エピローグ
<ヤミコ>
エンシェントドラゴンを討伐してから三年の月日が流れた。今の私は高校一年生となり、元いた中学校とは離れて遠くの高校に通っている。そこは底辺校ではなく、日本を代表する名門校という話だ。噂では世界中から有名な御曹司やご令嬢が集まってくるとか来ないとか。
「どうしたんだ。ヤミコ」
「んっ…何でもない。少し昔を思い出してた」
今は石川君のマンション(地方の高校バージョン)に同居させてもらっており、居間のソファーでくつろぎながらの紅茶タイムである。ちなみに今日は日曜日の午前なので朝食を食べ終わってからは、大きな液晶テレビを皆で和気あいあいと眺めたり、割とゆっくりしている。
「兄さんとヤミコちゃんは、本当に色々あったからね!」
「そうですね。安藤家から切り離すのには苦労しました」
ホノカちゃんは飛行魔法が上達したため、一分もかからず私が通っていた中学校から移動出来るし、ユリナちゃんも何故か一緒の名門高校に通っている。
妹さんはそれでもあと一年近く待たなければいけないのが悔しいのか、早くヤミコちゃんと一緒に高校生活が送りたいと、毎日私に愚痴を言ってくるのだ。
「あの時は、初めてヤミコが心の内を真剣に相談してくれたからな。
それで俺たちも計画を実行するには今しかないと、決心がついたんだ」
三人の言う通り、旅行が終わってからは本当に色んなことがあった。まず一番に行われたのは、安藤家、石川家、卯月家の家族全員が集まり、各界の有名人が見守る中での話し合いの席が設けられた。
それは私と石川君が正式に付き合う、付き合わないを決定するためだ。
カテゴリー4の討伐後に彼の気持ちをとても嬉しく思っているが、実家の大反対にあうので謹んで辞退しますという内容を懇切丁寧に説明すると、石川家と卯月家が異議あり! と、予想外に食い下がってきた。
結果、三家が集まっての話し合いだ。安藤家の主張はヤミコと石川君では釣り合わないが、ミツコなら十分に釣り合う。付き合うならミツコが妥当だ。今からでも息子さんの目を覚まさせて、乗り換えたらどうだ…という意見。
石川家と卯月家はこれを聞いて、大反対どころではなく何故かガチギレしてしまった。その後の主張は、これ以上安藤家にヤミコちゃんを任せるわけにはいかない。こちらで引き取り、速やかに養子手続きを行う…という意見。
このようなこともあり、三つの家が集まってから三十分も保たずに破談に近い形で終了した。
ちなみに会議が終わったその日から、安藤の実家には一度も戻っていない。正確には石川家と卯月家により帰らせてもらえないのだ。何でも二度と安藤家の敷居はまたがせないとのことだ。それでも私が十年以上育った普通の家庭なのに、どれだけ嫌われているのだろうか。
あとは両親から何か色々叱られるかもと思っていたが、全くそんなことはなく、養子手続きはトントン拍子で進んで、ラインにて簡潔にこれで安藤家とは関係ない。部屋の荷物は全て卯月家の者に渡したという内容のみで締めくくられた。
思えばこちらを元気づけるような温かい言葉をかけてくれたことは、一度もなかった。父と母は妹以外には関心がないのか、それとも姉の私を持て余していたのかはわからない。私は、今までありがとう…と短い返信を行い、これで本当にお別れなのだと、少しだけ悲しい気持ちになった。
そこからは速やかに事が進み、夏休み明けには安藤を名乗ることは出来ても、表向きには卯月ヤミコとなり、一庶民の私が何故か社交界デビューするハメになったりと、怒涛の展開の連続であった。
幸いなことに私は物覚えだけはよかったらしく、卯月家や令嬢のルールというものを、付け焼き刃ながらも比較的短時間で身につけることが出来た。
講師が事あるごとに、これ程までに才能に満ち溢れたご令嬢は初めてだと、やたらとべた褒めされたが、お世辞を言ってやる気にさせるのが上手だな人だなとしか思わなかった。
どんなに美しいドレスで着飾っても、私の本質は地味子であり、一般家庭の平凡以下の女の子に過ぎないのだ。
そして夏休みが終わり、中学に再び登校するようになってからは色んな意味で激変した。周囲は何も変わっておらず、むしろ変わったのは私自身だ。
卯月家の専属美容師さんとユリナちゃんのお母さんの、付きっきりのコーディネートにより、ボサ髪と三つ編みとメガネやその他の地味要素を徹底的に根絶された私は、まるで夏休みデビューで変貌した女子生徒のように、やたらと注目された。それはもう全校生徒から、怖いぐらいの視線を浴びせられたのだ。
石川君とユリナちゃんがブロックしてくれなければ、多分恐怖で逃げ出していた。
そして夏休みが終わって二日目から。私の下駄箱や机には手紙が何通も紛れるようになり、掃除をしていても率先して手伝ってくれる男子生徒が大勢押しかけるようになった。
石川君が私と付き合っていると公言してくれたことで数日は静かになったが、後日それでも構わないという開き直る男子生徒が数多く現われた。
その場合は石川君とユリナちゃんにこっそり付いて来てくれるように頼み、呼び出し現場に出向いて丁寧にお断りさせてもらった。
女子のほうはユリナちゃんがブロックしてくれるので、そこまでの被害はなかった。やっぱり二つ名持ちの魔法少女は凄い。
あとは今までは妹の影に隠れていたが自重する必要がなくなったので、勉強と運動を普通に行うようになった。当然のように成績は平均以下から上向きなり、各教科の十段階評価の九や十がたくさんで、とても晴れやかな気分になれた。
ちなみに妹のミツコのほうは、エンシェントドラゴンの戦いの後、口だけの魔法少女という噂が囁かれて人気が急落してしまい、教室でも友達と一緒ではなく一人でいるのをよく見かけるようになった。
安藤家のほうもマンションの管理人さんからの情報によると、町内会で居場所がなく実質村八分状態になっているらしい。私が参加していた頃は、色々と仕事を割り振られるものの、お菓子や飲み物をくれるいい集まりだと思っていたのだけど。
元妹の中学卒業後は一家で北海道に引っ越して、そこでひっそりと暮らすとのことだ。
なお、カテゴリー4の後に評価が上がったのが黒猫の魔女だが、相変わらず正体不明のままなので、本人の預かり知らぬ所で勝手に高評価されている状態だ。
そもそもあの時は皆の頑張りにより、弱っていたエンシェントドラゴンに止めを刺しただけなので、それは全て誤解だと口に出すわけにはいかないのが辛いところだ。
二年生になってからは妹とは別のクラスになったものの、石川君とユリナちゃんは一緒だった。あと、友達も何人か出来た。皆口下手な私に付き合ってくれる貴重な友達だ。二人の厳しい審査を通過したのも大きい。
何しろ私に近づく対象には常に目を光らせているのだ。ホノカちゃんを入れると審査員は三人になるが。
それと昼夜を問わずに、石川君だけでなくユリナちゃんとホノカちゃんも、やけにベタベタくっついてくるようになった。彼のほうはまだわかるのだ。恋人とはそのようなものだと、何となくは理解している。
しかし女の子同士なのに肌を密着させたり、同じ布団で寝たり、料理中に背後から抱きついて頬を擦りつけてきたりするのはどうなのだろうか。甘えたいのならば実の母親に行えばいいことで、断じて中学生の私が対象にはならないはずだ。
何にせよ二年と三年は色々と状況の変化はあったものの、充実した中学生活を過ごすことが出来た。
私としては卒業後の志望校は、今の中学校や安藤家から離れられれば何処でもよかった。さらに卒業後は平凡なOLとして静かに暮らせればと、そのように考えていた。
しかし石川家や卯月家が熱心に勧めるため、日本有数の名門高校を試しに受けてみることになったのだ。
その際に一般受験ではなく推薦入試となったのは本当に謎である。結果は合格だった。石川君とユリナちゃんも同様だったので、見事にワンツースリーで決まった。進路は特に希望もなかったし、学費は全面的に面倒を見てくれるらしいので、取りあえず卒業までの三年間はそこに通学することとなった。
余談だが、石川君は健全な青少年である。それはもう夜の方も色々と激しかった。しかし私は物覚えがいいらしく、まだ結婚はしていないので前戯で相手をするものの、戸惑っていたのは最初だけで、二回目、三回目となると彼のウィークポイントを探し出した後に、的確に責め立て、三擦り半で終了させることも余裕となった。
その際に彼から、ヤミコはまるでサキュバスのようだと言われたことは、いまだに忘れられない。だが夜のご奉仕を求めてくるのは十割が石川君のほうなので、私は悪くないと主張したい。もっとも、彼の喘ぎや感じている表情を見ていると、もっと喜ばせてあげたいという気持ちが湧いてきて、ゾクゾクとした震えが走るのは事実なのだが。
と言っても今のマンションはユリナちゃんも同居しているし、何故か元のマンションを引き払って、通学距離の遠いこちらに越してきたホノカちゃんもいる。そこまで毎夜体を重ねている余裕はない。
しかし毎度相手が私でよく飽きないものだとも思ってしまうが、石川君が言葉と体で、好意と愛情を十分過ぎる程に伝えてくれるので悪い気はしない。
のんびりと今に至る過去を振り返っているとテレビに見覚えのある顔が映り、一つ目の巨人の胴体を、黒い光を放つ剣なのかロッドなのかよくわからない武器で、横薙ぎに両断していた。
「またヤミコがテレビに出てるな。これは最近あったサイクロプスの討伐か?」
魔物はカテゴリー4の討伐が終わってからも、相変わらず出現している。引退した黒猫の魔女はどうしても他の魔法少女が間に合わない場合のみ、時々気まぐれに飛び入り参加するものの、その際の映像がニュースに登場すると、必ず何度もリピート再生されるのだ。
他の魔法少女の活躍は一回流れればいいほうなのだが、本当に訳がわからない。
石川家と卯月家は私が登場する番組を全て録画していると聞いたが、こちらのほうは身内だからと理由付けが出来るので、まだわかりやすい。
エンシェントドラゴンの討伐後には、黒猫の魔女の特番が毎日のように組まれたりもしたし、取材の要求も何度も来たが全てお断りさせてもらった。別に私は人気者になりたくて、引退した後に魔法少女の活動をしているわけではない。
「ヤミコ姉さんは人気者だからね! 妹の私も鼻が高いよ!」
「取材はともかく、次のパーティーには顔を出してくれないかと言われてますが、どうしますか?」
石川君と関係を持てば、妹のホノカちゃんは義理の妹ということになる。元からそう扱われていたが、今は姉さん呼びも仕方ないと納得できる。
そして取材もパーティーも嫌である。平凡な魔法少女であり、たかだか一庶民の私が、何故名家の令嬢として生きていかなければならないのか。
石川君との関係を切れば解消されるかとも一瞬脳裏によぎったが、彼のことは大好きだし、向こうも大切に扱ってくれているので別れるつもりはない。それに卯月家の養子の立場から離れなければ、根本的な解決は難しいだろう。しかしユリナちゃんも親友なので、そちらも別れたくはない。
しかも既に大々的に婚約発表がされており、高校卒業後にすぐ結婚式を行うため、式場も来賓も予約済みらしい。気が早いと言うか何というか。ようは外堀も内堀も、完全に埋められているのだ。
昔の私なら簡単に捨ててしまえたのに、今は大切な恋人も友人も捨てたくないと強く思う。自分はいつの間にここまで我儘な女の子になってしまったのだろうか。
ならば昔の自分に戻りたいかと聞かれれば、絶対に嫌だとはっきりと答えるだろう。
これからも周囲に振り回される日々が続くのだろうが、それでも今の私はとても幸せだと、自信を持って断言できるのだった。