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ぱんでみっ!  作者: 陽碧鮮
第壱章 始まる生活 終わる日常
18/34

当日 with薫

         ☆


 クリス先輩が見えなくなり、ようやく一人になったという実感が湧いてくる。

「行くか」

 なんて言ってみたものの、当然これといって目的地があるわけでもなく…どうしたものか。

 そんな悩む俺の前に現れたのは、意外な人物であった。

「なあ——早乙女」

「何か?」

「奇遇だな」

「クリスティーネ様からご連絡いただきまして。これも執事の務めだと思い、僭越ながら参上した次第です」

 まるで事前に考えていたかのようにスラスラと話す。考えすぎか?

「他にクリス先輩は何か電話で言ってたか?」

メールで(・・・・)秀勝によろしく、と」

「随分呼ばれてからここに来るのが速かったな」

「……執事ですから」

 …やっぱり考えすぎか。早乙女の格好が燕尾服なのも務めの一環なのだろう。こんな公衆の面前で平然とお世話されるほど、俺のメンタルは強くないのだが。

「どこへ行くのでしょうか? お買いになる荷物などをお持ちしますが」

 早乙女はそう言うが、俺はクリス先輩と楽しんだし、なんなら午後もある。よって——

「早乙女はどこか行きたいところはないのか?」

「いえ、私は——」

「そういうのはいいから。ほら、いつも世話させてるお礼というか」

 それでも全く釣り合わないと思うけど。

「…なら…」

「お、あるのか?」

 俺の言葉に頷く早乙女。そして少し恥ずかしそうに口を開いた。

「——スイーツバイキングに、行きたいです」

「…………」

 どんな顔を作っていいか、わからなかった。


「——いらっしゃいませ。お客様は…先ほどの。今回は大人二名ですね、こちらへどうぞ」

 そして再び訪れた俺たちを出迎えたのは、少し前にも顔を合わせた店員。未だにクリス先輩が子供だと思っているようだ。まあ、それもしょうがないか。

「それでは、私が面駅様の分もお取りしてきましょう」

 中へ入ってすぐ、早乙女にそんなことを言われる。流石は執事を名乗っているだけのことはあるな。

「大丈夫だ。席に座って待ってるから自分の分を好きなだけ取ってこい」

 だが、答えはノーだ。甘いものは舌が、胃が、身体が受け付けない。

「ありがとうございます。それでは」

 そう言ってたくさんのスイーツが並ぶテーブルへと向かっていく。いつもよりも少し歩みが早い。

 待つ間、何もすることがない俺は早乙女のことを目で追う。最初はケーキコーナーに行って、ショートケーキを一つ——だけ。いや、悩んでるな。

 そうした長い長い長考の末に、結局モンブランも追加して次はクレープコーナーで再び長考。そしてバナナクレープを頼む。その後は吹っ切れたのかアイスとフルーツを選択し、こちらへ帰ってきた。

「お待たせしました」

「食べるのは俺じゃないけどな」

「今からでも取りに行きますが?」

「冗談だ」

 そんな軽口を叩いた後、早乙女が向かいの席に座る。そして早乙女は選んだスイーツを食べ始めるのだが、先ほどと同様何もすることのない俺は自然と早乙女の方を見る形になった。

「何か?」

「いや、何でもない」

 こうして見るとこいつの肌って男じゃ勿体無いくらいに綺麗だな。唇もリップでも塗ってるのか?

「…あの、恥ずかしいのでやめてもらいますか?」

 そこまで言われて初めて気づいた。男が男を見つめるって絵的にも状況的にもアウトじゃねーか!

「「…………」」

 しばらく二人の間に無言が続く。俺は早乙女が食べるまでの間、ここを訪れる人々を観察して時間を潰すことにした。

 それにしても早乙女が甘いものを好きだなんて意外な事実が判明したな。でも言われてみれば紅茶と一緒に出されるお菓子なんかは早乙女自身で用意したんだし。

「ほ、本当に全部食べちゃった……ダイエットしなきゃ…」

「ん? 何か言ったか? って顔が真っ青だぞ⁉︎」

「大丈夫です…自業自得なので…」

 スイーツは完食したみたいだが、早乙女の顔が驚くくらいに青く染まっている。

「食事制限…ランニング…」

 それにぶつぶつと呟き始めた。これって何かの発作なんじゃ⁉︎

「早乙女、早乙女! 大丈夫か⁉︎」

「はっ⁉︎ …面駅様をお待たせしていますし、そろそろここを出ましょうか」

 時間にまだ余裕はある。バイキングなのだからもう一回くらい取りに行ってもいいと思うのだが。

「もういいのか?」

「私ならもう満足です…十分すぎるくらいに…」

「そ、そうか」

 若干様子のおかしい早乙女を連れ、会計を済ませる。そして店を出る頃には、すでに普段通りの早乙女に戻っていた。

「恥ずかしいところをお見せしました」

「深くは聞かないよ」

 俺たちは次の行き先を決めるため、近くに掲示されていたショッピングモール内の見取り図を見に行く。

 見た限り行きたいところはない。…何で姫野の誘いを受けたんだろう。

「あ」

 そんな考えがよぎった中、俺は隣で早乙女がそう呟いたのを見逃さなかった。

「行きたいところでもあるのか?」

「い、いえっ!」

 そうやって否定する早乙女だが、嘘に決まってる。主人を立たせたがるというか、真面目すぎるのがこいつの美点でもあり、欠点でもあるところだ。

「言ったろ、少しでも礼がしたいって」

「…そういうことではなくてですね…その………お笑いになりませんか?」

 笑う? いやいや、お前がランジェリーショップに行きたいって言わない限り笑わないよ。

 …いや、笑うというよりは引くけどな。それは兎も角——

「笑わないよ」

 そう言うと早乙女はおずおずと見取り図のある一点を指差した。

「なら、ここに——」


         ☆


「わぁ…」

 早乙女から思わずそんな声が溢れるが、それも無理ない。

 俺たちが訪れていたのは——

『動物、抱っこできます。お気軽に店員までお申し付けください』

 ——ペットショップだった。

『にゃーお』

「きゃーかわいい〜」

「抱きたーい!」

 そんな声が店のあちらこちらから聞こえる。まあ、俺たちはそんな態度を取る面子じゃないけど。

「なあ、早おと……」

「すいません、そこにいる猫を抱かせて頂けますか?」

「かしこまりました」

 へー、知らなかった。お前がそんなに猫好きだったってこと。

 早乙女は店員から小さな子猫を受け取…あ、逃げられた。

「ま、待って!」

『シャーッ!』

 思いっきり警戒されてんだけど。

 早乙女が近づくと逃げられ、近づくと逃げられという繰り返し。

 遂に猫は商品棚を駆け上がっていき、早乙女の手の届かない場所まで行ってしまう。おいおい、あれって危ないんじゃ…。

「あっ!」

 そう思ったのもつかの間、足を踏み出した猫はそのまま一気に落下していった。

 駄目だ、間に合わない!

 ——そんな絶体絶命のピンチを救ったのは早乙女だった。

 落下していく猫を見るや否や、まるで一流のバレー選手のような無駄の無い動きでジャンプ——猫は早乙女の手の中へ、すっぽりと収まった。

『にゃーにゃー』

 助けてくれたお礼とでも言うように早乙女の顔をしきりに舐める猫。

「ふふっ…可愛い…」

 一体何のドラマを見せられているのだろうか?

 少しの間じゃれ合っていたが、俺の視線に気づくと、わざとらしく咳払いを見せ、猫と距離を置く。

「まあ、貴方では飼い主(ご主人様)を満足させることは叶いませんね」

 急に冷たくなったぞ。なんだ飼い主(ご主人様)って。

『にゃー?』

「っ! …基礎もなっていない貴方に買い手が付くのは飼い主となる方が可哀想です。私が(いち)から(しつ)けてあげましょう。来なさい」

『にゃー』

 なんか妙な関係が構築された。お前は何様なんだ。

「…お手」

『にゃー』

 猫は左手を早乙女の手のひらの上に乗せる。猫にお手って…。

「…基礎の基礎はできているようですね」

 お手をしてもらったのが嬉しかったのか、少し気分が良さそうだ。そして何の基礎なんだ。

「そろそろ次行くぞ」

 結構時間が経ってし、これ以上いたら迷惑になる。

「え? いや、私はにゃーこに執事とは何であるかをですね」

 それは猫には一生必要ないから安心しろ。あと勝手に名前を付けるな。

「冗談は置いておいて、本当に行くぞ」

「嫌です! 幾らご主人様の命令でも、これだけは聞けません!」

「ワガママ言うな、また明日来ればいいだろ?」

 これ以上ここに居たら本当に帰れなくなるに決まってる。俺は早乙女の襟を掴んで無理矢理店を出た。

「にゃーこーーーー‼︎」

 結局早乙女は、この猫の買い手が決まるまで、毎日のようにここを訪れた。

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