第一話
情報収集を終えた翌日の事、今夜から夜回りが始まるルーファスは惰眠をむさぼっていた。
今日は夜回りだけではなく、龍の会も開催される。ルーファスは龍の会がどこで行われているか知らないが、予定通り今晩までに白絹屋が殺しの依頼をした場合は、仕事も起きる。
夜回りだけでなく、復讐代行もあるとなると、体力をなるべく温存する必要があった。
よって昼まで起きないとルーファスは決意をしていたが、彼を起こそうと体が揺すられる。
「起きて。 起きなさい、起きなさい!」
惰眠をむさぼるはずだったルーファスは、不機嫌そうに声をあげながら目を覚ました。
「なんだよ……ミカ……、今日は夜回りだって」
彼を起こしたのは、妻のミカだった。腰に手を当てて頬を膨らませている。
「夜回りだろうと、さっさと朝飯を食べてもらわないと片付かないでしょ! おーきーなーさーい! 起きないとぉ!」
「うわあ、起きます、起きます、起きました」
ミカが握り拳を作った気配を感じ、飛び起きる。上半身を起こすと、エプロンを身に着けた妻が満足そうに頷いた。
「ようやく起きたわね。 まったく、あんたは本当にアタシがいないとダメなんだから」
はぁとあきれた声を出しながらも、ミカはシーツを奪った。まるで、追剥のような妻の行動に、衝撃を受けた。
「おはよう、ルーファス」
にっこりと追剥は微笑んだ。朝の挨拶をしながらも、その手はシーツを持ち運びやすいように素早く丸めている。
「おはよう、ミカ。 できればシーツを返してほしい」
「じゃあ、これ干すから、着替えて朝飯食べなさいね」
ルーファスの願いを聞き流し、ミカは掃除に戻った。
シーツを奪っていった安眠妨害者は去っていったが、昼まで寝ることはできないだろう。彼は頭をかきながら、ため息をついた。
「夜眠くなったらどうすんだよ」
「眠くなったら帰ってきなさい。 どうせ、あんたは弱っちいんだから、暴漢に襲われてケガするわよ。
怪我をするくらいなら早く帰ったほうがましよ」
どうやら聞こえていたらしく、妻からの返事が返ってくる。
「おいおい、そりゃさぼりじゃないか」
「あ、勘違いしないでよね! 怪我をされると薬代がかかるからよ、心配してるんじゃないんだからね!」
妙に早口にまくしたてる妻の様子を不信に思いながらも、普段と違う主張にルーファスはあきれた。普段は手柄を立てろだの、まじめに働けだなんていってるのに、今回はさぼれというのだから、女という生き物は不思議でたまらない。
「言っておくけど、本当に怪我するんだからね。
二軒隣のカシムさん、昨日の夜、暴漢に襲われてケガして帰ってきたんだから」
「なに?」
カシムが怪我をしたという話に、ルーファスは完全に目が覚めた。
急いでベットから降りると、クローゼットを開いた。いつも神官服ではなく、簡単に着用できる私服を着るや否や、食堂に向かう。
突然機敏な動きを始めた夫にミカは驚いたが、温めていたスープをお椀に入れ、パンと一緒に出した。
ルーファスは出されたパンを全てスープに沈みこませると、少し柔らかくなったカチカチのパンを急いで喉に流し込む。
「んぐっ!んぐ!」
パンを喉に詰まらせ、胸を叩くルーファスをあきれた目で見ながらも、ミカは水が入ったコップを渡してきた。
「ありがとう。 ご馳走様、おいしかったよ」
食事を喉に詰まらせながらも、急いで朝飯を食べ終わると、すぐさまルーファスはカシムの元へ向かうことにした。
「ちょっと、これお見舞いに」
家から出ようとしているルーファスをミカが呼び止める。立ち止まった彼に、お見舞いだと言いながら、彼女はが用意した干し肉二枚を渡した。
「なんですか? これ」
「なにって、見ればわかるでしょ? 干し肉よ干し肉」
「いえ、そうではなく。 なぜ干し肉なのです?」
カシムに対するお見舞いだということはわかるし、それが干し肉だということは当然分かった。
だが干し肉を選択した理由がわからず、思わず彼は敬語になってしまった。
「怪我したってことは、しばらく旦那の稼ぎがないでしょ? 保存できる食べ物なら備えになるじゃない」
「……そうですね」
それなら金一封でもいいじゃないかと思ったが、自分の稼ぎが悪いのはわかっているので、藪蛇にならないように口に出すことはなかった。
ミカに言われるがままに、干し肉を持ってルーファスはカシムの家に向かった。
「いってらっしゃい」
妻の言葉に背中を押されカシムの家に行く、二軒隣のため何かを考える間もなくすぐに到着した。
「ごめんください」
「はい……あら、ルーファスさん」
玄関から中に入り、声をかけると奥からカシムの嫁が現れた。妻と違って豊満な胸なカシムの嫁は、熊の獣人が祖先にいるのか、丸い熊の耳が頭で動いている。
「カシムのやつが襲われたと聞きまして。 あ、これ妻からお見舞いです」
「ええ、そうなの……幸い命に別状はないんだけど。 ありがとうございます。
あの人もしばらくは仕事もできないでしょうし、ありがたく頂戴します」
お見舞いの肉を渡すと、嫁はお礼を言って受け取り、「どうぞ中へ」と案内された。保存食にどうぞというニュアンスと、夫の働きがないからという理由の両方を理解されてルーファスは驚いた。どうやらカシムの嫁も、自分の妻も同じ思考回路らしい。
遠慮なく寝室へと入ると、包帯が腕や頭を巻かれたカシムがいた。
「カシム……」
「なんだい、不良神官? 笑いに来たのか」
見舞いに来たルーファスを見て、不機嫌そうなカシムは皮肉気に笑った。
「あんた、お見舞いに来たルーファスさんに失礼でしょ!」
その様子を見て彼の嫁が怒りの声をあげる。
「いてて、騒ぐな。 腕に響く! わかった、俺が悪かったよ。
ちょっとルーファスさんと話があるから、お前は席を外してくれ」
カシムは苦痛に顔をゆがめた後、しっしっと手を振って嫁を追い出そうとする。
ふんと、不満そうに鼻を鳴らしながらも、嫁は素直にルーファスと二人きりにしてくれた。
「……」
なんと話せばよいのか、ルーファスは分からず黙ってしまった。カシムからも話をする気配がなく、二人の間にはしばらく沈黙が流れた。
どれぐらいたっただろうか、じっと見つめるルーファスにカシムはぽつりと言葉をこぼした。
「ざまぁねえぜ……あんたの言う通りだ…」
そういうと、カシムはルーファスから顔を背けて、仰向けから横ばいになった。ルーファスからは彼の背中しか見えず、表情が見えない。
「すまん、もっと止めるべきだった」
そして、考えが甘かった。まさか彼もここまでやるやつらだとは思っていなかった。
「いいって、あんときは俺も頭に血がのぼって、どんなこと言われても聞かなかっただろうしな」
カシムはたんたんと襲われたときの様子を喋っていた。
昨晩、彼はアメリアを襲った相手がただの悪漢ではなく、力を持った権力者だと予想を付けていた。捜査に手を伸ばしてくるのだから当然だろう。
怨恨の可能性が高いと見た彼は、白絹屋や、機織りギルド関連を重視して夜も聞き込みや見回りを行っていた。
そして、ギルドの方を調査していた時に、5人の暴漢から襲われたらしい。
さすがに多勢に無勢で、二人ぐらいは倒したものの、そのあとは集団でタコ殴りにされた。最終的に右腕の骨にひびを入れられた段階で開放された。最初からカシムを殺す気はなかったようで、抵抗を奪った段階で、暴漢たちは去っていったそうだ。
命を取られなくてよかったと、ルーファスは心底思った。さすがに自警団員を殺すと、メンツの問題が発生するため、全面戦争を避けたようだ。自警団でなければカシムは襲われなかっただろうが、立場が彼を救ったのだ。
「なあ、ルーファス侍祭……ラーサス様は、どうして裁いてくれないんだろうな」
カシムが震えた声を出し始めた。ルーファスは気まずくなり、もともと顔は見えていないが、カシム自身からも目をそらした。
「どうして、こんなことがまかり通るんだろうな……正義はないのかな……」
男が泣いているときは見てはならない。そう思ったルーファスは背を向けた。
「安心しろよ、カシム。
必ずラーサス様は正しい裁きを下す。
そんな悪党が長生きできるわけねぇ」
ルーファスはすくりと立ち上がり、右手に力をこめる。
「必ず裁く、必ずな」
必ず裁く、そう決意した。




