の俺が魔法少女になれると思ってるのか? 魔法少女は女しかなれないはずだろ? あとほかにもいくつか条件があるはずだ」彼はホワイタチのほうを向いて言う。
「確かに魔法少女は、純潔を保っている女の子で、正義の心を持つ人間でなければだめッチ」
「悪の怪人に正義の心を求めるとか、正気か? それにあの新人!」彼は新人魔法少女のうち、一人を指さす。
「女の子って言うけど、あれどう見ても少女じゃないよな? すみません、あなた何歳ですか?」彼は、どう見ても少女には見えない大人びた顔立ちの女性に向かって尋ねる。長い髪はぼさぼさで、化粧っ気がなくて、パーカーにジーンズという恰好をしている。
「に、二十七歳です。すみません、少女じゃなくて! 一応、断ったんですけど、ホワイタチさんに、 ”年齢は大丈夫だから地球を守るために力を貸してほしい” と言われて。でもやっぱり、魔法少女がアラサーっておかしいですよね。あんなコスチューム着るのも無理だし、やっぱりやめます!」
「緑ちゃん、何を言っているッチ! 君がここでやめたら地球は滅ぶッチ。むしろその年まで純潔を保ち続けているなんて、誰にもできない素晴らしいことッチ。緑ちゃんは立派な魔法少女ッチ!」
「別に好きで処女だったわけじゃないんですけど・・・・・・」
「ちょっと待って」魔法少女の一人が疑問を口にする。髪を後ろでひとまとめにしていて、日焼けしている少女だ。「純潔を保たなきゃいけないなんて話、聞いてないけど? どういうこと?」
「あれ、言ってなかったチか? 魔法少女でいる間は純潔を保たなきゃいけないッチ。だから魔法少女は少女なんだッチ」
「私もそんな話は聞いてません。ていうか、それが本当なら彼氏も作れないってことですよね?」眼鏡をかけていて、髪を肩のあたりで切りそろえている女性が言う。
「だめッチ。純潔を保てるなら彼氏を作ってもいいッチが、現実問題、そんな我慢のできる人間なんてめったにいないッチから、実質だめッチ!」
「ふざけないでよ! あたしらの青春、ぶち壊すつもりなの? そんなの、ありえないんだけど」日焼けした女の子は怒鳴る。
「大丈夫ッチ」ホワイタチは静かに言う。
「大丈夫って、何が?」日焼けした女の子が尋ねる。
「まず立花火蓮ちゃん」ホワイタチは小さな手で日焼けした女の子のほうを指さす。
「君は男勝りな性格のせいで、周囲の男子からメスゴリラというあだ名をつけられているッチ。絶対、君を好きになる男なんていないッチ!」
「め、めすごりら・・・・・・?」火蓮と呼ばれた少女は呆然とする。
「そして青木水華ちゃん」ホワイタチは眼鏡をかけた女を指さす。
「君は塾でアルバイトしているけれど、そこの生徒たちからは地味眼鏡と呼ばれているッチ。しかも大学にいる男にいたっては君を認識すらいないッチ」
「あ゛あ?」彼女は目を細めて、やつを睨む。視線だけでやつを殺せそうなほどの殺意を感じる。
「そして山本緑ちゃん」ホワイタチは緑を指さす。
「私がなにか?」
「君にはこれからも彼氏はできないッチ。なぜなら君は、ニートで実家に引きこもってゲームばかりしていて、このままだと永遠に異性との出会いが訪れないからッチ!」
とんでもないプライベートを暴露された山本は気まずそうにうつむく。そのせいでもともと暗かった表情が、さらに暗くなる。
「そして我妻桃子ちゃん」ホワイタチはこれまで一回も発言していなかった女の子二人のうち、一人を指さす。彼女はジャージ姿で、首に黒いヘッドホンをかけていて、どことなくぼんやりした雰囲気がある。
「君は二次元が嫁と言ってはばからないほか常人には理解しがたい言動をするせいで、周囲の男子からやばいやつだと思われて避けられているから、彼氏はできないッチ」
彼女は小さくうなずいただけで、何も言わない。
「そして藤原紫音ちゃん」最後にホワイタチが指さしたのは、うっすら日焼けしていて、目のぱっちりした、茶色がかった艶のある髪をボブカットにした少女だ。
「君は女の子にはモテるけれど、男子にはまったくモテないッチ。理由はわからないけど、確認したから間違いないッチ」
「あはは、ホワイタチさんって意外と失礼だね」彼女は笑って言う。
「そういうわけでみんな、ちゃんと純潔を守れるッチ。だからなんの問題もないッチ」
それより重大な問題が垣間見えたような気がするのは、彼だけではないはずだ。現に場の雰囲気は最悪になっていて、地球を救うどころではないような状況になってしまっている。