第6話 強くなる為に ⑤
湯船に身を沈めた瞬間、陽翔の口から自然と息が漏れた。
「……っ、い゛っ……」
熱が、殴られた場所に染みる。
肩、脇腹、太腿。
どれも遠慮なく打ち込まれた記憶が、今になって主張してきた。
「……痛くしないって……言ってたのに……」
天井を仰ぎながら、恨みがましく呟く。
『大丈夫、大丈夫。死なないから』
笑顔でそう言った雨夜の姿が、脳裏に浮かぶ。
「いててっ……!」
湯の中で身体を少し動かしただけで、思わず声が出た。
気づいたら、普通にボコボコにされていた。
「……鬼だ、あの人……」
ぽつりと零れたその一言に、湯面が小さく揺れる。
でも、不思議と嫌な気分じゃなかった。
拳を握ると、まだ感覚が残っている。
魔力を集め、圧縮していくあの感触。
何度も何度も失敗してでも最後に
確かに“一回り小さく”なった魔力の塊。
『今の感覚、忘れないで』
あの時の声は、冗談抜きで真剣だった。
「……でも」
陽翔はそっと息を吸い、胸の奥を確かめる。
「……ちゃんと、見てくれてるんだよな……」
痛い。
きつい。
間違いなく鬼。
それでも────
「……ついていくって、決めたんだ」
強くなると決めた。
逃げないと決めた。
湯船の中で、陽翔は小さく拳を握る。
「……明日も、やるぞ……!!」
夜の静けさの中、湯気が静かに立ち昇っていた。
風呂から上がり、体を拭きながら、陽翔は深く息をついた。
「……はぁ……」
さっきまでの痛みは、湯に溶けた分だけ和らいでいる。
それでも体の奥には、確かな疲労が残っていた。
布団に倒れ込みたい衝動をこらえ、陽翔は部屋の隅に腰を下ろす。
「……毎日、圧縮の練習はすること」
雨夜の声が、はっきりと蘇る。
「少しでいい。続けることが大事だからね」
「……わかってますよ……」
小さく呟き、陽翔は右手を前に出した。
掌に、ゆっくりと魔力を集める。
最初は不安定で、空気に滲むような、ぼんやりとした塊。
サッカーボールほどの大きさになりかけて、陽翔は眉をひそめる。
「……でかすぎ……」
息を整え、意識を集中する。
――潰すんじゃない。
――圧縮する。
魔力を、内側へ、内側へ。
逃げ場を塞ぐように、ぎゅっと、丁寧に。
じわり、と圧が高まり、魔力の球がわずかに縮む。
「……っ」
額に汗が滲む。
指先が震え、集中が途切れそうになる。
それでも、少しだけ、ほんの少しだけ、小さくなった。
「……これが……今の感覚……」
陽翔は、ふっと息を吐き、魔力を解いた。
球体は霧のように散り、空気に溶ける。
「……今日は、ここまでだな……」
布団に潜り込み、天井を見上げる。
体は重く、瞼も自然と落ちてくる。
筋肉の痛みも、魔力の疲労も、すべてが心地よく混ざり合っていく。
「……明日も……頑張るぞ……」
そう呟いた声は、途中で溶けた。
陽翔は、そのまま深い眠りへと落ちていった。




