第二章 秘密 ~『夜の散歩』計画編~
第二章、始まりです。
それからときたら、あたしは毎日がとても楽しくて仕方がなかった。
自分の『箱』に帰った時、待っててくれるモノがいるということがこんなに嬉しいなんて初めて知った。動物を飼いたがる人の気持ちがよくわかる。
それにあたしの場合は、ただいてくれるだけじゃなく話し相手にもなってくれる。
〝獏〟はあたしの話すことを馬鹿にしない。むしろ好意的に促してくれる。自分の思っていることを思ったまま口にしても変な目で見られないなんて、生まれて初めてだった。あたしはずいぶんと他愛もないことを話して聞かせたと思う。〝獏〟は否定的なことは何も言わず、相槌を打ったり促したりはする他はただ黙って聞いていてくれた。
〝獏〟のことは誰にも言わなかった。つまり、あたしひとりだけの『秘密』。『秘密』というものがこんなにワクワクするものだということも初めて知った。
以前、先生が、
「『秘め事』は人の心を乱します。『秘密』というものはとても恐ろしいものです」
と言っていた意味がよく分かる。確かに今のあたしの精神は、天ほどまで舞い上がって怖いもの無しになっている。いつ暴走して、いきなり叫び出したり、笑いだしたり、踊り出したりしても不思議はないほど危険な状況だ。時々顔がにやけそうになるのを、必死で抑えなくてはならない。
しかし、〝獏〟と同居するようになって良いこともある。
例えば、先生から注意を受けなくなった。今まで誰かに話したくてしかたなかったことは、〝獏〟に話すことですべて解消した。だから、クラスメイト達を相手に突飛なことを言わなくなっからだ。
そして彼等との交流が無くっても平気なほど、気持ちに余裕が出来た。そうすると不思議なもので、周囲から浮き上がる言動が減ったこともあって逆につき合いがスムーズになり、話しかけられる事が増えた。以前は話しかけてもそっけない反応しか返って来なかったり、よっぽどの事がない限りあたしの傍へ来なかったのだ。
一方、〝獏〟の方はあたしの夢を食べて少しずつ身体が大きくなって行った。そして何故だか半透明だった体は、どんどん透き通っていった。
「この調子じゃ、そのうちに『箱』一杯になるわね」
ある日、あたしがそう言うと〝獏〟は笑った。
「肥満だって言うんですか?」
「そうじゃなくて、あたしが押しつぶされたりしないかな? って思って」
「さあ、どうでしょう? 私としては外を散歩したいんですけどね。部屋の中を歩き回るだけでは、飽きてしまいます」
「う~ん」
あたしは唸った。
〝獏〟を外へ出させないのはあたしの我儘だ。だって外へ出れば他の市民に見つかる可能性がある。それは絶対に避けたい。
「どうしても駄目ですか?」
〝獏〟は床に座って、上目遣いにあたしを見上げた。
「う~ん。でもね、他の人に見つかったら大問題だしな……」
考え込んでいるあたしに、〝獏〟が提案した。
「じゃあ、夜に出歩くってはどうでしょう」
「夜?」
「ええ。私はごらんの通り紫色で透けているでしょう? 夜の闇の中だったら、日中より目につかないと思うんですけど……。人気が少なくなってから、夜の散歩と洒落込むのもなかなかいいと思いませんか?」
「そうねぇ……」
この提案はひどくあたしの好奇心を刺激した。あたしはしばらく考えてから、
「でもねぇ……、夜出歩いてて《センター》の局員やポリスに見つかったら最悪じゃない?」
「そうですねぇ……。夜出歩く人って、まったくいないんですか?」
「何人かはいる、と思う」
「根拠は?」
「《シティ》の保全系は、夜、みんなが寝静まってから行われるって聞いた。故障箇所なんかは緊急性が無い限り、日中に直してると他に支障が出るんだって、学校で習った」
「なんだ……」
〝獏〟はがっかりしたような声を出した。
「なによ、それ。もしかしたらあたし以外の『要注者』に会える事を期待したの?」
「そうじゃなくて、メンテナンスマンしかいないんじゃ目立つかな、と。まぁ、いろいろな人に会えたらいいな、とは思いますが」
「会えたらまずいじゃない! 見つかったら、かなりの高確率で通報される可能性があるのよ?」
「じゃあ、訂正。いろんな人を見る事が出来たらいいな、と」
「なにそれ。あたしといるのが退屈だとか? あたしの事、飽きちゃったとか? ひどい! 〝獏〟ってば、あたしを捨てるの!?」
「誰もそんな風に言ってないじゃないですか、暴走するのも大概にして下さい」
そんなふうに馬鹿話を話していて、あたしはあることを思い出した。
「あ、でも」
「何です?」
「学生が夜の都市の仕組みを調べるためとか、寮の生徒が消灯後の勉強のため図書館へ行くことは、あるみたい。クラスで自由研究のテーマに、夜間都市の実態を調べた子がいたもの」
「それだ!」
〝獏〟は叫んだ。
「それでいきましょう! 『実態調査をしている』フリ」
「うん!」
あたしは即座に大きく頷いた。なんだかワクワクしてきた!
「じゃあ、それ用に端末とか持っていったほうがいいよね?」
「そうですね。一応、下調べもした方がいいですね」
「下調べ? なんの?」
「まさか、『何を調べている』と訊かれて、『わかりません』と答えるつもりじゃないでしょうね?」
「え? ええっとォ……」
「……図星ですか」
〝獏〟は大きな溜息をついた。
「あなたの場合、『好奇心旺盛』の前に『無謀』の字を付けるべきですね」
「あはははは……。ごめん」
「とにかく、フリでも『何を調べるのか』、『対象物はどこにあるのか』ぐらいはキチンと調べておきましょう」
「わかった」
「あ、それから」
と、〝獏〟は急に思いついたように言った。
「その言い訳が通じなかった時は、別々に逃げましょう」
「どうして?」
「同じ方向へ一緒に逃げたりしたら、相手は追いかけやすいし捕まえやすいでしょう? 正反対へ逃げた方が捕まえる時に人数を分散させなきゃなりませんし、どっちを追いかけるか躊躇するでしょう? そうすれば逃げ延びる確率が高くなりますからね」
「そっかァ……。頭いいね、〝獏〟」
褒めたのに、〝獏〟はため息をついただけだった。なんでだろう?
とにかく、ウキウキとあたしは頷いた。
「どうせここへ帰ってくるんだものね」
「そうです」
「じゃあ……」
あたし達はお互いに顔を見合わせてにやりと笑って、同時に言った。
「逃げる時は他人だ!」
タイトル付け、苦手です。話を書くより難しいです。