第七話
夜も更け、人通りが少なくなった王都。人目を避けるように男が歩いていた。顎に刀傷がある優男──カイルだ。顔を売りにしている男だが、今は周囲を警戒して顔立ちが台無しになっていた。
西南地区でも小金持ちが住む屋敷が多い場所のため、彼のような男には似つかわしくない。そんな屋敷が立ち並ぶ中を、音を立てずに歩いていた。
彼はある屋敷の裏にまわった。屋敷の裏で門番をしていた男が、現れたカイルに警戒をして、腰の剣に手を添える。
「俺だよ、俺」
「女衒か」
門番の男、すなわちマイクの用心棒は緊張を解いて、腰に添えていた手を外した。
「迷惑かけやがって、神殿にぱくられてんじゃねえよ。 旦那に感謝しとけよ、いくら積んだと思ってんだ」
セリフこそ怒っているが、用心棒は笑いながらカイルの軽く頭を小突いた。
カイルもへらへらと笑いながら、返事を返す。
「おいおい、まってくれよ。 まさかアメリア嬢を殺すと思ってなかったんだ。
そうだと知ってたらもっと警戒してたぜ」
「しーっ、声が大きいぞ。 誰が聞いてるかわからないんだからな」
「わりぃ」
用心棒とカイルはおどけながら会話をする。その態度から、アメリアの死を大したことと思っていないのは明白であった。
彼らにとって弱者とは食い物にすぎないのだ。
「旦那が言うにはよ、首を絞めながらすると……」
『締まりがいい』
二人は声を合わせて最低なことを言うと、ゲラゲラと笑った。
「おっと、これくらいにしておこう。 旦那が待ってるぜ」
「へい」
用心棒は思い出したかのように言うと、カイルを中へ入れた。
彼にとっては、勝手知ったる他人の家だ。ずんずんと奥へと入り、マイクの部屋の前で立ち止まった。
二回ノックをしてから、失礼しますと断って彼は中に入る。
「おう、女衒。 遅かったじゃないか」
部屋の中では豪華な装飾が施された椅子に座り、机に向かっていたマイクがいた。机の上には西南地区の地図が描かれており、マイクと白絹屋の勢力範囲が書き込まれている。
彼は首だけ後ろに回して、入室者を確認した。それがカイルだとわかり、椅子ごと向き直した。
「すみません、白の神殿に捕まってしまいまして……まあ、旦那のおかげですぐに出れましたが」
「感謝しろよ」
ぶわははと豪快にマイクは笑った。カイルは愛想笑いを浮かべながらマイクに近づく。
「でも、勘弁してくださいよ。 殺すなら殺すって言ってください」
「おお、悪かった、悪かったな」
おざなりに謝罪をした後、マイクは顔を引き締めてカイルを見た。雰囲気が変わったことを察知し、カイルも顔を引き締める。
「意外と金がかかってな……お前が見られていなかったらもっと安く済んだんだぞ」
ジロリとマイクに睨まれてカイルは震えあがった。マイク機織りは、白絹屋のような良い子な店と違って、必要ならいくらでも悪事に手を出して大きくなった商会だ。
機織りギルドにも影響力を持ち、何人もの職人を子飼いにしている。その気になれば、カイルのような小悪党を始末することなんて容易だろう。
「す、すみません」
たとえ自分が悪くなかろうとも、生き残るためには服従が必要だ。カイルは急いで頭を下げた。
「お前の首を切ってもよかったんだが……」
「じょ、冗談ですよね!?」
物騒なことを言い出したマイクにカイルは縋り付く。不機嫌そうな顔をしてカイルを見ていたマイクは、その様子を見て突如顔を緩めて笑った。
「冗談だとも、俺はお前の女衒として腕を強く買っている。 特にアメリアを転がした腕は見事だった」
「ははは……」
豪快に再び笑うマイクを見ながら、カイルは愛想笑いを浮かべた。
いとも簡単に人の生き死にを左右する。裏社会の大物にだけ許された気配を、一瞬だけ感じさせられたカイルは冷や汗が止まらなかった。
「お前が使えるうちは当然、助けてやるとも……ところで、実は気になる女ができてな」
マイクはそういうと、机に置いてあった人相書きをカイルに渡した。
最初からそのつもりだったのかと、カイルは心の中では悪態をつきながらも、必死な様子を見せながら人相書きを受け取った。
「この女……って女にもなってねえ幼子じゃねえですか」
人相書きに描かれた少女は、アメリアの婚約者の妹である、リコの姿だった。今回の事件で白絹屋と貿易商会の仲は切れると思っていたが、婚約者のアメリアに対する執着は意外と強かったようで、あれだけの醜聞だったにもかかわらず、白絹屋を切らないようだった。
(むしろ、今回の事を美談にしようとしているな)
転んでもただでは起きぬ、ということかと新たに流れだした噂を聞いて不満そうに鼻を鳴らした。その噂は、貿易商会がアメリア嬢の不幸を同情し、孤独な身になった白絹屋の店長を支えるというものだった。
これで、醜聞ではなく、両会には同情の目線が集まったことになる。それでは、この機会に白絹屋の勢力まで食らいつくそうとした計画が台無しだった。
今回は、女を乱暴したいという趣味と、小うるさい白絹屋を叩き潰すという二つの目的がマイクにはあった。
アメリアをモノにできたのは良いとして、白絹屋をつぶせなければ片手落ちだ。リスクを背負った分、きっちりとつぶさなければならない。
「偶には幼子もよさそうでな」
だが、そんなことをカイルが知る必要はない。なにせ、いざという時はカイルを始末する可能性だってある。
悪だくみを表に出さず、マイクは豪快に笑った。
「今度は、ソロヴァ大銀貨を4枚出そう」
指を四本立て、アメリアを差し出した時の二倍の数字を出す。カイルは目の色が変わって、大きく頷いた。
「わかりました、不祥この女衒、マイク様のためにこの女をひっかけてやりましょう。
なぁに、どうせ世間を知らない幼子だ。 簡単ですよ」
胸を叩いて力強く言うカイルに、頼もしさを感じてマイクはより大きく笑った。
意気揚々と屋敷を去ったカイルを見送った用心棒は、マイクの部屋に向かった。
上機嫌に白絹屋の勢力図に何かを書き込むマイクに。用心棒は今後をどうするか聞いた。
「いいんですかい? 女衒なんていくらでもいる。 別にあいつじゃなくても」
「いやいや、ああ見えて、あれであいつは優秀なんだ」
マイクは引き出しからキセルを出し、刻みタバコを先に詰め込む。用心棒に火打石で火をつけさせると、ゆっくりと煙を吸った。
「自分の女を差し出せる女衒はなかなかおらんよ」
くふふとマイクは笑った。




