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異世界復讐代行『その恨み、晴らして見せます』  作者: 馬汰風
第二部「騎士団崩壊の後始末」
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第五話『後始末─その5』

 目覚めた時、気分は最悪だった。【復讐代行】の時に来ていた服のまま寝ていたアニェーゼは、喉の渇きと嫌な汗を感じた。彼女は喉の渇きを訴える体に従い、ベッドの近くの棚に置いてある、保存用のエールの小樽をつかむ。


「『在る物を、唯在る様に。私の望んだ形を象れ。想像を超えた形成を。物質形成』」


 アニェーゼが『物質形成』の呪文を唱えると、小樽の蓋が曲がっていく。開かれた蓋から見えるエールの色は混濁していない。さらに鼻を近づけて臭いを嗅ぐ。ホップの臭いがするだけで、腐臭は感じられなかった。腐っていないことを確認すると、彼女はそのまま小樽へ口をつけて飲んだ。

 苦いエールの味が口に広がっていく。喉の渇きは癒えたが、その苦みから言い知れぬ不快感を覚えた。


「今は、苦いものを飲みたくないな」


 意識せず口から漏れ出した言葉に、アニェーゼは苦笑いを浮かべた。

 怒りのまま圭と喧嘩別れをした後、一眠りして落ち着きを取り戻した今、アニェーゼは様々な感情を持て余していた。それは怒りでもあり、悲しみでもあるし、失望感でもある。


 なぜ、ベアータがこんな目に合わなければならなかったのか?彼女が悪いことをしたのか。罪がないとしたのなら、なぜそんな目に合うのか。ヴァディムを悪とするならば、なぜ正しかったベアータは苦しまなければいけなかったのか。

 理不尽な物に対する怒り、ある意味それは【復讐代行】の原点たる思いだった。


 そして圭や、彼らに対する失望だ。一匹狼、孤独な暗殺者として王都でアニェーゼは生きてきた。そんな彼女にできた仲間が圭達だった。たった1年間だが、絆は確実に深まっていた。

 それ故に、今回の結末は堪えた。自分をベアータに投影していたため、彼女を奴隷として売りさばいたという事は、自分に対する仕打ちのように感じていた。つまりは、自分を裏切ったように感じたのだ。


 それと同時に、ベアータを救うことが自分を救うことと同義に捉えていたため。決して自分は幸せになれない、そんな事を示されたように感じた。




 1年間で築かれた絆から、圭が喜んでベアータを売り払った金で仕事を作る人間ではないという思いもあった。しかし、ベアータに対する感情が、圭は喜んでやったのではないと思うことを拒んだ。そして、その感情に折り合いをつけることが今もできなかった。




 それと同時に悲しい現実という物もある。今回の【復讐代行】の料金である40枚の連合銀貨。ベアータの事を思うと、とてもじゃないが使用できない金だ。しかしながら、いかんせん売れない細工師だけで生活費が賄えるはずもなかった。

 そう考えると、アニェーゼにとって【復讐代行】は大事な収入源だった。気に入らない客には商品を売らなくていいし、余計な媚びを売る必要はない。身を護るための武具は十分に賄うことができる。最も、商売道具なのだから当たり前だが。

 細工師だけの金で生活するには、それなりに赤貧生活を覚悟する必要がある。媚びを売る必要もあるだろう。女であることを活かす必要に駆られるかもしれない。


 ならば、暗殺稼業を再開するか。【龍の会】に管理された【復讐代行】を知った今、モグリの暗殺者に戻ることはできなかった。

 それは金額が違う、安全が違う、何もかもが違う。理念も信念もなく、鉄砲玉として使われるだけの存在だ。精神をすり減らしながら暗殺稼業をすることはもうできない。

 【復讐代行】のまねごとはできない。今ならわかるが、その職業は【龍の会】のみに許されている。まがい物はすぐさま処刑されてしまうだろう。


 自分を取り巻く環境を思い起こしてみて、アニェーゼはなるほどと思った。そう考えると圭は恩人と言えるのだろう。ならば自分は忘恩の愚か者という事か。そこまで考えてアニェーゼは手に持った小樽を壁に投げつけた。


──ゴトンッ


 鈍い音を響かせて地面へと落ちた小樽から、残っていたエールが流れている。

 アニェーゼは無感動な表情で流れる液体を見つめながら考えた。

 

 ベアータの結末を感情として許せない。そして、理としても圭を信じられなくなった今、チームを組み続けることはできない。

 裏稼業で生きているからこそ、信頼が無ければやっていけないのだ。




*****




「このままじゃまずい!」


 うだうだと悩み続けて1日を過ごしてしまったアニェーゼは、起き上がるなり決意を声に出した。声に出したのは、意志を強化する意味もある。

 昨日とは異なり、アニェーゼは気力を取り戻していた。それは、夢の中にベアータが出てきたことに起因する。【復讐代行】の日は、自分とベアータを同一視したことにより、自分が傷ついたと感じていた。しかし、夢で彼女を視認したことで、自分とは別の存在であると認識し直した。

 その結果、ベアータを助けなければならないという思いに駆られた。


 何を拗ねてしまい、1日を無駄にしたのだろう。奴隷に売られてしまったといっても、ベアータが死んだわけではないのだ。もしかしたら救いだせる可能性だってある。それすらも諦めてしまうのは愚かだ。アニェーゼはそう思い立った。

 ベアータの足取りを追うためには圭の力が必要だろう。癪だが、ベアータのためなら頭を下げてもいい、アニェーゼはそこまで気力を回復させていた。


 何かヒントはないだろうか。アニェーゼはがさがさと服の中に入れっぱなしにしていた、ベアータからの手紙を取り出した。


「……二枚目がある」


 【復讐代行】の夜は気づかなかったが、手紙には2枚目があった。慌ててアニェーゼは2枚目に目を通す。


「『アレスさん、あなたと同じように絵を書こうと思います』……?」


 2枚目にはそれだけが書かれていた。横顔が書かれているようだが、かろうじてきっとアニェーゼを書いたのだろうとわかる程度の絵だった。微笑ましい気分になり、アニェーゼは思わず笑みがこぼれた。

 しかし、わざわざなぜこんな絵を書いたのだろうか。ベアータはこんな突拍子もないことをする人ではないと思っていた。

 それにあなたと同じようにと妙な説明も入っている。


「……まさか! 『魔領解放、顕彰!』」


 もしかしてと言う思いを抱いた。アニェーゼは手紙に魔力を籠め、力ある呪文を唱えると、文字が浮かび上がって来た。発光石を利用した隠し文字だ。

 何かを伝えたくて、そして手紙を受け渡す人たちには見せられない物を書いたに違いない。

 アニェーゼは浮かび上がった文字に目を通した。




──アスさんへ

 きっとアレスさんなら、気づいてくれると思って書いています。最初に匿ってくれた時、アス、ベアって呼ぼうって話をしましたけど、ほとんど呼べませんでしたね。せっかくなんで冒頭はアスさんへって書きました。

 いろいろ事情があって手紙には詳しく書けませんでした。本当は細かく書きたいんですけど、私を買った人たちにも迷惑がかかると困るのでここでもぼかして書きます。

 私は奴隷として買われましたが、私を買ったのは本当の父でした。産みの父は、事情があってザック父さんに私を預けていたそうです。

 今更って気持ちがないわけではありません。でも、結果として私を救いあげてくれたのだからそんなに文句は言わないことにします。

 結果的に私は自由になれました。全部、アレスさんやラーフィリスさん、圭さんのおかげです。

 本当にありがとうございます。アレスさんに助けてもらったおかげです。あなたに助けを求めて本当に良かった。

 本来ならしっかり直接お礼を言いたかったんですけど、私は急いで王都を去らないといけません。なにせ、重要参考人ですからね(なんちゃって)。

 ラーフィリスさんには、本当にやさしくしてもらいました。家に泊めてもらってお礼が言えなくて申し訳ありません。パン美味しかったですと、おじいさんおばあさんにも伝えてください。

 圭さん、本当に心配をかけてごめんなさい。奴隷になる危険性を教えていただいたのに、助言を聞き入れなくてごめんなさい。でも、結果的には大丈夫だったんで許してください。

 そして、本当にアスさん。ありがとうございます。

 ほとぼりが冷めたころに、ザック父さんの屋敷にある大きな木の下を掘ってください。私からささやかなプレゼントです。

 ベアより。──




「なんだよ。何が『本人が決めたこと。俺が止める事じゃない』だよ。しっかりと止めてるじゃないかよ。圭の奴、かっこつけやがって」


 手紙を読み終えったアニェーゼの瞳からは涙がこぼれていった。口から圭に対する悪態がこぼれるが、唯の照れ隠しだ。本当に、彼女は安堵していた。


「まったく、圭の奴。僕を謀ろうなんて、10年早いぞ」


 アニェーゼは頭を掻いてから、手紙を丁寧に折りたたんで服のポケットにしまった。髪に触れた時、やや油っぽい感じがした。簡単にでも流したほうが良いだろう。

 そして、圭に会いに行こう。素直に謝れるかわからない。1年で培った信頼関係が示すとおり、彼が信頼できる奴だとわかったのだから。


 仲直りをするのにもはや障害はない。アニェーゼは出かけるために、まずは水を汲みに外へと出た。












まあ、ぶっちゃけ言うとあだ名で呼び合うって設定忘れてたんですけどね。

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