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東京魔法戦線 〜人に魔法を撃てない魔術師の成長録〜  作者: いぬぬわん
第1章

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第40話 白銀時律

白銀は、一歩前に出た。


倒れ伏す烈、千景、そして姫華。


「……正刻」


近衛の低い声が背中から飛ぶ。


「お前、まさか」


白銀は振り返らない。

ただ、深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。


「俺の魔法は時間を戻せる」


その言葉に、空気が凍りつく。


「正確には致命に至る“直前”までだ」


近衛の拳が、ぎり、と鳴った。

雨夜が問う。


「……代償は……?」


「ある」


即答だった。


「代償があるかどうかは関係ない。

この悲劇は俺の責任だ」


だからこそ、次の言葉が喉に詰まった。


「……それでも、やるのか」


白銀は、はっきりと頷いた。


「すまない、正刻まさとき……恩に着る」


深く頭を下げる近衛。

白銀に迷いはなかった。


白銀は深呼吸を一つし、静かに集中する。

意識は一切ぶれない。


彼の視界には、明確に“見えて”いた。


烈。

胸を貫いた一本の剣。

心臓のすぐ横を裂き、命を止めた致命傷。


千景。

自ら生成した剣が、腹部に深く突き刺さった瞬間。

崩れ落ちた体と、溢れた血。


姫華。

何度も、何度も突き立てられたナイフ。

背中、脇腹、胸元。

命を削り取った無数の刃の軌跡。


「……ここまでだ」


白銀の声が、静かに響く。


「ここまで────巻き戻す」


銀白の魔力が、白銀の足元から広がった。


白銀時律シルバークロノス



逆行天律クロノリバース


時間が、軋んだ。


空気が波打ち、

世界そのものが“逆再生”されるかのように震える。


烈の胸。


突き刺さっていた剣が、

まるで引き戻されるように、ゆっくりと後退していく。


裂けた肉が閉じ、

止まっていた血が、皮膚の下へと巻き戻っていく。


────ドクン。


心臓が、再び打った。


千景の腹部。


自分の剣が、

刺さる前の位置へと“戻されていく”。


開いていた傷が塞がり、

失われた血が、時間を逆に辿って体内へ還る。


苦悶に歪んでいた表情が、

ほんのわずか、穏やかに変わった。


姫華。


最も凄惨だった。


身体中に残っていた刺し傷が、

一本、また一本と“なかったこと”にされていく。


裂かれた皮膚が繋がり、

血に染まった衣服だけが、

彼女が死んでいた事実を物語っていた。


そして。


三人の胸が、ほぼ同時に上下した。


「……っ」


雨夜が、息を呑む。


「戻ってる……奇跡だ……!」


澪は思わず口元を押さえ、目を見開いていた。


「すご……い……こんな事がありえるなんて……」


だが。


三人は、目を覚まさない。


命は戻った。

だが、意識はまだ、深いところに沈んだままだ。


「……治療を」


白銀が短く言う。


澪は、はっと我に返り、頷いた。


「……わかってる!」


四人分。

烈、千景、姫華、そして陽翔。


澪は両手を広げ、同時に《活性》を展開する。


無茶だ。

分かっている。

だが、やる。


魔力が一気に削られ、

鼻から赤いものが滴り落ちた。


「……っ、ぐ……!」


それでも、止めない。


「生きて……!

お願いだから……!」


淡い光が、四人を包み込む。


白銀は自身の魔力が消えていく

感覚を感じながら、静かに立ち尽くしていた。


時間は戻した。

命も、繋いだ。


あとは。


彼らが、戻ってくるかどうかだ。




────────────




視界が揺れた。


眩しい白光が走り、

陽翔の意識がどこかへ引きずられていく。


(……これは……?)


脳裏に“映像”が浮かび上がる。


まるで自分の記憶を、

自分で覗いているような距離感だった。


そして──そこにいた。


幼い自分。


庭で刀を構え、父に褒められ、

母に抱きつく────あの日の自分。


(……なんで……これを……)


忘れたはずの光景だった。

いや、違う。思い出したくなかった光景だ。



────────





広い庭に、午前の光が差し込んでいた。


赤月家。


古くから武の家系として知られた名家だが

その空気は紛れもなく“家庭”だった。


そこを駆けていくのは、まだ幼い少年。


赤月陽翔、九歳。


息を弾ませながら駆け寄ると、

庭の中央に立つ父が腕を組んで待っていた。


「遅いぞ、陽翔」


「だって靴が……!」


「男は言い訳をしない」


「……むぅ」


「ったく……誰に似たんだか」


父は笑った。

普段は厳つい顔だが、笑うと少し柔らかくなる。


(……父さん……)


陽翔は木刀を掴み、足を広げ、重心を落とした。


父は腰の本物の刀。

家伝の刀《暁月》の柄に軽く指を添える。

それだけで絵になった。


「構えろ」


「はい!」


姿勢を正した陽翔の横で、風に揺れる布の音がした。


母が洗濯物を干していた。

柔らかく、明るい声が届く。


「ちょっと、お父さーん!

ちゃんと手加減してよー?」


「いーや、父さんは手を抜かないぞ」


「……おにめ!」


父は軽く息を整え、鞘に手をかけた。


「……始め!」


ぴたりと空気が止まる。


「たぁー!!」


陽翔は踏み込み、木刀を振り抜くが……。

父の空を裂く一閃。木刀が弾け飛ぶ。


地面に転がった木刀を見て、陽翔の肩が落ちる。


「……うぅ」


「悪くない。踏み込みが甘い。腕より足腰だ」


父は木刀を拾って渡した。


「何度でもやるぞ」


「うん!」


(……こんな風に……練習してたのか……)


どこか上から眺めているような視界。

記憶の中の太陽は妙に眩しい。


陽翔の母は洗濯物を干す手を止め、

少し離れた場所に座った。


「ふふ……毎日毎日、ほんとによくやるわね」


「赤月流を習得する為だ。仕方ない」


「そう……ね」


母は視線を庭に向けた。その目は柔らかかった。


「でも、あの子は無理をしすぎる所があるから……」


「だから鍛える」


「ふふ、ほんとそれしか頭にないんだから」


父は鼻で笑って、それからまた木刀を構えた。


「いくぞ」


「はいっ!」


何度目かの打ち合いが始まった。


木刀同士がぶつかる音。小さな足が土を踏む音。


汗が額を伝い、陽翔は歯を食いしばる。


父の目は真剣だったが、

憎しみではなく期待の色を宿していた。


その日の稽古は長かった。


陽翔は何度も転び、何度も息を切らし

何度も悔しそうに唇を噛んだ。


母は水を用意して待っていた。


「陽翔、お水」


「はぁ……はぁ……ありがと……」


母は笑いながら陽翔の頭を拭いた。


「強くなりたいの?」


「うん」


「どうして?」


陽翔は少し考えた後、胸を張って答えた。


「僕が父さんと母さんを守りたいんだ!」


母は目を細める。


「そう」


父はそれを聞きながら少しだけ背を向け、

刀に布を当てて磨いた。


「ならば、強くなるための努力を怠るなよ」


「毎日やってるもん!」


「そうだな。文句ばかりだが……

しっかりやってるな」


「文句言ってない!」


「言ってるだろ」


「言ってない!」


母がくすりと笑う。


(……俺は……こんな風に笑ってたんだ……)


庭を渡る風が衣服を揺らし、

日差しが芝生を照らす。


食卓に移ると、今度は母が主役だった。


「はい、陽翔。野菜も食べなさい」


「えぇ……」


「好き嫌いは戦場で命取りになる」


「戦場関係ないもん!」


「戦場は本当にあるの?」


陽翔の問いに父は少し黙る。


母が代わりに答える。


「あるわ。でも陽翔はまだ知らなくていいの」


「……ふーん」


味噌汁を啜る音。父の箸の音。母の笑い声。


その空間は穏やかで確かなものだった。


(……どうして……どうして俺は……)


陽翔は視界の端で父の刀《暁月》を見る。


その刀を父は大切に扱っていた。


「この刀はな、赤月家の当主のみが持つ刀だ。

いずれ……陽翔も手にすることになるぞ」


「つよいの?」


「ああ、お前が大人になったら教えてやる」


「ほんと?」


「ああ、約束だ」


母はその会話を聞きながら、料理を運んだ。


「当主になるんだったら……

好き嫌いはダメよー。はい、あーん」


陽翔が隠していた野菜を口に運ぶ。


「に、にがー!」


父は笑った。


(……父さん………)


胸が締め付けられる。


陽翔の母が最後に声を柔らかくした。


「陽翔」


「なに?」


「陽翔の素直な所、お母さんは大好きよ」


その言葉に、幼い陽翔は首を傾げるだけだった。


(……母さん)


食卓の湯気が揺れる。

父と母の声が重なる。


音が消え、視界が揺れる。


白い光が走り、意識が引きずられていく。


(……まただ……)


映像が“勝手に”立ち上がった。

まるでスクリーンの前に

立たされているような距離感。

触れられそうで、触れられない。


──そこは、台所だった。


「焦げてないー?大丈夫ー?」


甲高い声が弾ける。

オーブンの前で慌てる母。

父は新聞を読みながら耳だけ動かす。


「……大丈夫だ、見てる」


「見てないでしょ!」


「見てるぞ」


「それは“方向を向いてるだけ”って言うの!」


父は“むぅ”と唸って立ち上がり、

慌ててオーブンを覗いた。


(懐かしい……これ……誕生日の……)


家の壁に掛かった日付。

春の中頃。

陽翔、九歳の誕生日。


二階からドタドタと足音がして……。


「おはよー!!」


タオルを肩に掛けながら

少年の俺が飛び降りてくる。


「あら?今日は早起きね」


「えへへ、だって今日は」


「──僕の誕生日だから!」


と自慢げに胸を張る。


(……はは、嬉しそうだな……)


母は顔を綻ばせ、父は「そうだな」と短く頷いた。


「よし、誕生日の一本目やるか。稽古だ」


「えぇー!?今日くらい休んでもいいじゃん!」


「甘えるな。当主は誕生日も鍛える」


「まだ当主じゃないよ!」


「いずれなるんだろ?」


(……当主……か)


新聞を閉じて立ち上がる父の仕草は、

何度見ても綺麗だった。

背筋も言葉も、不器用なくらい真っ直ぐだった。


────────


庭に移動。


父は本物の刀《暁月》の柄に指を掛ける。

陽翔は木刀を握る。


「構えろ」


「はい!」


陽翔の呼吸は浅い。

でも楽しそうだった。


木刀が走る。

父が弾く。

陽翔が跳ぶ。

父が叩き落とす。


その音を、母は縁側で見ていた。

洗濯物を干しながら。


「誕生日まで稽古かぁ……大変ねぇ」


「必要だ。強くなるにはな」


「でもあんまり無理させないでよ?」


「分かってる」


会話はいつも短いのに、優しさは多かった。


父は汗だくになった陽翔に水を渡す。


「ほら、陽翔、水だ!

キンッキンに冷やしてるぞ!」


「ふぅ……はぁ……おいしい……」


「そうだろう、そうだろう

なんせ、母さんが入れてくれた水だからな!」


「……うん!」


「よし、休憩したらもう1本だ!」


その短い言葉が子供には全てだった。


(……父さんは、いつもこうだったな……)


────────


夕方、母が台所で何かを作っている。

陽翔が覗き込んだ。


「それケーキ?」


「あーっ!陽翔、まだ見ちゃだめよ。

夜ご飯の後のお・た・の・し・み!」


「ふっふーんだ!僕見ちゃったもんねー!」


母は優しく笑った。


「陽翔は良い子だから、

知ってても知らないふりできるもんねー」


「え……うん……知らない知らない!」


「ふふっ、ほんと素直でかわいい子」


母さんはギューっと陽翔を抱きしめる。


「……へへ」


幸せなその空間に思わず涙が溢れる。


(母さん………俺……会いたいよ……)


────────



夜、食卓。


テーブルの中央にケーキが置かれる。

クリームが綺麗に整った手作り。


ただ、問題は装飾だった。


父がチョコペンを握り、

明らかに苦戦していた。


「……くそ、難しすぎやしないか……これ」


チョコペンが暴れ、線が踊り、文字は崩壊した。


《はると おめでと 9さい》


「へたくそ……!」


陽翔が爆笑する。


「お父さん!僕のほうが上手いよ!」


「うるさい!うるさい!慣れてないんだ!」


母が肩を震わせて笑いを堪える。


「もう……お父さんったら……

でも陽翔、なんか味があって良いよねこれ」


陽翔は真顔で、こくんと頷いた。


それだけで父は誇らしげだった。


(……父さん、不器用だったんだよな……)


母がロウソクを立てる。


「「陽翔!誕生日おめでとう!!」」


「ありがとう!ふぅー!」


ぱっ──。


ロウソクの火が消え、拍手が起きた。


小さな誕生日。

けれど、世界のどこよりも温かかった。


────────


風呂。


父と陽翔が湯の中で肩まで浸かる。


「陽翔」


「んー?」


「稽古、辛くないか?」


陽翔は目を丸くした。


「父さんがそんな事言うの珍しー」


「そんなときもあるさ」


「へんなの」


父は湯気の向こうで少し息を吐く。


「強くなるというのはな……大変な事だ」


「うん。でも僕、強くなるよ」


「そうか」


「うん」


「……ならいい」


(……そんな会話したのか……覚えてない……)


父は続けようとして、言葉を飲んだ。


あの頃の俺は気付かなかったが……。


今の俺ならわかる。

あれは“覚悟の確認”だった。


────────


リビングに戻ると、

母が毛布を膝に掛けて微笑んでいた。


「陽翔」


「なに?」


「生まれてきてくれて、ありがとう。

お母さん、毎日幸せよ」


陽翔は照れてそっぽを向く。


「……へへ」


母はそれで満足そうに頷いた。



────────


映像がふっと揺れる。


(……消える……?)


違う。切り替わる。


光が走り、色調が急に冷たくなった。


そこは庭。


雨が降りそうな空。


そして。


それは俺が最も見たくなかった────


────“あの日”だった。








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