第一話
白絹屋の事件を追うことを決めた翌日の事、ラーフィリスとルーファスは手分けして顎に刀傷がある男──カイルを探していた。
探しながらも、二人の協力関係が知られるのを避けるために、距離を取って行動していた。そんな状態でも二人の意思の疎通に問題は生じなかった。それはルーファスが『共通の耳』と呼ばれる呪文を唱えているためである。
『共通の耳』というの、二人の耳をつなげて、お互いの声が聞こえるようになる呪文である。ルーファスの持つ強力なメリル神の加護によって、まるでトランシーバーのように、お互いの声が聞こえていた。
『ルルさん、あなたはつくづく……なんでメリル信徒じゃないの?』
「やかましい」
ラーフィリスの心ない指摘を、声を荒げることでさえぎった。認めてしまうにはつらい現実であった。
今、彼らは20メートルほど離れて、歩いていた。男がいる場所に関して、それぞれ聞き込みを行った結果、有力な情報が得られていた。そこで、ラーフィリスを先導させて、男がいるといわれている場所へ向かっていた。
『居た、外で誰かと話している。 よかった、仕立屋の中にいたら、店に入る必要があったからね』
「仕立屋か……、まさか白絹屋の息がかかったところじゃねえだろうな?」
ラーフィリスは、仕立て屋の前で誰かと話しているカイルを発見した。彼女の実況で、その様子を『耳』で聞きながら、ルーファスは気になったことを小声で質問する。自分が陥れた女性の親が運営する仕立屋で服を買うようなら畜生にも程がある。彼は若干、怒気をはらんだ声になっていた。
『さすがにそこまで顔の面が厚くはないみたいだよ。
たしかここは白絹屋のライバルであるマイク機織りの傘下だった気がする』
「ふーん、マイク機織りねえ……きな臭いな」
アメリアを陥れた男が、ライバルの同業者のところにいる、この事件の関係性が見えてくるようだった。
ラーフィリスは自然な様子で道を歩きながら、横目でカイルが話している相手を見た。剣を腰に下げており、革の防具をつけている。冒険者や用心棒、ないしは荒くれ者といった風貌だ。腰に下げている財布はそれなりに膨らんでおり、景気がよさそうに見えた。
『店の前にいるのは用心棒ってところだね』
「ラス、あとは俺に任せておけ。 因縁つけられると面倒だ」
復讐代行をやっているだけあり、彼女もそれなりの戦闘力を持っているが、あくまで女性である。ルーファスは気を使って忠告をした。
『了解、離れるよ。 私が酒場で見たのはカイルで間違いないね。 顎に刀傷がある男で、カイルって名前なのが二人いない限りは、だけど。 アメリア嬢と一緒にいた男で間違いないだろうね』
「おう、わかった」
『私は取引をしていた相手を探……』
しゃべっている途中でラーフィリスの声が途切れる。
「どうした?」
何か問題があったのかもしれないと、慌ててルーファスは声をかける。彼の位置からは、『聞こえてはいる』が視認することができない。焦りで自分でもやや早歩きになったのがわかった。
『ああ、大丈夫。【思い出した】だけ。
店の前にいる荒くれは、取引していた小太りの用心棒だ』
用心棒の顔はあまり注目していなかったので確証がなかったが、ラーフィリスはエルドラード神の加護による呪文【記憶再生】を用いることで思い出した。【記憶再生】はその名の通り、一度見たことのあるものを思い出す呪文だ。
なぜこの呪文がエルドラード神の管轄であるかというと、ラーサス神の妻であるエルドラード神は、愛が重いという前提条件を知る必要がある。日中はラーサス神が大地に光を降り注いでいるため、彼女にかまってくれない。そこで彼女は、ラーサス神を思いながら、常に【記憶再生】をしているらしい。この世界で夜が来る理由は、太陽神でもあるラーサス神を、エルドラード神が独占するためでもあった。なお、雷の日は我慢できなくなったエルドラード神が日中も暴れるためである。
「……たまたま、ってのも締まりが悪いな。 間違いなく関係があると思うから、マイク機織りもちょいと調べてくれ」
『了解。 なんとなくマイク機織りを調べれば、あの小太りも見つかるような気がするね』
ラーフィリスはそのままカイルから離れると、次の場所へと去っていった。一方、ルーファスは仕立屋の前でたむろしているカイルへと近づいていく。
「どーも、カイルさんですね?」
「……ええ、そうですが。 じゃあ、また」
一瞬いぶかしげな表情をしたが、愛想のよさそうな笑顔で返答する。そして、横の用心棒へと別れの挨拶をした。
「おう、またな」
用心棒はカイルへとあいさつをして、仕立屋の前から離れていった。その際に、ルーファスへ軽く頭を下げたが、人を小ばかにするような、見下すような笑みをこぼした。
(嫌な顔だな)
ルーファスは不快に思いつつも、いまはカイルの相手をすることにした。
「ちょっと、よろしいですか?実はお聞きしたいことがありまして」
「ええ、かまいませんよ。ラーサス神殿のお役に立てるなら光栄です。
ああ、でもお店の前だとちょっと迷惑になるかもしれませんので……良ければどこか酒場でもよろしいですか?」
カイルはニコリと微笑み、大げさに頷いて見せた。ルーファスにはその仕草がどうにもわざとらしく、演技のように感じられる。
「ええ、かまいませんよ」
ルーファスも同じように笑みを浮かべながら、頷いた。
─────
「エールを二つ。ああ、白の神官様は結構です。
街のために頑張っている人に払わせるわけにはいけませんから」
酒場に入った二人は、さっそく飲み物を注文する。昼間から酒を飲むことになるが、これはこの世界では一般的である。王都は水道が発達しているため、飲み物は水かエール、貴族などは果樹酒を飲むこともある。水道が発達していないような都市では、エールが基本的な飲料水となる。
カイルはルーファスに微笑みながら、エール二杯分の金を支払った。
(賄賂のつもりか?)
この程度で懐柔するつもりなのだろうかと、ルーファスは思った。しかし何気に断わりにくい口上だった。受け取り方次第だが、断ったりすると、街のために頑張っていないようにもとれる。強く断るには無粋、そんな言い回しだった。口で女をだます女衒なだけあって、頭は回りそうだと思った。
まあ、偏屈な人は「なんだ、嫌味か!?」とか言い出すかもしれないが。
「では遠慮なく」
口では遠慮と言っているが、本当に遠慮なくエールを受け取った。賄賂を受け取ることに抵抗がない、そう見せかけたほうが口の回りは良さそうだと判断した。
「乾杯しましょうか」
「え、ええ」
乾杯などと言うルーファスに、カイルは戸惑った様子を見せた。
「アメリアさんのご冥福を祈って」
そう言って、ルーファスはカイルのコップに自分のエールをぶつけた。コンっという木がぶつかる鈍い音がする。
「……」
カイルは思考が停止し、エールを持ったまま動きが取れなかった。そして、すぐさまどう対応するべきか考えた。
最初に思い付いたのは「誰ですか?」と聞き返すことだが、この場合のデメリットは相手がしっかりと情報を握っている場合は悪手だということだ。
次に思い付いたのは「どういうことですか?」と食って掛かることだ。この場合のメリットは「アメリアの恋人」を演じることができる。デメリットは相手がカマをかけている場合は藪蛇になるかもしれないということ。
二つを考えたうえで、カイルはルーファスがある程度情報を握っていると判断して、対応を決めた。
「アメリアが、死んだ……?」
カイルは呆然とした表情でつぶやいた、ふりをした。
「知らなかったのか?」
カイルは放心しているように見えた。そんな彼を見ながら、とぼけられたが楽だったなと、ルーファスは思った。アメリアという女を知っているか、から質問してもよかったが、一番重要なのはこいつがアメリアを知っているという事実だったので、問題ないと結論づけた。
「そんな、どうして……?」
カイルは恋人を失った男を演じていたが、ルーファスの内心は冷ややかだった。いつまでも演技を聞いていても仕方がない。
「じゃ、詳しくは神殿で聞こうじゃないか」
「え……?」
カイルは呆然とした表情でルーファスを見つめた。演技のように見えるのは、最初から疑った目で見ているからなのだろうか。周囲から見たコイツは、悲劇の男なのだろうか、と彼は思った。