第6話 強くなる為に④
雨夜は少し考え込むように顎に手を当て、やがて言った。
「いい方法がある」
「まずは、身体強化は置いておこう」
「……え?」
「代わりに」
雨夜は、陽翔の両手を見る。
「純粋な魔力体を作る」
「形は……そうだな」
少し考えてから、指で円を描いた。
「最初は、サッカーボールくらいでいい」
「……そんなに?」
「君なら、むしろそれくらいが自然だよ」
陽翔は言われるまま、両手を前に出す。
体内から魔力を引き上げると、
空気が歪み、淡く赤い光が集まり始める。
やがて、両手の間に浮かぶ魔力の球。
サッカーボールほどの大きさで、脈打つように揺れていた。
「……できました」
「うん。悪くない」
雨夜は頷き、続ける。
「次はこれを──」
一拍置いて、はっきりと言う。
「野球ボールくらいまで、圧縮する」
「量は変えない」
「外に、一切漏らさずに」
陽翔は思わず息を呑んだ。
「……それ、できたら……?」
「身体強化Lv2に、かなり近づく」
陽翔は歯を食いしばり、魔力球に意識を集中させる。
(圧縮……押し込むんじゃない……)
魔力を内側へ、内側へとまとめる。
だが次の瞬間、
球体は耐えきれず、霧のようにほどけて消えた。
「……今のは失敗だ」
雨夜は落ち着いた声で言う。
「力で押した」
「それじゃ、魔力は逃げ場を探す」
雨夜は、指で小さく円を描く。
「包み込むように、内側へ畳む」
「圧縮っていうのは、
閉じ込めて、密度を上げることだよ」
陽翔は荒く息を吐き、再び魔力を集める。
(圧縮……)
魔力の球が、再び形を成す。
修行は、ここからが本番だ。
魔力を集めては、圧縮する。
失敗して、霧散して。
もう一度、集め直す。
ただそれだけの繰り返し。
額から汗が滴り落ち、
呼吸はいつの間にか荒くなっていた。
(……重い)
腕が、肩が、身体の内側が、じわじわと鉛のように重くなる。
魔力を使い切った時の空虚感とは違う。
使い続けたことによる疲労。
陽翔は膝に手をつき、肩で息をした。
「……はぁ……はぁ……」
魔力の球は、まだサッカーボールほどの大きさで揺れている。
だが、さっきまでよりも――わずかに、締まって見えた。
(……あれ?)
もう一度、意識を集中させる。
力を込めるんじゃない。
押し潰すんじゃない。
内側へ畳む。
次の瞬間。
魔力の球が、
ほんの一回り――確かに小さくなった。
「……!」
陽翔の目が見開かれる。
雨夜は、その変化を見逃さなかった。
「今のだよ」
落ち着いた声で、でも少しだけ熱を帯びて言う。
「その感覚」
雨夜は指で、空中を軽くなぞる。
「無理に力を入れてないだろ?」
「……はい」
陽翔は息を整えながら、頷いた。
「魔力を“動かした”だけです」
「そう」
雨夜は満足そうに微笑む。
「それが、圧縮の入口だ」
陽翔は、再び自分の手の間に浮かぶ魔力球を見つめる。
小さな変化。
だが、確かな一歩。
胸の奥に、じんわりと熱が灯る。
(……できる)
疲労で身体は重い。
それでも、今は不思議と、前より軽く感じた。
「……よし」
雨夜は、陽翔の手元に浮かぶ魔力球を一瞥してから、静かに言った。
「今日はここまでだ」
「え……?」
陽翔は思わず顔を上げる。
「身体強化はね」
雨夜はそう前置きして、くるりと背を向ける。
「ここまで」
「え、あの、でも――」
「十分だよ」
振り返った雨夜の表情は穏やかだったが、どこか楽しそうでもあった。
「この短時間で、圧縮の感覚を掴んだ。
正直……相当なものになる」
その言葉に、陽翔の胸がわずかに高鳴る。
(……認めてもらえた)
だが次の瞬間。
雨夜は壁に立てかけられていた木刀へと手を伸ばした。
「……え?」
陽翔の視線に気づいたのか、雨夜はあっさりと言った。
「次は、木刀で手合わせしようか」
「……は?」
思考が追いつかない。
「ちょ、ちょっと待ってください……!
身体強化の修行、今のでかなり――」
「だからこそ、だよ」
雨夜は肩をすくめる。
「身体が疲れてる時に、どれだけ動けるか。
それを見る」
あまりにも自然に、あまりにも容赦なく。
陽翔は乾いた笑いを漏らした。
「……鬼じゃないですか」
「よく言われる」
雨夜は微笑み、2本の木刀を軽く構える。
「安心して。
痛くはしないから」
そう言ってから、一拍置いて付け加えた。
「────多分ね」
「多分!?」
思わず声が裏返る。
それでも。
陽翔は、慌てて壁にある木刀を取る。
(……でも)
胸の奥に、恐怖よりも先に――昂りが湧いた。
「……お願いします」
木刀を構える。
雨夜の目が、僅かに細くなった。
「いいね。その顔だ」
静かなトレーニングルームに、
二人分の気配が、鋭く張り詰める。




