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愛宕坂の勝軍地蔵  作者: テッドオフ
9/31

ケータイ天皇、山の上から動画配信

 翌朝。ゆかりが玄関を開けて店の埃を掃き出していると、里美さんとは信子さんが並んで石段を上がってくるのが見えた。

「おーい!」とゆかりが手を振ると、

「おはよー」と声が返ってくる。


「おはようございます、晴美さん。それに信子」

「ちょうど自転車で来るのが見えたから」晴美さんが言った。

「グッドタイミングです」ゆかりが言った。

「晴美は何してんの?」と信子さん。

「朝食作ってくれてるのよ。信子、朝は食べて来なかったでしょうね。それと里美さんの分もあるんですけど」

「まあ嬉しい。あッ、それでグッドタイミングってことね!」


 スクランブルエッグにウインナー、丸いソフトパンになぜかお味噌汁。晴美さんは里美さんがくる時間を狙って用意していた。

「おはよう、晴美。私も一緒に来たよ」と信子さん。

「座ってて。今、お箸とか持っていくから」とキッチンから晴美さんが言った。


 里美さんは荷物を奥の部屋に置いてから居間に戻ってきた。

「あらあら美味しそうね」そのままキッチンを覗く。

「おはよう、晴美ちゃん、今日は足羽山散策ですって?」


「ええ。二人ともここから上には行ってないんですって」


「何もないからねえ」


「いろいろあるじゃないですか。動物園とか自然史博物館とか」


 居間では信子さんがゆかりに顔を近づけて、

「晴美には何も言ってないの?」と小声で聞いた。


「うん。前から案内してって頼んでたから、そのことだと思ってるの。だから話、合わせといてね」


 朝食を食べる前に、里美さんは一度店の戸を閉め、カーテンを引いていた。彼女は開店時間きっかりに店を開けるべきと考える人だ。子どもたちが早く来たとしても、時間までは店の前で待つべきだという考え方だ。


「考え方というのは人それぞれだからね。あなたにもこうしろと強要するつもりはないわよ。でも日曜日は私が担当だから、そうさせてもらうわね」


 そんなことで三人は里美さんが店を開けるのを待って、十時に開店するのを手伝いつつ、入店する子どもたちの流れに逆らって外に出た。

「気をつけてね〜」と里美さんの声がした。

「いってきま〜す!」

「お姉ちゃん、どこ行くの?」馴染みの女の子がゆかりに声をかける。

「足羽山。私、初めて行くのよ」


 愛宕坂を上がりきると、そこに足羽神社があった。三人は境内を抜け、自動車も通る道路をしばらく歩くと、左手に長い階段があらわれた。

「この上に自然史博物館とか足羽山公園があるのよ」


 公園に入った途端、信子さんは目の色を変えて、博物館を素通りしていった。

「入ってみない?入場料、五十円だよ」

 晴美さんが声をかけたけれど、彼女は真っ直ぐ中央に向かって歩いていった。


 そこにはぐるりと円になった小山があった。信子さんはそのふもとに立ち止まると、頂上を見上げた。

 ゆかりと晴美さんも追いついてきて、彼女の隣に並んで立った。信子さんは晴美さんの顔を見た。

「上には何があるの?」


「なんだっけな、何とかって天皇の像がある。すごく頭でっかちの」


 信子さんはゆかりに目を向ける。

「登ってみましょう」

 ゆかりが先頭を切って石段に足を掛けた。


 ふもとから見上げたときには、てっぺんまでほんの三十段ほどに見えたのだけど、

「やけに上がるわね。低い丘に見えたんだけど」とゆかりは不思議そうに言った。


「もっと低かったのよ。子供のときにはよく来たけど、ほんの十秒ほどで上がれたんだけど」

 なんて晴美さんも息を切らせて言う。

 もう五十段は上がったのに、まだ半分を過ぎたあたりなのだ。


「これはいよいよ怪しいわ。勝軍地蔵が待ってるって言ってたのは、きっとここよ」

 信子さんが独り言のように言った。


「何それ?」と晴美さん。


「着いたら話すわ。とにかく上がっちゃわなくちゃ」


 頂上では背の高いイタドリが壁を作っていた。まるで垣根のようにまわりを囲んでいて、石段の先にはひとりが身体を横にすればなんとか通り抜けられるくらいの隙間があって、ゆかりはそこから中に入った。


 広さは畳で二十枚ほどのものか。中央に壁のない、木枠が組まれただけの小屋のような建物がある。中は床さえない。


「はりゃー」と後ろから信子さんのため息が聞こえた。

 続いて、「あれー?!」と晴美さんの声。

「無い!大きな銅像があったのに。いつの間に取り壊したんだろ」


「ここに銅像があったって?」

 三人は不思議そうに建物の柱の前までやってきた。

 信子さんはジロジロと建物を見回している。


「建物を造るのに、いったんどこかに移したんじゃない?」とゆかり。


「うーん。でもなんか、全く雰囲気が違うんだよねえ」


「何かいるよ」と突然、信子さんが言った。

「建物の中にいる。でも悪霊じゃない」


「勝軍地蔵ね」とゆかり。


「さっきから何よ。何で話のなかに勝軍地蔵が出てくるわけ?」


「晴美、黙っててゴメンね。実はこの前、勝軍地蔵が出てきたのよ」


「あの家に?」


「ううん。花月橋の真ん中あたりで。それで話があるから三人で足羽山に来てくれって」


「わかった!ここはいつもの、銅像のある丘じゃないんだ。そうかあ、だから高かったんだ。うん?ってことはここはどこなの?異世界?」


「試してみよう。みんなでこの建物の中に入るよ」


 三人はそれぞれ顔を見合わせて、うんとうなずきあう。それから手をつないで、せーので足を踏み入れた。

 すると一瞬で風景が変わった。建物が奥にずんずん伸びていき、壁や天井が植物が急成長するみたいに広がっていった。

 三人は板組みの床の上に立っていた。青い空の代わりに天井があった。柱と柱の間には壁があった。ここは宮殿に変化していた。

 奥にひとり、頭の大きな老人が立っている。

「おーい!近う寄るが良いぞ、現代の娘たちよ」


 三人は顔を見合わせた。

「あれが多分、勝軍地蔵の聖なる父だね」

「悪霊じゃないのね。なら行くしかないね」


 老人は着物を着て、長い杖を両手で持って、ゆかりたちが歩いてくるのを待っている。大きな顔、三頭身、どことなくコミカルな表情で、その目がゆかりを追っていた。


「やっと来たのう」と老人はゆかりに向かって言った。

「お前さんがこの町に来てからずうっと待っておったぞ」


「私を知ってるんですか。なぜなの?」


「それよりまず、名前を教えて下さい!あなたは誰ですか?」と信子さんが聞いた。


「わしは男大迹おほどと申す。またの名を継体天皇。知っとるか?」


「思い出した!継体天皇だ。継体天皇の像がここに立ってたんだ」と晴美さん。


「その通りや。もともとわしは海辺の村に住んでおったんやが、江戸時代に橘曙覧や足羽の神主らによって、足羽ノ社にわしの天皇御世系碑を建立しおってな。それ以来、わしはここから大ヤマトの国を見ておるのじゃ」


「つまり、ここは古墳なんですか?継体さんがここに?」信子さんが聞いた。


「元はと言えばここは古墳や。江戸時代以前に跡形も無くしてしまいよったけどな。ここにはわしの先祖のひとりが眠っておられる」


「じゃあ継体さんは?」


「朝廷から呼ばれて大和国に引っ越したんや。わしは二十六代目の天皇やねんぞ。跡継ぎがわし以外いなくてな。わしの墳墓は大阪にあるがな。ゆかりや、ほれお前が子どもの頃、母御に連れられてな、わしの墓によう遊びにきとったがな」


「あー!高槻のあそこ?」


「そや。あそこもよう荒らされよって、墳墓やとわかったのは最近でな。そやからお前さんは墳丘の上までやってこれたし、わしはお前さんのことを見ていられたのじゃ」


「でもそれだけで私を?あの丘は近所の子らも行ってたわよ」


「勝軍地蔵が言わんかったかの。お前は波長が勝軍地蔵と同じ、だから一緒にこの町の悪霊を鎮めるのに手を貸して欲しいのじゃ。丸岡晴美、谷本信子、お前さんたちもじゃ」


「げッ!あたしの名前も知ってるのね」

 晴美さんがなぜか身構えて言った。


「そりゃ知っとるわい。そなたの中には粕屋彦左衛門がおるよって」


「?!何のことなの。それって霊が憑いてるとかそんなやつ?」


「まあ、そんなやつだ。なんだ?お前さん、二人から何も聞いてないのか」


 晴美さんは?、と二人の顔を見た。

「ゆかり・・。信子・・」


「晴美、安心して!私にも雨森伝右衛門ってサムライが憑いてるの」と信子さんは続けた。


「いや、そんなんで安心なんか出来ん」


 ゆかりは継体天皇に顔を戻した。

「勝軍地蔵からは三位一体とか聞いたけど、他にまだ霊の誰か、いるんですか?」


「三位一体ねえ。キリスト教のそれでいうと、わし男大迹が聖なる父だわな。それで勝軍地蔵が子、残りの霊なるものというのが福井藩の強者侍じゃ。たまたまお前さんに友人が二人しかいないから、霊も二体ということじゃ。まだ他に強者はおるんだかの、成仏出来ん強者というのはそんなにはおらん。だからちょうど二人で良かったのじゃ」


「柴田勝家は?」


「そうだな。あれは大名レベルの剛の者じゃな。でもお市の方と仲良く成仏しよったぞ」


「それで私たちにお侍さんの霊を取り憑かせて、私らに何をさせようっての?」と晴美さんが聞いた。


「現在、この町に彷徨っている悪霊には親玉がいる。永見右衛門という若者じゃ。彼を見つけ、成仏させねばならん。その手伝いをしてもらいたいのじゃ」


「この間、花月橋で川に落ちたのは?」信子さんが聞いた。


「永見右衛門に付き従う十三人の与力の一人じゃ。いや、やつはまだ成仏しとらんぞ。永見を成仏させんと、他の霊はこの世に留まり続ける。・・・あ、一人だけ別だけど」


「 別って?」


「永見たちが悪霊になった際、彼らとは縁のない霊がひとつ、悪霊となって現れた。この世に怨みを持った剛の者よ。その名も目玉孫左衛門という」


「嫌ね、強そう」晴美さんがつぶやいた。


「強いだけじゃない。性格もひねくれていて、その上とんでもなく助平なのじゃ。お前たち、裸にされんように気を付けよ。そうそう、お前に取り憑いておる粕屋彦左衛門な、そいつが目玉孫左衛門のライバルなのじゃ。前世では粕屋が目玉孫左衛門を捕まえよったが、さて今回はどうかの」


「脅かさないでよ」


「永見右衛門はどうやって成仏させればいいんですか?そもそもその人はなぜ悪霊に?」と信子さんか聞いた。


「 愛しかない」と男大迹は言った。

「結局のところ、悪霊を成仏させるのは愛しかないのだ」


「永見右衛門てのもきっとかなりのワルね。性格もひん曲がってて、やっぱりど助平で。そんなのが愛くらいで成仏するかしら」


「それは違うぞ。永見右衛門はワルでも性格が悪いのでも、助平なのでもない。いや、助平は当たってるかも知れんが」


「ワルじゃないなら、なんで悪霊に?」


「話すと長いからのう。まあ、これを見ておくれ。ストリーミング配信するから」


「?なんのこと?」


「未来の技術だ、気にするな。しばらくすると、お前たちの頭に映像が流れてくるから、それを見るのじゃ」


「さすがケータイ天皇」

 ゆかりがそうつぶやくと同時に、目の前に映像データが流れてきた。




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