第18話 手がかり
魔人収容所の廊下は、昼でも薄暗い。
無機質な灯りが、白い壁と鉄格子を鈍く照らしていた。
「……聞いたか?」
小声が、通路の端で交わされる。
「例のAクラス魔人、あの暴黒の獅子が確保したらしいぞ」
「は? あそこ、弱いクランじゃなかったか?」
「俺もそう聞いてたが……」
ひそひそとした声は、すぐに途切れた。
足音が近づき、職員たちは何事もなかったかのように散っていく。
────
面談室は、簡素だった。
机と椅子が向かい合い、壁には拘束用の魔法陣。
椅子に座る狂歌は、微動だにしない。
視線は落ち、呼吸だけがかろうじて生を示している。
団長は、真正面に腰を下ろした。
「……」
狂歌はこちらを見る素振りもなく
ただ俯いている。
「フードを被った追尾魔法を使う男に心当たりはないか?」
「…………」
反応なし。
「アイツと仲間か?他に仲間は?」
「…………」
これも反応なし。
「何故、この街で殺人を?」
「…………」
狂歌は、何も話さなかった。
怒りも、憎しみも、涙もない。
空っぽのようだった。
数分が過ぎ、団長は小さく息を吐く。
「……これ以上は無駄か」
それだけ言って、立ち上がる。
狂歌は一度も顔を上げなかった。
────
「近衛さん、こちらを」
廊下で呼び止められる。
声をかけてきたのは、女性職員だった。
「囚人服に着替えさせる際に、確認しました」
差し出された端末の画面。
そこには、狂歌の身体に刻まれた紋様が映っていた。
黒く、歪んだ太陽のような刻印。
近衛の視線が、わずかに鋭くなる。
「……これは?」
「傷ではありません。魔術的な刻印です」
「死亡したもう1人からも同じ刻印が確認できています」
団長は、画面を見つめたまま言った。
「……刻印……」
(双子は同じ刻印。
そして、例の男と同じフード……)
(なら、例の男の身体にも
この刻印がある可能性があるが……)
「まだ何とも言えんが…………」
端末を返し、踵を返す。
「情報提供、感謝する」
────
暴黒の獅子・本部ビル。
訓練場に、鈍い音が響いていた。
「ほら、止まるな!」
「はいっ……!」
陽翔は息を切らしながら、動き続ける。
烈はすぐ隣で、当然のように同じメニューをこなしていた。
烈は横目で陽翔の動きを一瞬だけ確認する。
「……お」
小さく、短い声。
「部分強化、前より安定してきたな」
「魔力のブレがほとんどねぇ」
陽翔は驚いたように目を瞬かせる。
「ほ、ほんとですか……?」
「嘘ついてどうすんだよ」
「最初の頃は、力入れすぎてブレッブレだったろ」
烈は軽く鼻を鳴らす。
「今はちゃんと“動きながら”使えてる」
「これなら戦闘でも問題無いと思うぜ」
「よっしゃあああああ!!」
陽翔は思わず高く拳を突き上げ、
抑えきれない喜びに身体を震わせた。
そこへ、足音。
「……団長?」
振り向いた二人に、団長は短く告げた。
「僅かだが、手がかりを入手した────。」
その一言で、空気が変わる。
陽翔の胸が、ドクン、と跳ねた。
何かが動き出す。
そんな予感だけが、はっきりと残った。




