19.お人形遊び
リリムノワールと、エステル。二人の関係性は、表向きこそ平穏であった。
時折、リリムノワールがにゅっと空間を破ってやって来て、気の向くままに二人で会話を楽しんで、リリムノワールはある程度の会話が終わったら元の世界に戻っていく。
「……上手くやれそう」
エステルは、一日の業務を終えてから微笑んでベッドに潜り込んだ。
リリムノワールとは、とてつもなく平和な関係性を築けている。そういえば、あの人から見限られた国があるとか何とか聞いてはいたが、どうやったら見限られるのだろう。そんなふうに考えながら、目を閉じた。
「明日も……来て下さるのかしら」
神にも等しい存在が、『ヒトを分かりたいから』という理由だとしても自分の元に来てくれているのは、すごくすごく嬉しいことだった。
「リリムノワール様、とってもお優しいもの。会話ができるし、ううん、会話がきちんと成立する。……ふふ、今後もあの方に対しての感謝の気持ちを忘れてはいけないわね」
とても、平和になった。
エステルが住んでいる国は、雨季と乾季に別れていたものの、雨季に降る雨の量がおかしいことになっていたのだ。
雨が降る、というのはまぁ理解できる。
だが、降り方がおかしかった。
大雨、と言えばそれまでだが、雨季にはいつもいつも洪水に見舞われてしまう。降りすぎなのか、あるいは地形が悪い影響を……と、必死に学者たちと考えてみていたものの、どうやっても自然の力には勝てなかった。
「雨季が来ても、程よい雨の量で終わってくれるだなんて……本当に感謝の気持ちしかないわ……」
呟きながら、エステルの意識は次第に深く深く落ちていく。
今まではピリピリとした空気に満ちていたこの国は、次第に穏やかな空気に包まれていっていた。
「神に……感謝を」
あちこちで、そんな声が聞こえてくる。
眠る前、食事の前、あるいは作物がたわわに実った時、色々な時に感謝の声が、気持ちが満ちていく。
それが、『彼ら』の力となる。
純然たる感謝の気持ちは、『彼ら』のところに届き、リリムノワールやルルティリアを始めとした『彼ら』の力の源になっていく。
「――ふぅん」
そして、それを受け取ったリリムノワールは呟いた。
「リリ、どうかして?」
「……ルル……」
じわりじわりと満ちていく力を実感しながら、リリムノワールは手をぐっと握ったり開いたりしている。
かの国に加護を与えていた時には、考えられないほどの力の満ちようは凄まじい。
「あの国の、おバカさんたち……今頃どんなふうに思っているのかしら」
「あぁ」
そういえば、そんな国があったなぁとルルティリアはぽん、と手を打った。
そしてニコニコととても愉しそうに微笑んで、はいどうぞ、ととある結晶体をリリムノワールに手渡した。
「?」
「ご覧なさいな」
ルルティリアの表情から、きっととんでもなく楽しいことになっているのだろう、と推測したところ、見事に当たっていた。
「あら、まぁ」
「ね、凄いでしょう。自滅していくおバカさんって、わたくしも見たことがなかったけれど……ここまで愉快だなんて」
ありとあらゆる自然災害に襲われ、国土はめちゃくちゃ。家もなにもあったものではなく、広がっているのは瓦礫の山。いいや、その瓦礫すらまた崩れていっているのだから、何をどう表現すればいいのだろうか、と問いかけたくなってくる。
精霊の守りあってこその繁栄、加護あってこその途方もない平和が享受できていたというのに、かの国はそれを捨てた。
あろうことか、人のおかげでここまで繁栄できているだとか何とか、大声で言ったのだから『ならば後は加護を引き上げるから人間だけの力でお好きにどうぞ』と言われても仕方ないし、そうしただけのこと。
「ルルは、言われたから、そうしただけでしょう?」
「そうよ」
「他にも何かあるの?」
「……ふふ」
にぃ、ととてもとても楽しそうに微笑んでいるルルティリアは、遠くを観察できる結晶をはいどうぞ、と返してくるリリムノワールから受け取ってから、別の光景を見せる。
「これ……」
「貴女が見限った、お馬鹿さんたち」
そういえば、喧嘩を売ってくるような馬鹿がいたなぁ、とリリムノワールは考えるが、それ以上の感覚は湧き上がってこない。むしろ、そろそろ顔を忘れかけていた頃だったので、じーっと結晶体の中で必死に何かをしているニンゲンの様子を見て、首を傾げる。
「何してるの、これ」
「……何だと思う?」
「分からないから聞いてる」
むぅ、と不満そうにするリリムノワールの頭をよしよしと撫でたルルティリアは、結晶体をぽい、と収納空間へ無造作に投げ入れてから、その空間を閉じる。
事も無げに行っているが、かなり難しい部類に入る術を行使している様子と、ちらりと見えた収納空間の広さから察するに、恐らくルルティリアは相当に力を付けてきているようだ。
彼女が力を付ける理由は、ただ一つ。
リリムノワールによって彼女たちの親だった存在は消滅しているが、その力の残滓をてきぱきと回収をしている。回収することによって、先代の王の力を自分の中へと取り込んでいくことで、より強い『王』としてこの世界に『在れる』のだ。
リリムノワールに対してはとても優しくて、思いやりのある様子を見せてくれているが、他に対してはルルティリアは何も容赦をしない。容赦したところで何にもならないから、当然といえば当然でもあるのだが。
「貴女が見捨てたお馬鹿さんたちに、加護を与えに行っているの」
「……は?」
何をしているのだ、とぎょっとしているリリムノワールを見て、ルルティリアは『まぁ可愛い』とほっこりしている。だがしかし、過去の例からいっても二つ同時に加護を与えるだなんて、とわなわな震えているリリムノワール。
「加護は一つの国だけなんじゃ……」
「そんな決まり、なくってよ?」
「え」
「今まで、一つの国が加護を独り占めしていただけ、っていうお話。疑問に思わなかった?」
それが当たり前だったから、疑問になんて思うわけがない。
何で、どうして、とプチパニックを起こしているらしいリリムノワールは、ぐるぐると何か考え込んでいるようだったが、ルルティリアの一言で我に返る。
「一つの国だけを贔屓して良い、だなんてだぁれも言っていないわ」
その言葉に、『確かに』と思いつつも、リリムノワールはふと何か思い当たったようだ。
「……」
「どうかして?」
「……最近、色々調子が良いの、って」
「……」
無言で肯定しているルルティリア。
ああ、そうかと何も言われなくても理解する。というか、何で今まで一つの国だけに……と考えていたが、これもまた理由などすぐに理解できた。
かつて、自分たちのご先祖様が『独占契約』的な感じを取り交わしていたのだろう。そうだ、ルルティリアが燃やしたあの誓約書。
あれを全て破棄してしまったから、こちらの力も制約から解除されているのだ。
「……もっと増やす気は?」
「ないわ、管理できるのって大体これくらいがちょうど良いんだもの」
「そっか」
「ええ」
姉妹の会話は、とても短い。
別に長くだらだらと会話をしたところで、何がどうなるわけでもない。
むしろ、ルルティリアにはギルライハとの婚儀の準備もあるのだ。
これ以上ないくらいに忙しくなるのだから、加護なんて追加で与えている暇などないだろうに……と、ほんのちょっとだけリリムノワールはげんなりしているが、きっとそれすらもルルティリアからすれば可愛らしいもの。
げんなりしているのではなく、ちょびっと拗ねている程度にしか思われていないだろう。
その力とメンタルの差故に、今代はルルティリアが女王として『彼ら』を統率していくとこになるのだから。
力の回収ができるのは、より強いものだけ。
父と母を始末した際、リリムノワールはルルティリアに連絡を入れておいた。だからルルティリアはあちこち移動しつつ、だがしかし、敵対してくる同族をこれでもかと遠慮なく屠りながら回収作業に勤しんでいるのだ。
「……何か、できること、ある?」
「そうねぇ……。ならば、もっともっとニンゲンを懐かせておいてちょうだい?」
「……」
「リリ、お返事は?」
「……はぁい」
ぶす、と不満そうにしながらもリリムノワールは頷いてから自分専用の空間へとするりと溶け込んでいった。拗ねるといつもこうだが、そんなことをしている己の半身は何とも愛らしい。そんなことを考えながら、ルルティリアが向かった先は婚礼衣装の合わせの部屋。
大量に用意されたドレスからとっておきを選ぶのねぇ……とぼやきに近いことを呟きつつ、ゆったりとした歩調で進んで行ったのだった。




