第四話「レーゲンの忠告」
ノーヘルノーベルがザック副騎士団長の横領品だと聞き、ルーファスはあり得ないと思った。いつ爆発するかわからない危険生物を、横領の品に選ぶ事なんて考え辛い。もし、自分が横領をするならもっと処分のしやすいものを選ぶはずだ。普通ならザックも同じような思考になるだろう。
「はぁ、しかしそれだけ危険な生物なら横流しするのも難しいでしょうに」
「そうですね、きっと危険生物を専門で取り扱う盗品ギルドのコネでもあったのではないでしょうか?」
「……そんな盗品ギルドがあるんですか?」
「想像の話です。おっしゃる通り、生物を誰にも気づかれずに売るだなんて不可能に近いでしょうしね」
ヴァディムは眉間にしわを寄せながら両手をあげておどけて見せた。神経質そうな印象を受け続けていたが、どうやら生まれつきそういう顔立ちのようだ。
先ほどからルーファスは、ヴァディムの言葉尻を掴み、追及をしているが、のらりくらりとかわされてしまっていた。魑魅魍魎が跋扈する貴族社会に生きているだけあって、ヴァディムは言質を取られないための会話術を身に着けているようだった。
『ノーヘルノーベルに関して心当たりがある。
僕はそっちに行く』
ルーファスは追及の足掛かりがつかめず、苦しい思いをしていた。そんな時にアニェーゼの声が耳元に聞こえた。どうやら、ノーヘルノーベルに関して何か情報があるようだ。ルーファスは彼女のいう事を信じることにして、横領の品に関しては任せることにした。
彼自身も、脛に傷を持つ身であるため、深追いは危険だ。適度なところで、ヴァディムへの詰問は切り上げることにする。
「ええ、わかりました。
しかし、そうなると不思議ですね」
「何がですか?」
ルーファスは最後に気になったことを確認して、話を終わらせることにした。もっとも、当然抱く疑問なため、何らかの対策がされているのは容易に想像がついた。
「確か、横領の証拠は見つからなかったと」
「ええ……」
片方眉毛をあげながら、不愉快そうにルーファスの方をヴァディムは見た。どうせ、この表情もポーズなのだろうと、ルーファスは感じた。
「横領の証拠もなく、売りさばきにくい危険生物……
どうして、それが横領の品にされたとわかったんですか?」
もし盲点だったのならば、少しは動揺するかと期待を込めてルーファスは追及した。しかし、やはり想定通りだったのか、ヴァディムは肩をすくめた。
「実は、横領の件を言い出したのは騎士団長からなのですよ」
「スプリングス騎士団長から?」
「はい、そうです。ザックに横領の疑いありとね。
その際に、商品はノーヘルノーベルだといわれました。
私も貴方と同じ疑問を抱きましたよ。それで、内密に調査しろと言われたのですが……」
ヴァディムは悲しげに顔を伏せた。その態度は自然に思われたが、疑いの目で見ているルーファスにとってはわざとらしく見えた。
横領の品に関しては、うっかり言ってしまったのかと期待したが、そんなことはなかったようだ。むしろ、ルーファスがこの質問をすることを期待して言った可能性がある。追及を行ったことで、ヴァディムは自然とザックが横領をしていたのではないかと騎士団長が疑っていたということ、自分はその調査を任されていたと主張することができた。自分から言い出すよりも、他人に聞かれたため、実はと答えたほうが説得力がある様に感じられるのだ。
「他に何かありますかな?」
ヴァディムに気負った様子はなく、自然体だ。何の証拠を持たずに、彼を追求することは不可能だろうとルーファスは判断した。
「いえ、参考になりました。ありがとうございます」
この場での敗北は認め、ルーファスは頭を下げた。
*****
「ただいま戻りました」
ヴァディムへの追及を切り上げて、ルーファスが西南ラーサス神殿に帰ると、雑用を行っている入信者が首を長くして待っていた。
「あ、ルーファスさんおかえりなさい」
ぱたぱたと駆け足で近づいてくる少女を見ると、若いなあとルーファスは微笑ましくなった。しかし、瞳の色はともかく白に近い紫髪に白い肌は、強いラーサス神の加護を示していた。数年後には自分と同じ侍祭になっているのではないかと考えると、ルーファスは憂鬱な気持ちになりそうだった。
「レーゲン司祭が待っていましたよ」
「げっ」
数年を待たずとも、ルーファスは憂鬱な気持ちにさせられた。普段の仕事に関しては、西南ラーサス神殿の支配者であるレーゲンは意外と寛容で、朝に今日の予定を報告し、夜に結果を報告すれば、自由な活動を許してくれていた。つまり逆に言ってしまえば、途中で呼び出すという事は何かのお叱りか、頼みごとがあるほかになかった。
嫌な予感に襲われながらも、ルーファスは司祭の部屋へと向かった。
司祭の部屋の入り口は、他の部屋と大した違いがないはずなのに、なぜかレーゲンの部屋は妙な威圧感を感じさせた。これは今回呼び出されているからというだけでなく、普段からの事である。ルーファスが扉にノックすると、間髪入れず陰気な声で「どうぞ」と返事があった。
「………。失礼します」
入りたくない気持ちを抑えて、覚悟を決めて中に入る。するとルーファスの予想通り陰気な顔をしたレーゲンが待ち構えていた。
「ルーファス侍祭ですか、かけてください」
「失礼します」
死刑を待つ直前の囚人のような顔でルーファスは椅子に座った。椅子に座り終わるや否や、レーゲンは口を開いた。彼は基本的には合理主義であり、無駄を嫌う人物だ。用事があったらすぐに解決したがる傾向があった。
「精力的に動いているようですね、ルーファス侍祭」
レーゲンはにこりともせずルーファスを労った。しかし、その抑揚のない口調からは労いの心は一切感じなかった。骸骨を思わせる細い体に、その雰囲気からまるで死神のようだと、ルーファスは感じた。
「いえ、とんでもないです」
「うん……やっていることが無駄だという事を除けば好意が持てますね」
穏やかな口調から切り出された言葉は、ルーファスを停止させるのに十分な威力を持っていた。
「無駄……ですか?」
おもわず聞き間違いかと思い、ルーファスはレーゲンの言葉を繰り返すが、「そう、無駄」と返されてしまった。
「アナタが何をつかんだかは知りませんけど、きっと無駄になるでしょう」
「なぜ、そう言えるのですか?」
「恐らく、私が侯爵から聞いている話とは異なる犯人がいるのだと思います。
しかし、それを追求するのはできませんし、してはいけません」
「意味が分かりません」
真実を明らかにすることが難しいのは、ルーファスにもわかっていた。黒色槍騎兵団を所有している侯爵が真実を隠すことを望めば、事件の追及は不可能になる。
なぜならば、神殿が貴族と敵対することは宗教と政治の対立につながるため、容易に貴族の関係者に対して裁きを下すことができなかったからだ。
「良い機会です。ルーファス侍祭、君にラーサス神殿で裁けない存在の事を教えてあげましょう」
思いついたかのように、神殿のありようを話し出すレーゲンを見て、ルーファスは驚いた。裁きといった、ラーサス神殿の重要な部分に関して、はっきりとした明言をレーゲンは避ける傾向にあったはずだ。ルーファスはレーゲンの珍しい行動にどんな気変わりかと思った。
「まず、王族。当然ですが我々では手を出せません。
これは子女子息、王妃なども当たります。
特に第一王子、第二王子、第一王女は絶対に手を出せないでしょう。
彼らを裁けるのは、ユイスティヌス教皇様か、枢機卿くらいですかね」
もっとも、理由なく行ったら即座に戦争ですが、とレーゲンは付け加えた。彼は皺だった枯れ木のような指を一本おりながら語っていく。本当に珍しい光景に、ルーファスは戸惑いを隠せなかった。
「続いて、公爵家、諸侯爵。公爵家は元々王家に連なる一族ですから当然ですし、諸侯爵の実力はよくわかっているでしょう。
彼らを裁けるのは王都大聖堂の司教様ぐらいですね」
公爵家と諸侯爵は、共に一都市以上の領土を統治している一族を指す。大きな違いは、王族との血縁関係の有無だけだ。
「ここから一気に格が下がりますが、伯爵、領主は、地方の司教でも十分対処できます。
司祭の私でも、領主程度なら独立権限で裁くことができますね。
逆に言ってしまえば、こういった権力を持っている人物は助祭を越えなければ裁くことができません」
ある程度の規模を持つ都市を統治すれば伯爵として扱われ、規模が小さい都市、町村の代表者は領主に任命される。しかし、どんなに小さかろうとも、土地を持つ以上は一国一城の主であるといえる。
そんな少しでも権威を持っている人物を裁くには、最低でも助祭の階級が必要なのだ。
「ちなみに、同じ六神教でも他の神を信仰している兄弟に対しては、可能であれば一個上の役職、最低でも同格である必要がありますね
……ふむ、ルーファス侍祭。何か不服そうですね」
「……ええ、そうですね」
普段であるならばレーゲンに話を合わせて、正義感の使いづらい奴と思われないようにしていた。しかし、今日に限ってはレーゲンの様子が異なっていたため、思わずルーファスは本音を漏らしてしまった。
「ラーサス神の元では、すべてが平等に裁かれるはずです」
「そうですね。ですが、現実問題としては不可能です。
そもそも、王を頂点とするこの国において、王が間違いを犯すという事は許されません。
許されない以上、王は間違っていないことになります」
ルーファスが不服そうな顔をしていると、レーゲンは苦笑しながら例外はあるといった。
「例外があるんですか?」
「ええ、王にしろ侯爵にせよ、市民がいてこそ国があります。
市民の反意が高まれば、侍祭だろうが裁きを下すことができるでしょう。
もっとも、王に対して行った場合は、それを革命というのでしょうけど」
誰の目に見ても明らかに誤りであり、それを認めようとしなかった時、ジャイアントキリングが発生し、市民の手によって裁きがなされる。これは、侯爵の事件を明らかにしたいのなら確固たる証拠を集めろと遠回しに言っているのだろうか。そうルーファスが思った時、レーゲンは両手を叩いて大きな音を出した。
「ここまでが、追及できない理由です。
これから話すのが、追及してはいけない理由となります」
レーゲンは言葉を強調して印象的になる様に語った。否応なしに、彼が言いたかったことはここからの話だという事が分かった。
「権力が大きくなるにつれて、その人物の影響というのは大きくなっていきます。
私程度の人間ならさておき、西南部でもっとも大きい騎士団である、黒色槍騎兵団に異常が発生したら強大な影響を及ぼします。
雇用、治安維持、経済、簡単に考えてもその三つに大きな影響が起きるでしょう。
騎士団長に加えて、2人の副団長がいなくなれば、しばらくの間は騎士団が機能不全に陥ります。そうなった時の被害は計り知れないものになります」
「だから……だから見逃せというのですか?」
「見逃すのではありません。わからなかった、そうなって終わるのです」
言いたかったことは終わったのだろう。レーゲンは咳払いを一つ入れた。
「わかりましたね、ルーファス侍祭。
侯爵が騒ぎにしたくない以上、この話を表に出しても何の意味もありません。
黒色槍騎兵団に首は突っ込まないことです」
「………」
「返事は?」
「わかりました」
不承不承ルーファスが頷くと、レーゲンはよろしいと頷いた。
「ルーファス侍祭、私は貴方を高く買っています。
貴方は清濁併せ持った神官になれると思っています。
そういう人間がラーサス教には必要なのですよ」
下がっていいですよとレーゲンが言ったので、そのままルーファスは退出した。ラーサス神の加護なく司祭にまで上り詰めた男の目は誤魔化せなかったようで、ルーファスの性根は正義感の強い人物だという事はばれていたようだ。
ルーファスの考えだと、そういう人物をレーゲンは好まないはずだった。自分の手足のように動く人間、言う通りに動く人間、そう言った人物を好んでいたはずだった。レーゲンの事を考えていて、ルーファスはある共通点に気づいた。いや、気づいていたが目をそらしていたことだ。
レーゲンもルーファスも、ラーサス神の加護がないにも関わらず、この信仰の道を選んだという事だ。レーゲンの言う高く買っているという事は、同類を憐れんでいるからなのではないか。
自分の将来をレーゲンは示しているのではないだろうか、ルーファスは愉快ではない未来図を想像してぞっとした。
17/5/11 ルーファス君→ルーファス侍祭




