第三話「調査、横領した品は──」
アジトで調査の方針を決めた翌日、アニェーゼとルーファスは裏路地に集まっていた。復讐代行屋のチームとして、ルーファスの存在は最も隠さなければいけない機密事項だ。日中に、ルーファスが3人と会うことはなるべく避けているが、必要な時はこうやって人通りの少ないところで落ち合っていた。
「『私と貴方を繋ぐ声。共通の耳』」
『共通の耳』はこの裏稼業において、頻繁に使っている魔法だ。その呪文を唱えると、通信機を耳に備え付けたかのように、お互いが聞こえている音がサラウンドに聞こえてくる。
かなり便利な魔法のため頻繁に使われているが、ルーファスはあまりこの呪文が好きじゃなかった。というのも、この魔法の由来はメリル神が、彼氏と遠隔調教プレイを楽しむ際に開発されたのではないかと噂されているためである。
メリル神の強い加護が無ければ使えない魔法だが、由来を聞かされると非常に微妙な気持ちになった。そのうえ、知り合いのメリル神の司祭からは、「奥さんと野外プレイしてる?」などと聞かれた。「やってないならアタシとしようか?」とも言われた。ふざけるな阿婆擦れ。俺は妻を愛している。その時、ルーファスは心中で罵倒した。
「ルル。キミはメリル神殿に転職したほうがいいんじゃないのか?」
「やかましいわ」
ラーフィリスが似たようなことを言っていたが、ルーファスにとってメリル神になれというのは軽薄な人間になれと言われているようなものだ。もちろん真面目なメリル神もいるのでこれはルーファスの偏見だった、
周りに人がいないのを確認してから彼は外套を脱いだ。年間の平均気温が高いこの国で売られている外套は麻製で意外と涼しい。梅雨の時期は外套をもって外出する人間も多いため、目立たず姿を隠すのに便利な衣類だった。
「俺から距離を取って移動しろよ。ただ、あんまり離れると魔法の効果が切れるから注意だ」
「わかってるよ」
外套を脱いだルーファスが先に大通りへと戻る。アニェーゼは1分ほど数えてから、外套を脱いで表へ出た。
梅雨の中の晴れ間で、ラーサス神からの光がじりじりと体を焼いた。だが、遠くから黒い雲が近づいており、すぐに雨になる予感がした。
*****
「すまない、ラーサス神殿の者だが」
昨日に続いて黒色槍騎兵団を尋ねると、依然として騎士団内はバタバタとしていた。ヴァディム派は証拠隠滅に、中立派とザック派は身の振り方を考えているのだろうかと、うがった目で見てしまう。
一方でアニェーゼは、『共有の耳』の効果範囲内で、疑われないように騎士団周辺にある店舗をゆっくりと見ながら歩いていた。
「昨晩、調査に来られた方ですね」
「ええ」
「本日は何用でしょうか?」
ルーファスの対応をしてくれた騎士は、なぜか疑わしげな目で彼を見ていた。そういう目で見られる理由は分からないが、自分が歓迎されていないことがルーファスには強く感じられた。
「何用ですか、はないでしょう。
もちろん調査に来たのですよ」
「それは本当ですか?」
何を疑っているのか、騎士の表情は頑なだ。ルーファスは困り顔で頭を掻くと、背中から声をかけられた。
「おや、白の神官様ではないですか」
神経質そうな表情の男──ヴァディムが背後から現れた。彼を黙視すると、騎士の表情がこわばったかのように見えた。
(ははん……この騎士は中立派かザック派だったんだな。
それで、俺がヴァディムの息がかかっている神官ではないかと疑っていた、ってところか……)
事情が推測できれば、納得がいくことだった。そしてそれならば、この騎士こそ情報を聞くのがうってつけかもしれない。
「ヴァディムさん。もう少し聞きたいことがありましてね」
「そうですか……忙しいのですが」
「ええ、そうかと思いまして……彼をお借りできませんか?」
ルーファスは言質を取ったと、喜び勇んで若い騎士から情報を聞き出そうとした。しかし、ヴァディムは焦らずやんわりと断る。
「申し訳ありませんが、彼にはお願いしたいことがありましてね。
それに彼は昨日まで外勤しておりましたので、当時の事に詳しくありませんので……」
違和感なく断られ、ルーファスはなかなか手ごわいなと思った。また、昨日まで外勤という言葉に騎士が反応していたのを感じた。もしかしたら彼はザック派で、事件当時には彼のようなザック派は騎士団内から離されていたのかもしれない。だが、そんな準備をする余裕があるなら、もっと隠ぺい工作ができてしかるべきだろう。
「クロード君、この手紙を侯爵に届けてくれたまえ」
「……承知しました」
クロードという騎士は硬い表情をしたが、素直に手紙を受け取ると命令を聞き入れた。できれば彼から話を聞きたかったが、致し方がない。ルーファスは諦めてヴァディムに質問をすることにした。
「では、お忙しいところ申し訳ありませんが何点かお聞かせいただけますか?」
「もちろんです。神殿に協力するのは、我々の義務ですから」
鷹揚に頷くヴァディムに対して、嘘をつくなよとルーファスは心の中で舌を出した。
*****
『当時いた騎士ですか? さあ、我々も治安維持活動がありますから、要請に応じて外に出ることも多いので、何とも言えませんな』
ルーファスの追及をヴァディムはのらりくらりとかわし続けていた。その声が耳に入るたびに、攻めきれないルーファスに対してアニェーゼは苛立ちが増していた。
「お兄さん、買わないの?」
「ああ、ちょっと考えさせてくれないか?」
アニェーゼに対して猫なで声で商品を紹介する細工師の女の声も、彼女の神経を逆なでしてイライラを増させていた。特にろくでもない細工を売りつけようとしているのが気に入らなかった。その程度なら自分だって作れると言いたい。
『ところで、ザックは何を横領しようとしていたのですか?』
『それは……ノーヘルノーベルという生物ですね。
本来は鉱山開拓に使われるはずだったものを横流ししたようで』
聞き覚えのある生物の名前が出て、アニェーゼは声に集中した。ごく最近、その生物の話を聞いたことがあった。ノーヘルノーベルとは火山近郊に生息する鳥の一種で、頭に可燃性ガスを蓄積する。その生態を利用して、生きる爆弾として使っている国が多かった。
『鉱山開拓に使う生物ですか?』
『爆発性があるので……それを利用して鉱山開拓を進めようと思ったのですが。
そう言った事情で、最近鉱石の金額が上がっているのです』
そう、アニェーゼがこの話を聞いたのは、行きつけの魔法石を販売している雑貨屋だ。白絹屋の復讐代行を行った際に、魔法石の値上げの原因はノーヘルノーベルを誤った使い方で爆発させて鉱山を埋めたというバカ話を聞いた。彼女はこの話と、横領の件はつながりがあるのではないかと感じた。
気になる情報も手に入れた事だし、なれなれしい女店員とおさらばしようとアニェーゼは決意する。
「また今度買うよ」
「お金が足りないなら割引するよ?」
「そんなの粋じゃねえだろ?」
細工を売りつけようとする女店員を振り払うが、彼女はアニェーゼを離そうとしない。そして、女店員はアニェーゼが金を持っていないと勘違いしたのか、値下げをすると引き留めた。アニェーゼは細工自体に興味が無く、怪しまれないためだけの行動だったので、結局は適当な事を言って振り払った。女店員は、好みの端整な男性が去ってしまい、がっくりとうなだれた。
大通りを歩きながら、アニェーゼはルーファスに聞こえるようにつぶやく。
「ノーヘルノーベルに関して心当たりがある。
僕はそっちに行く」
しばらくたつと、わざとらしくヴァディムの言葉に『ええ、わかりました』と同意するルーファスの声が聞こえた。おそらく、アニェーゼに対して言いたかったのだろうと判断し、彼女は『共通の耳』の範囲外へと抜けていった。
「ん……くそ、また雨か」
急激にあたりが暗くなったかと思うと、ぽつりぽつりを雨が降り始めた。アニェーゼはいらだった様子で、外套を羽織り直した。
外套を着る直前に、ある騎士が彼女を目撃していた。その騎士は、迷路横丁でベアータを探していた際に、アニェーゼの店に入った騎士だった。
「あの、男……たしか迷路横丁の」
外套をかぶり、大通りから離れていくアニェーゼを騎士は目撃した。その騎士は、なんとなくアニェーゼを尾行することにした。彼女を追うことでベアータの居場所がつかめる、彼の勘がそう囁いたのだ。
雨が騎士の姿と気配を隠し、アニェーゼは騎士の尾行に、終ぞ気づくことはなかった。




