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ぱんでみっ!  作者: 陽碧鮮
第壱章 始まる生活 終わる日常
17/34

大人な子供



         ☆


「それで、今はどこへ向かっているんでしたっけ?」

 バイキング店を出た後、俺は行き先も告げられずにクリス先輩に連れられてショッピングモールの中を進んでいた。

『話ちゃんと聞いてたの?』

 訂正。告げられていたらしい。

「気持ち悪くて…」

『それはワタシも悪いから何も言えないけど…』

 ほう、俺にも非があったのか。

『あ、そろそろ見えてくる頃だよ!』

 そう言い終わると同時に目的地が姿を見せる。俺たちが訪れたのは——

「ゲームセンター?」

『うん! ワタシ、一回も来たことがなかったから一度来てみたかったんだ!』

 俺も訪れたのは随分と昔。あれは恐らく——小学校高学年のときだったか? あの頃はまだ幼くて、メダルゲームなんかが楽しかった思い出がある。

『すごいすごい! 別の世界に迷い込んだみたい!』

 ゲームセンターってなんだか薄暗くて周りがチカチカ光ってるから、クリス先輩みたいな純粋な心を持った人が初めて来たら、そんな感想が出るのもおかしくはないか。

『ねえねえ! あれは何?』

 クリス先輩が指差したのはクレーンゲーム。

「あれはクレーンゲームと言って、簡単に説明すると、お金を入れてショーケース内のクレーンを動かして、内に配置されている景品を獲得するゲームです」

 なんて説明したけど、実際俺もやったことはない。

『へぇ〜色んな景品があるんだね』

 お菓子やぬいぐるみ、キーホルダー。電子機器まであるのか。なるほど、このゲームにお金を食わせていく人間の気持ちが少しだけわかった。

「っと。どうしたんですか?」

 なにやら興奮気味のクリス先輩に引っ張られて向かった先にあったのは——

『そう、ペンだよ!』

「はぁ」

 『ペンマーカー二十四色』という商品がクレーンゲームの景品としてショーケース内に入れられていた。

 恐らく先輩が注目したのは『紙だけじゃなく、体やホワイトボードにも書ける!』という謳い文句だろう。

『これがあればワタシの感情表情もより一層多彩なものになるはず!』

「毎回二十四種類もあるペンを使い分けていくんですか?」

『それを言われたら痛いんだけど…』

 怒ったときは赤、嬉しいときはオレンジ、悲しいときは青なんて使い分けていったらむしろ会話が滞るだろう。

「うー…」

「…じゃあやってみましょうか」

「——!」

『うん!』

 とても嬉しそうに笑うクリス先輩を見て思う。多分だけど、先輩はこれが欲しいってよりも実際にゲームに触れて遊んでみたかったんじゃないだろうか。初めて来たって言ってたし。

「じゃあまずはここにお金を入れて…。後は説明した通りなので、ここのレバーで動かして下さい」

るぱっ(わかった)!』

 彼女の小さな手がレバーを包み込むように握る。真剣な面持ちでクレーンを見るクリス先輩は俺が知る中で最も大人びた表情だった。たかがクレーンゲームなのだが。

 ゆっくりとレバーを倒すと、それに伴ってクレーンもゆっくりと移動する。そしてクレーンが景品の上に到達したとき、先輩は手をレバーから離した。

「「…………」」

 なんだか俺まで緊張する。

 クレーンはゆっくりとだが、着実に景品を目掛けて高度を下げていき、景品を挟——まなかった。

◎▲(ああ)ー! ○◇◆○*▼○☆(悔しいからもう一回)!」

 非常に惜しかった。もしかしたら取れるんじゃないか?

『勝負はこれからだよ!』

 もう一度硬貨を入れてチャレンジする。

 チャリン…。

『まだまだ』

 チャリン…。

『これで取れるから』

 チャリン…。

▼○*♢☆(なんでよぉ)!」

 湯水の如く百円玉硬貨を消費していくクリス先輩。

「あ、ここ見て下さい。一度に五百円入れると六回プレイできるみたいですよ」

 それを聞いたクリス先輩は「はぁ」とため息をついて言った。

『もし次で取れちゃったら四百円分無駄になっちゃうでしょ?』

 その思考は確実に開発者の罠に嵌ってますよ。

『ワタシ今から両替してくるから誰かに景品を取られないように見張っといてね』

 ああ、先輩が負のスパイラルに陥った。商品ゲットという面では勝てるかもしれないが儲けとしては完全に向こうの勝ちだ。

 願わくばできるだけ早く、先輩の財布が底をつく前に景品をゲットしてほしい。

▼○*(うわーん)!」

 あ、声が聞こえた。どうやら帰ってきたみたいだ。

『秀勝ー!』

「はいはいって…どうしたんですか⁉︎」

 見ると目には涙を浮かべていた。そして手には大量のコインが。…なるほど。

『両替しようとしたら見たことないお金がいっぱい出てきたの…』

 どうやら両替機とメダル貨機を間違えたみたいだな。うーん、どうすることもできないしいっそのこと——

「クレーンゲームは潮時ということで、せっかくですからメダルゲームをしましょう」

『ゲーム? これでゲームができるの?』

「はい、千円札を両替しようとしてのメダルですからかなり遊べますよ」

 クリス先輩は少し悩んだ後、快く頷く。

『わかった! じゃあ秀勝も一緒に遊ぼうね!』

 それから少しの間、俺とクリス先輩はメダルゲームに夢中になった。


         ☆


『楽しかったね!最後は負けちゃったけど』

「はは…」

 途中までは負けなしだったのに大金、いや大量のコインを一度に投入し始めた途端にこのざまだ。

『時間的に次が最後みたい』

 見ると時計の針は十時と半を指していた。って——

「まだまだ時間はあるじゃないですか」

 というか、まだこれだけしか経っていなかったということに驚きだ。

『えっと、同級生と約束があって…』

「ならしょうがないですね」

 また姫野との約束の時間までは一人になるが、それはそれで悪くないだろう。

▼○◎☆☆$(本当はもっと一緒に)☆♠︎▽(いたいけど)▼○○(約束だから)…」

 何て言っているかはわからないけど、その表情から哀しみの感情であることは伺える。まったく——

「ほら!早く行きますよ!」

「——! るぱっ!」

 そうして歩いているとクリス先輩の様子がなんだかおかしい。先ほどからホワイトボードに何かを書いては消し、書いては消しということを繰り返しており、その度に先輩の白くきめ細やかな肌が林檎を彷彿とさせるように紅色に染まっていっている。

「先輩?」

『なに⁉︎』

 凄い勢いで俺から遠ざかる。驚きすぎだろ。小動物か。

「いやなんか、様子が変だったんで」

『そんなことはな——くない。』

 クリス先輩は胸に手を当て、深呼吸をした後、その手をおずおずとこちらへ差し出した。

「——!」

 そこでようやく先輩の意図を理解することができた。

 俺はその手とは反対の手、つまり横並びになるように握る。

 赤みがかった表情。差し出した手。これが意味することは——迷子になりたくないから手を繋いで歩きたいけど、俺に子供だと思われるから恥ずかしい、ってことだろう。大丈夫、そんなことは全く恥ずかしいことじゃない。

「「…………」」

 これ以上強く握れば壊れるかもしれないほど小さな手から温かみを感じながら俺たちは無言で歩く。

 …そういえば、こんな風に女の子と出掛けて手を繋ぐなんてこと、生まれてから初めてのことかもしれない。そう考えると、なんだか緊張してきた。

 隣を見ると先輩は先ほどとは比較にならないほど顔を真っ赤にして俯いている。

 やばい、なんだかいつもよりも先輩が可愛く見える。ただただ歩いているだけなのに胸の動悸が止まらない。

 俺はもう周囲の人々が俺たちを兄妹として見ているのか、それとも恋人、として見ているのかはわからなかった。

「あ…着いたみたいですよ。」

 このまま手を繋いだままだと字が書けないと思い、先輩の手を離す。

「ア…」

 拠り所を失った手は少しの間名残惜しそうに宙を彷徨い、力無く落ちていく。

「「…………」」

 なんだこの空気。どうしてこうなった。

『じゃあ行こうか』

「え? あ…はい、そうですね」

 駄目だ駄目だ。雰囲気に流されすぎだろう。気をしっかりと持て!

「いらっしゃいませー」

 最後に俺たちが訪れたのはアクセサリーショップ。見回した限り、身につけるようなアクセサリーだけでなく、他のものをデコレーションしたりキーホルダーのような簡単なものまであるみたいだった。

 店に入ってから少しの間はお互いに妙な壁があったが、店内を回るうちにそれも取り払われていった。

『秀勝見てー!』

「よく似合ってますよ」

『えへへ』

 そんなやり取りをしながら俺も店内を物色していると一つの商品に目が止まった。

「これいいな」

 キーホルダー。シンプルなデザインだが、それが逆に好感を覚える。

「二つ以上で割引、ね」

 横には二つで割引、三つで更に割引、四つ以上で——といった具合に書かれた紙が貼られている。

 それなら二つ買ってクリス先輩にプレゼントするのも良いだろう。

『ワタシはもう満足だよ。秀勝は?』

「すぐに行きます。だから先に外で待っててもらえますか?」

「るぱっ!」

 俺はキーホルダーを二つ、手に取るとレジへと向かい勘定を済ませる。

「さっきの彼女さんにプレゼントですか?」

「べ、別に彼女じゃ——」

「ふふっ、ありがとうございました」

 店員に若干、からかわられながら支払いを済ませ、店先のベンチで座って待つクリス先輩の元へと向かう。

『おかえり!』

「ただいま、って言ってももうお別れですけどね」

「…『そうだね』」

「これ、良かったら貰って下さい」

 俺はキーホルダーの入った袋を差し出した。先ほどの店員が気を利かせて別々に用意してくれたので俺の分は別にある。

 最初こそ驚いていた彼女だったが、段々と顔を赤く染めて『ありがと』という言葉を貰えたのでプレゼントは喜んでもらえたみたいだ。

『じゃあお別れだね』

「まあ明日な」

『うん、また、明日』

 最後に挨拶を交わし俺から離れていくが、少し歩いたところで再びこちらをふり返り、先輩は小さく手を振った。

 今日は異なった、それでいて多彩な顔をよく見るなぁ。

 ふり向いた拍子になびく髪と、まだ仄かに火照った頬。そんな彼女が見せる表情は今までで一番、大人びたものだと思った。

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