CHAPTER 4
CHAPTER 4
×1888/12/22×
組織から「母親が見つかった」と連絡があったのは、その日の朝だった。
あるいは以前から情報は掴んでいて、潮時と判断して知らせてきたのかもしれないが、どちらでも良かった。
再殺は迅速に行わなければならないが、一週間程度の余裕は与えられている。
「ベ、ティ......どう、したの?」
「ジャック......母親が、見つかった」
「ママ?」
ベッドの中でジャックは目を大きく開いた。
「ほん、と?」
「ああ、本当だ」
ジャックはもう話すだけで息が荒くなるような状態だった。
「やったぁ、クリスマスに、間に合った、ね」
「ああ、そうだな」
そう言って俺はジャックの髪を手で梳いてやる。
「......なぁジャック。この仕事は、クリスマスが過ぎてからにしないか?」
「どう、して?」
「体調、よくないだろ?」
今のジャックはまともに歩くこともままならない。仕事なんて、もはや出来る状態ではなかった。
「これで最後の仕事だから、体調がもう少し良くなってからしてもいいだろう?」
そうしたら、クリスマスをしてやれる。ジャックの望んだクリスマスを。
「これ、で、最後、だから......早く、したいの」
「けど......」
躊躇う俺にジャックは弱々しく首を振った。
「多分ね、わたし、まっても、もう......」
わかっていた。これでも医者だ。ジャックはどのみちクリスマスまで持たない。むしろ今日までよく持った。
「ごめんね」
「バカ。謝るな」
俺はコツン、とジャックの頭を小突く。
「よし、じゃあ、さっさと仕事済ませて、病気治してクリスマスするか」
「うん......うん」
ジャックは目に涙を浮かべて頷いた。
「ありがとう......ありがとう、ベティ」
ぐしゃぐしゃ、とジャックの頭を撫でる。
「休んでな、ジャック」
俺は、最後の仕事へ向けて準備を整えていった。
×1888/12/23 ローズ・ミレット×
最後の再殺はあっけなく終わった。
生みの親相手の再殺に、躊躇いを見せる少女もいたが、No.13は違った。
体調から戦闘を行えるか不安もあったが、薬を打つといつもと同じように豹変し、標敵を切り刻み、再殺を終えた。
×××
母親を再殺したと同時、ジャックはその場に倒れた。俺は駆け寄り、彼女を抱き起こした。
ジャックは弱々しく目を開ける。
「ベティ......全部......終わったよね?」
途切れ途切れの声でそう言った。
「ああ、そうだ。これで終わりだ。よく頑張ったな」
「やっ、たぁ」
えへへ、と笑ったジャックは次の瞬間、激しくむせた。口から血が溢れ出た。
「ジャック......!」
「あ、れ......おかしい、ね。お母さん、再殺、したら、治る、はずなの、に......」
彼女の手や足、全身の皮膚から血が染みだしてくる。
「クリス、マス......出、来な、かった、ねぇ」
「なに言ってんだ。クリスマスはもう明日だぞ?」
「うん......うん」
ジャックの目の焦点が、合っていなかった。呼吸がどんどん浅くなっていく。
「ジャック! しっかりしろ!」
「ごめん、ね、ベティ」
冷たくなっていくジャックの身体を強くさする。
「ベ、ティ......あの、ね」
俺の耳元に、口を寄せて彼女は言った。
「......だ......い」
す、っとジャックの身体から力が抜けていった。
ジャックは、死んだ。
最期の言葉は聞き取ることが出来なかった。
×××
再殺少女は死んでも埋葬されることはない。
組織にその死体は回収され、おそらくは研究利用された後に破棄される。
墓標もなく、彼女たちの生きた印はこの世には残されない。
俺が忘れてしまえば、彼女たちは存在しなかったことになる。
俺は、ジャックが死んだ場所へと来ていた。
背負った鞄に詰め込んだ物を取り出す。
七面鳥、小さなクリスマスツリー、チョコレートケーキ、シャンパン。
そして山のようなアイスクリーム。
ジャックの死んだその場所へ、それらをぶちまける。
ぐちゃぐちゃに混ざったそれらの匂いが鼻をつく。
俺はポケットから封筒を取り出した。
ジャックの死後、部屋の荷物を整理していると見つかった、見慣れない封筒だった。
中身はジャックからの手紙だった。
『ベティ
ずっと優しくしてくれてありがとう。あなたの優しさに、わたしは救われていました。
あなたのことが大好き。
バイバイ』
よれよれの、所々綴りの間違った文字で、そう書かれていた。
その手紙をくしゃりと折りたたむ。
伸びてきた前髪が目にかかり鬱陶しい。
懐からタバコを取り出し、マッチを擦り火をつける。一本目は折れ、二本目はしけっていて、三本目でようやくついたマッチの火をタバコへと移す。
深く、深く煙を肺に吸い込み、ゆっくりと吐き出す。
手紙を開き、文字をもう一度目で追った。
こんな風に手紙をもらったのは初めてだった。
俺はタバコに点した火を、手紙へと押しつけた。
ジュ、と小さな音を立てて手紙は端から焦げる。
それは徐々に広がっていき、手紙は灰へと変わっていく。
組織からは次のジャックを知らせる連絡が来ていた。明後日には、新しいジャックと引き合わされることになっている。
手紙は全て灰へと変わった。
俺はこれからも、ジャックを壊していく。