21.感情の処理
思考回路を少しだけ切り替えてしまえば、後は簡単……というわけにはいかないのが、リリムノワールの少しだけ困ったところである。
「…………困った」
人間界に行く日ではあるものの、何だかとてつもなく面倒に感じる。
そういえば、これをルルティリアはずっと行っていたのだ。更に言うなら、意にそぐわないとはいえ、ニンゲンと婚約もしていて、定期的な訪問を行っていた。
実際は、ニンゲンのところに向かいつつも本来の世界にてギルライハとしっかり愛を育んでおり、オマケに父や母を殺して力を奪ってしまい、これまでの慣習を全てぶち壊してしまおう、というところまで考えていた。それは、見事に実行された。
勿論ながら成功しているし、父や母である存在が消滅した際の力を全て取り込んだルルティリアは、現状では実質ほぼ無敵、ともいえる存在になっている。
恐らくこの世界で彼女に物理的にも、メンタル的にも敵う存在は恐らくいないのだが、ギルライハはそれに次ぐほどの実力者。
強いものこそ全て、がこの世界で何もかもを手に入れたルルティリアはまさしく勝者だろう。
彼女曰く『文句があるならいらっしゃいな』ということだが、やられると理解しているというのに無謀にも向かっていく者は少なくない。
とはいえ、それはあくまでルルティリアの話であり、リリムノワールの話ではない。
「考え方を変える、は分かる。分かる、けど」
自室のベッドにて、専属の女官に見つかれば『お行儀が悪いですよ』と注意されることは分かっているものの、やってられん、と言わんばかりにうつ伏せで体をぐてりと放り出している。
そもそも、ルルティリアはこういったことがとても得意ではあるものの、リリムノワールは大変苦手なのだ。
敵がいるなら叩き潰す。
力で何もかもを解決する、という見た目にそぐわない程の脳筋っぷりを発揮してしまう、だなんて人間界、こちらの世界合わせて誰が想像できるだろうか。
「……エサ……うん、それは、分かる」
ヒトの祈りのおかげで力は増幅している。
そのお陰で、ルルティリアに敵わないからとリリムノワールに突っかかっている令嬢たちを何人屠ったことか。
「わたしたちの力、強くしたい。しなくちゃいけないの」
割り切れ、とルルティリアは暗に示した。
いずれ、そう遠くない未来に女王となる存在のルルティリアの言葉は、リリムノワールにとっての絶対。
そうでなくても、力こそ全て、な思考回路のリリムノワールを己の半身だからと見捨てることなく傍にい続けてくれているのだ。
「…………あぁ、そうか」
何となく、分かりたくはないけれど『ヒト』の気持ちが分かったような気がした。
「なるほどねぇ……って、理解したくはないけれど」
のそ、とベッドで体を起こしてから窓の外に広がる自分たちの世界に視線を向ける。
ルルティリアが納めることになる、この世界。
人の世界と似ているようで、非なるもの。
人間の世界を模して作られたこの世界で、人間からの祈りの力を集めやすいように、彼らなりに一応は理解をしようとして同じように過ごしてみれば分かるのかもしれない、と思ったからこそ、わざとそういう世界に創り上げたのだ、と学んできた。
リリムノワールもルルティリアも、この世界を統べる存在の子として誕生はしたものの、強さこそ全てのこの世界では、消滅したらもうその先は、ない。
言葉通り『無』となって、来世などない。
あるとすれば、消された者の気に入っていたもの、あるいは別の何かに姿を変えて、別の世界に向かう……のかもしれないが、この世界での記憶など受け継がれることはないから、本当かどうかは分からない。
「ニンゲンの世界にも、そういう御伽噺がある……とかって、言っていたような」
はて、と首を傾げているリリムノワールを見て、どのくらいの人が彼女のことを人ならざる存在だ、と思えるだろうか。
実際、リリムノワールがエステルのところに向かえば、エステルがリリムノワールがどういう存在なのかを説明しなければ、正体はバレることなく過ごしている。
「……よし」
ブツブツと独り言を続けていたリリムノワールは、一度大きく体を伸ばしてから転移魔法を編み上げていく。
「エサは、エサ」
ひと言だけ呟いて、完成した転移魔法に溶け込むようにしてリリムノワールは目的地へと向かう。勿論行先はエステルのところ。
そういえば、最近はよくもまぁあれだけ懐いてくれるものだ、としみじみ思う。リリムノワールが足繁く通ったおかげではあるものの、こちらが敵対心を見せなければいとも簡単に懐かせることができるのだ、ということをリリムノワールは密かに学んでいるのだが、実は本人だけが気付いていないということにルルティリアやギルライハはきづいており、苦笑いを浮かべていたりもするのだが、それはまた別のお話なのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「だから、どうしてあんな異形の存在に力を……!」
「ちょっと待ってよ、滅んでしまったあの国が自ら加護を手放すようなことをしてしまって、あの方たちを怒らせたから……まぁその、結果として我が国が加護を得られているんでしょう!?それを理解していない、とでもいうの!?」
大変、困った。
リリムノワールが転移してきたエステルの部屋の前。
「仲間、割れ?」
はて、と首を傾げつつ、念の為にとリリムノワールは己の姿を隠すための魔法を素早く展開する。
実際に仲間割れをしてくれれば色々と楽になるし、別の意味でうまいことエステルの心の隙をついてこちら側に引きずり込んでおけば、後々楽になるのでは、とリリムノワールは判断した。
さて、何をあれこれ言い合っているのだろうか、とじっと会話の内容を聞いていたのだが、やはりヒトが考えることは大体同じ、ということらしい。
どうして化け物の力を借りて平穏を望むのか。
どうしてあんな奴らを敬っているのか理解できない。
まぁ、挙げればキリはない。だがしかし、人が与えている安寧の上に胡座をかいておきながら、よくもまぁほいほいと文句が出てきているものだ、とリリムノワールは嗤う。
この平和……そう、エステルと出会ってからもう既にヒトの時間では何年も経過している。
その間、この国はとてもとても穏やかな気候で、穏やかに過ごしながら作物の収穫量も安定していて、他の地域で仮に大雨が降ったとしてもここだけは平和そのもの。
他の地域からの住民を避難民として受け入れたり、彼らに仕事を提供したりもしているから、周辺の国からも評判はとてつもなく高くなってきているというのに。
「やはり、ヒトはヒト。……どうせこれを自分たちの日頃の行いが良いから、とか思っているのでしょうけれど……」
独り言を言っても、誰にも届かないようにしているから安心、ではあるがリリムノワールの機嫌はあっという間に急降下していく。
「どうしてそんなことを言うの!」
「実際、民からの不満の声だって届いて……」
「なら……出て行けば良いんじゃないかしら」
「まぁ」
「エス、テル?」
不意に聞こえたエステルの冷たい声。
あんな声を出せるのか、と感心していると、エステルと会話をしているヒトも同じことを考えたのか、たじろいだ声になっている。
「……嫌なら、出て行っていいと思うわ。リリムノワール様のお力のおかげで、酷すぎる雨季がこなくなった、っていうのに」
「いや、それは」
「文句ばかり一丁前に言って、……どうせこれでリリムノワール様から見捨てられでもしたら、次はこっちに文句を言うんでしょう?」
「……っ」
図星だったようで、そのヒトはぐっと押し黙る。
エステルがどうやら、机を思いきり叩いて立ち上がったらしく、また何か大きな音が聞こえてくるが、リリムノワールはそれどころではなかった。
「……面白ぉい……」
ああなるほど、嫌がっていた過去の己にこれを教えてあげれば、もっともっと楽しく力を吸い上げられるように誘導できるのかもしれない。
だがしかし、リリムノワールの我慢の甲斐はここで発揮されている。
まるで、神を崇拝するかのように祈りを捧げるようになったヒト。
「……ご先祖様の気持ち、今ならやっと理解できるような気がする。でも、ヒトと子を成すなんてごめんだけど」
そっちは早々に変えていかないとね、と呟いたリリムノワールは魔法を解除し、エステルの部屋のドアをノックする。
そして、とても穏やかな様子で室内に向けて声をかけるのだ。
「――エステル、こんにちは。ここ、あけて?」
友達が遊びに来たかのように。
今日だけは、エステルたち有益なヒトの希望に沿うように、演じて見せよう。文句を言う愚かなヒトに対して見せつけるかの如く。




