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 玉井の家のチャイムを鳴らし、門の前で待っている時間は、冷や汗ものだった。

 手の込んだ日本庭園。その向こうにある扉から顔をのぞかせた夕子ばあちゃんと目があった時は、怒鳴り散らされる! ってびくびくしていたけど。その表情はむすっとしていたものの、何か言われることはなかった。


 仏頂面した夕子ばあちゃんに通されたのは、庭の見える和室だった。


「食うか?」


 縁側に座っていた玉井が僕に気づき、声をかけた。黒猫がプリントされたTシャツに、高校のジャージ。縁側に放りだした真っ白な生足を揺らしながら、玉井は上機嫌であんぱんを食べていた。


「体調、よさそうだね。よかったよ」


 玉井の隣に腰かける。

 玉井はあんぱんを半分に割って、片方を僕に手渡した。言うまでもなく、例のあんぱん。僕はそれを受けとり、大きく口を開けて噛りついた。なめらかなこしあんの食感。


「もういつでも動けるんだけどな。ばあちゃんが安静にしてろって」


 一匹の蝉が鳴き始めた。それに応じるかのように、一匹また一匹と蝉が鳴く。じ~わじ~わと大合唱だ。

 毎年、蝉の鳴き声にはうんざりさせられる。でもこれが聞こえないと、きっと味気ない夏になるんだろうな。


「花野さんのお母さんの手術もあるからな。できるだけ早く懐中時計を返してやりたい。そうだな、明日、明後日には届けに行こうと思ってる」

「うん、それがいいよ」

「お前の予定はどうなんだ」

「え、僕?」

「お前もついて来い。言いだしっぺはお前なんだから、最後までちゃんと見届けろ」


 そっか、僕が言い出したことだったんだよね。結果オーライとは言うけれど、僕の重ねた失態のことを思うと、どんよりとした気分になる。


「いい加減気にするのはやめろ。もう誰も気にしてない。それよりも次はヘマしないように、私の盾になる訓練でもすることだな、優人」


 ごもっともです、本当に。

 ……って今、僕の名前を呼んだ?

 いつもお前とかあんたとしか呼んでくれなかったのに。


「ねえ、僕の名前……」

「瞳だってお前のこと、優人くんって呼んでるだろう。私が名前で呼んで何がおかしいんだ」


 僕、おかしいなんて一言も言ってないんだけどなぁ。

 玉井は最後の一口、あんぱんを無理矢理口に押しこんだ。小さな玉井の口にそれは大きかったのか、口をふごふごさせながら、必死に噛みしめている。

 玉井は僕をちらりとも見ない。真っ直ぐ庭の方を向いたまま。違うな、ほんの少し、僕から顔を背けている。


 玉井はどんな顔をしているんだろう。僕のこと、仲間として認めてくれたのかな。顔を覗きこむのは紳士的じゃないよね。僕は首を九十度回し、再び庭に目をやった。


「ううん、嬉しいよ。ありがとう、玉井」

「那智、でいい」

「え?」

「ばあちゃんも父さんも玉井だ。紛らわしいから、那智でいい」


 呼べ、と言われるとなんだか照れくさい。一瞬、僕は躊躇う。だけど……思い切って呼んでみようか。


「ねえ、那智」

「うん」

「来週、神社のお祭りなんだって」

「そうか」

「花野のところに時計を返しに行ったらさ、お祭りに行こうよ。瞳と那智と僕の三人で」

「……うん」


 目の前の緑が眩しい。どこからか飛んできた蝉が、庭の松の木にとまった。


 *****


 僕の側には、神様が二人いる。

 どんな神様かって? そうだな、怪盗ファントムでペットみたいな神様だ。


 僕のファントムでペットな神様へ、今日も誰かが奇跡を願い、思いを告げる。


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