売れなかったおじさんマネキン
四条河原町から少し歩いた先に、その店はあった。
ショーウィンドウには、さきほどの女性型マネキンが立っている。
「ここだ。ここのまねきんだ」
「入りましょうか。私が話しますね」
楓は、信長を後ろに下がらせて、自動ドアをくぐった。
店内には、スーツ姿の店員が一人、棚の服を畳んでいる。
「いらっしゃいませ」
「すみません、突然ごめんなさい。私、こういう者なんですが」
楓は、名刺入れから制作会社の名刺を取り出した。
「テレビ番組の制作をしておりまして。次の企画で、マネキンを使いたいんです。もし、使っていないものがあれば、お譲りいただけないでしょうか」
「テレビ、ですか」
「はい。もちろん、お礼はさせていただきます。ショーウィンドウのものでなくて、バックヤードに眠っているものでも構いません」
楓は、にこやかに、しかし一歩も引かない笑顔を作った。
信長が、小声で蘭丸に耳打ちする。
「見よ蘭丸。楓は、嘘は申しておらぬが、肝心なところは濁しておる」
「交渉の術、というものでございますね」
店員は少し考えてから、うなずいた。
「使っていないもの……。あ、ありますね。ちょうど、倉庫に一体」
「本当ですか」
「ただ、ちょっと、その……事情がありまして」
店員は、少し遠い目をした。
「確認してきますので、少々お待ちください」
* * *
数分後、店員は、台車を押して戻ってきた。
「こちらなんですが」
台車の上に、布をかぶせられたマネキンが、横たわっている。
布を外すと、男性型のマネキンが現れた。
中肉中背。
少し出たお腹。
ほどよく疲れた表情。
どこにでもいそうな、普通のおじさんだった。
「…………」
楓は、言葉を失った。
信長は、目を見開いた。
「……わしに、似ておる」
「似てますね。びっくりするくらい」
「実は、この子、去年の春に導入したんです」
店員は、しみじみと語り始めた。
「うちの店、ずっとスタイルのいいモデル体型のマネキンを使ってたんですけど、本社が『お客さまに親近感を持ってもらおう』と言い出しまして。普通の体型の、一般のお客さまに近いマネキンを入れてみたんです」
「ほう」
「そうしたら……」
店員は、小さくため息をついた。
「売上が、落ちたんです」
「なぜだ」
「お客さまが、ショーウィンドウを見て、『あ、自分と同じ体型だ。この服を着ても、あんなふうにしかならないんだ』って思っちゃうらしくて……。夢が、なくなったんですね」
「夢……」
「三か月で撤去になりました。それ以来、倉庫で眠ってたんです」
信長は、じっとマネキンを見つめた。
「ふむ。……つまり、この者は、人々に親しまれすぎて、売れなかったのか」
「そうとも言えます」
「ならば、わしと同じだな。親しみやすい風貌の、おじさんだ」
「喜んでる場合じゃないです」
楓が、すかさずツッコんだ。
「でも、これ、すごく良いですよ。信長さんの身代わりに、ぴったりです」
「身代わり?」
店員が、首をかしげる。
「あ、劇中の話です。時代劇で、主人公の影武者が必要で」
「なるほど。それなら、ぜひ」
店員は、納得したようにうなずいた。
「次の粗大ゴミ回収で捨てるつもりだったので、お代はいりません。お礼をいただけるなら、梱包代程度で」
「じゃあ、千円でどうでしょう」
「ありがたいです」
楓は、蘭丸に目配せした。
「蘭丸くん、千円札を一枚出して」
「はっ」
蘭丸が、献上品の山から、千円札を取り出す。
楓は、それを店員に渡した。
「領収書、お願いします」
「はい、少々お待ちください」
店員は、領収書を書き終えると、マネキンを台車ごと駐車場まで運んでくれた。
「首も、腕も、取れますので。梱包して、お持ち帰りください」
「取れるのか!」
「何回目ですか、そのリアクション」
信長は、取り外した頭部を、両手でしげしげと眺めた。
中肉中背の、ほどよく疲れた顔。
鏡を覗いたような親しみ深さがある。
「……これを、光秀に」
「はい。これが、信長さんの首ってことですね」
「うむ。天下一の贋首よ」
「これ、売れなかったのに、信長さんの首としては大活躍ですね」
「うむ。人の役に立てて、本望であろう」
蘭丸は、胴体を抱えて、深く頭を下げた。
「上様の御首を、蘭丸が必ずお守りいたします」
「それは、ただのマネキンです」
* * *
駐車場に停めた白い車の、後部座席。
梱包されたマネキンが、堂々と座っていた。
「楓。この者、シートベルトはよいのか」
「してください」
「しかと締めたぞ」
窓の外では、夕焼けが空を染めている。
楓は、運転席から、バックミラー越しに、後部座席を見た。
(信長さんは、マネキンと並んで座ってる。蘭丸くんは、その隣で、ちょこんと座ってる……。中肉中背のおじさんが二人並んで、その横に美少年)
絵面が、あまりに奇妙だった。
「……私、何やってるんだろう」
楓は、小さくつぶやいた。
「楓。何か言ったか」
「いえ、何も。さ、帰りましょう」
エンジンがかかる。
夕焼けの京都を背に、車は、安土へ向かって走り出した。
こうして、信長は、本能寺の変を乗り切るための「首」を手に入れたのだった。
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