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ぱんでみっ!  作者: 陽碧鮮
第壱章 始まる生活 終わる日常
10/34

悪夢再び

         ☆


有罪(ギルティ)


「異議あり、俺は無罪だ」


 あれ? おかしいな。なんで俺が縛られてるんだっけ。

 クラクラする頭でなんとか思い出そうとする。


 確かあの後──



「い、いやああああぁぁ!」


「観念しろ! って、ゔっ!?」


 俺が腕から縛ろうとすると姫野の蹴りが顎に直撃した。傍から見れば『スコーンッ』という効果音が聴こえてきそうなほどの綺麗なクリーンヒットぶりだったろう。


「いやああぁ…ってあれ?」



 いかん。そこから意識が途絶えて目が覚めたときにはこの状態だった。

 ただ、こうして逆に俺が縛られているのと姫野の言葉からして危うい状況であることは間違いない。


「ねえ、早乙女。女性をロープで縛ろうとした人間が無罪なんですって」


「僭越ながらお嬢様、あれはどう見ても有罪(ギルティ)でございました」


 裏切り者め。俺が失敗した途端に乗り換えやがった。あいつ、この逆転した状況でさえ楽しんでやがる。


「で、何をする気なんだ? やるならひと思いにさっさとやってくれ」


 どうせ遅かれ早かれ裁かれるんだ。だったら早い方がいい。

 だが、次に姫野から出た言葉は意外なもので、


「今回ばかりは許してあげるわよ。私が伝えてなかったのも悪かったんだし」


 ありえない。信じられない。


 何を企んでる……? 早乙女も表情には出してないけど絶対にテンション下がってるぞ。


「どういう風の吹き回しだ?」


「言った通りよ。私にも非があったって。今まで私が理不尽な行動をあんたに取ったことってあった?」


 思い返してみれば──あった。むしろ理不尽の嵐と言うに相応しい振る舞いだった。今日のはたまたま、気紛れってやつだろう。


 しかし、そこを指摘すれば暴れ始めかねんからな。ここは肯定しておこう。


「それで、伝えてなかったって早乙女先輩のことか?」


「ええ、前に言ってたでしょ。部活のメンバーに一人当てがいるって」


 そういえば言ってたな。早乙女(こいつ)のことだったのか。

 だからって鍵を渡すのは良くないぞ?


「そうだっ」


 姫野が何か閃らめいたようで手を打つ。聞く前から良い予感がしない。まあ、それはいつものことか。


「歓迎会しましょうよ、早乙女の歓迎会! 私が来たときもやったんだから二回目の歓迎会を!」


 ほらな。ロクなことじゃなかった。

 俺の脳裏にじゃんけんビンタ事件のことがよみがえる。


「お嬢様、恐縮ですが私などの為に歓迎会とは恐れ多いことでございます。私のことはお気になさらずお嬢様方がなさりたいことを──」


「ごちゃごちゃうるさいわね。私がやりたいのよ、歓迎会っ」


 子供か。何かと理由をつけて会を開くやつっているよな。


「……お嬢様がなさりたいことなのであれば異論はございません」


「決まりね!」


 うっわ、早乙女には悪いけど最悪だよ。とりあえずじゃんけん大会だけは阻止しなければ。悪夢は一度見れば十分だ。


「じゃ、じゃあ歓迎会といったらトークじゃないか? お互いまだ知らないことだらけだし!」


 これは俺の純粋な意見でもある。何も知らない自称執事を毎日部屋に上げられるか? 答えは否だ。


「じゃんけん大会よ、勝った人が自由に命令できるやつ。歓迎会と言ったらそれしかないわよ」


 だが、姫野は不服そうな顔で言い返してくる。俺の提案を聞く気は全くないらしい。


 歓迎会と言ったらじゃんけん大会なのはお前だけのルールだ。勝手に持ち込むな。

 あと、一方的にビンタして友達になれると思ってるのはお前だけだ。


「ここは俺の部屋だ。つまり俺がルールだ。わかるか?」


「いやよ、じゃんけんじゃんけん!」


 両者一歩も引かず、二人の議論は段々と熱を帯びていく。


「トークトークトークトーク!」


「じゃんけんじゃんけん!」


 このままでは平行線のままだろう。そう思ったのか早乙女が動く。


「御二方。ここは間をとってトランプで如何でしょう。じゃんけんも広く見ればゲームのようなものですし、トランプならトークによる駆け引きもあることでしょう」


 早乙女はマジシャンのようにトランプを出現させる。ロープのときといい、近くで見ていても突然空間魔法のように現れるからすごい。

 と、外れる思考を矯正して早乙女の提案に乗ることにする。


「俺は構わないぜ」


 じゃんけんじゃなければなんでも。


「不本意だけど乗ってあげるわ」


 姫野も渋々といった感じで了承した。あのまま話していても話は平行線のままになるとわかったのだろう。

 それを聞いた早乙女はディーラー顔負けのシャッフルでトランプを切っていく。


「それではポーカー、ブラックシャック、ダウト、七並べ、ババ抜きなどなど。何に致しましょう?」


 こういうときはババ抜きとかが有名どころかな。手軽で誰でも知ってるし。


「私、神経衰弱がいいわ!」


 と思った矢先に姫野が別の案を出す。まあ姫野らしいと言えばらしい。


「俺も異存はないぜ」


「かしこまりました。ルールは単純に、同じ数のカードを引くことができれば得られる。得たカードの数を点数化して合計値で勝敗を決めるというルールもありますが、ここでは得た枚数にしましょう。またカードを揃えたプレイヤーがもう一度プレイできるというルールは今回は無しに。それでは──」


「待ちなさい! 私いい事思いついちゃったわ!」


 自由か。


 まあ俺も早乙女も姫野より立場が下なので、あいつにあまり意見できないのも原因だろう。また嫌な予感がする。


「総合トップの人が最下位の人に命令できるルールにしましょう!」


 ほらな。またロクなことじゃない。


 でも、ものは考えようか。ここはポジティブに考えるんだ。これはじゃんけんじゃない。勝てないわけじゃないんだ。


 ならば先日の屈辱、今晴らさずにいつ晴らす!


「いいだろう。そのルール、乗った!」


「あんたも分かってきたじゃない」


 一時間後には土下座させてやるから楽しみにしてろ。

 不敵な笑みを浮かべている間にカードがテーブルの上に満遍なく並べられていった。


「じゃあジャンケンして順番決めましょう」


 狙ったのか、それとも無意識にか、そこまでしてじゃんけんしたいのか。


「いくわよ、じゃんけんぽんっ。やったっ」


 そこにはトランプに決まったときの不満そうな感じを欠片も感じさせない、子供のようにはしゃぐ少女の姿があった。つまり楽しければいいんだな。


「それじゃあ私からね」


 順番は姫野、早乙女、俺の順。まあ残り物には福があるって言うしな。

 ……でも言ってしまえば記憶力と運の勝負でここまで胸騒ぎがするのはなぜだろう。完全な運で勝ち負けが決まるジャンケンでこの前あそこまで負けたからだろうか?


「まずは…これよ!」


 捲ったカードはハートの7。次に姫野は少し離れたところを狙う。


「これっ、ああ違った……」


 クローバーの3。つまりは外れ。やはりこの胸騒ぎは気のせいだろう。考えすぎか。


「次は私の番ですね」


 早乙女もスペードのAとハートのKで不一致。よしっ、次は俺の番だ。


「……ダメか」


 俺が引いたのはダイヤの2とダイヤの8。番は一巡して再び姫野となる。一巡目ならこんなものだろう。


「……これっ。あっ、ハートの2。確かここにダイヤの2が……よしっ!」


 くそっ、姫野に先を越された。いや、まだ始まったばかりだ。慌てる必要は無い。


「次は私の番ですね」


 早乙女が捲ったカードはクローバーの8。


「取らせていただきます」


 案の定早乙女は俺が先ほど引いたダイヤの8を捲ってカードを揃えた。次は俺の番か。


「………………」


 今回引いたのはダイヤの9とスペードの8。二人には一歩先を行かれたな。

 そして迎えた三巡目。姫野が一枚目のカードを捲る。


「これ、ハートの8ね。いただきっ」


 ついさっき俺が捲ったスペードの八を再び捲り、二組目のカードを揃える。


「私の番ですね」


 一枚目はクローバーの9、二枚目はダイヤの9。

 ……なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。ま、まあ偶然が重なっただけだろう。そんなことより次は俺の番だ。


「…………」


 スペードのJとクローバーの4。


「やっと回って来たわね」


 四巡目。ハートのJとスペードのJ。


「私の番ですね」


 ダイヤの4とクローバーの4。


「………………」


 そして五巡目、六巡目と時は進み──



「結果発表ーっ! って私だけ盛り上がって馬鹿みたいじゃない!」


 いや馬鹿みたいじゃなくて馬鹿なんだろ。

 まったく表情を崩さない早乙女と若干自暴自棄になった俺を迎えての結果発表。


「私は12組24枚よ。魔眼の能力を使うまでもなかったわね」


「私もお嬢様と同じく24枚です」


 二人ともカードの山を見せる。


「あんたは?」


 姫野が意地の悪い顔をして聞いてくる。わかってる癖に聞いてくるあたり性格の悪さが滲み出てるな。


「……4枚」


 そうですが? 2組しか揃えられませんでしたが、何か?


「ぷっ、あははははっ! 四枚!? 聞いた早乙女、4枚だって! あははははっ!」


 こんな屈辱は初めてだ。慰めとかないの?


「おっ、お嬢様…クッ、品が…ありませんよ。ククッ」


 ふふふ、初めてですよ。私をここまでコケにしたお馬鹿たちは。


「じゃあ次はババ抜きにしましょう!」


「かしこまりました」


 次こそは勝つ。今回は神経衰弱という頭を使うゲームを持ってきたから調子が出なかったんだ。ゲームはゲーム、それは楽しむものであって知略を巡らせ本気になるものでは断じて無い。

 頭を使う勝負がしたいならクイズ研究部にでも入ってろと言いたい。


 三人に均等にカードが配られ、同じ数のカードを捨てていく。あまり数は減らなかったが、それは他の二人も同じだった。

 唯一気掛かりなのはジョーカーの存在。俺の手札にないとするとこの二人のどちらかにあの悪魔が召喚されたことは明白だ。


「じゃあ私から引くわ」


 順番は先ほどと同じく姫野、早乙女、俺の順だ。姫野が早乙女のカードを、早乙女が俺のカードを、そして俺が姫野のカードを引くことになる。


「それにしても、二人はどうやって知り合ったんだ?」


 共通点なんてなさそうな二人だが、意外な繋がりでもあるのだろうか。中学校のときに同級だったとか。


 ん? ああ順番か。姫野のカードを引くが揃わない。


「それは入学して一週間くらいのことね。廊下で急にこいつに『私の主人になっていただけませんか、お嬢様』って言われたのよ」


「一年掛けてようやく私が仕えるに値する主人を見つけることができました」


 意外に最近だった。しかもそんな会話を経て知り合いになりたくない。


「こう言っちゃなんだが、お前趣味悪いな」


「どういう意味よ!」


 俺だったら札束積まれても躊躇うレベルだ。


「お嬢様を初めて見たとき、私は雷に打たれたような衝撃を覚えました。お嬢様風に言うなれば主人を選考する私の『魔眼』というお眼鏡に叶ったのでございます」


 普段とは少し違い、饒舌に語り出す早乙女。人の好みはそれぞれだし口出しはしまい。


「それでつきまとわれるのも厄介だったから一層の事早乙女(こいつ)を部勧誘してみたワケ」


 そしてそれがついさっき起きた騒動へと繋がったわけか。納得がいった。


 そこで再び自分の番になりカードを一組揃え、一歩前進。


 また話が終わってしまった。このまま無言でいるのも辛いのでなんとか話題を絞り出そうとする。

 他に早乙女(こいつ)に聞きたいことか。

 いざそんなことを考えてみると意外に思いつかないものだな。あっ、そういえば。


「お前の保有能力ってどんな能力なんだ?無理に言えとは言わんが」


 すごく興味がある。主人を絶対に守る能力とか、使用人としての雑務を完璧にこなす能力だとか。妄想は膨らむ一方だ。


「私の保有能力は『淑女優先ワンセルフ・ファースト』私が主人と認めた者を周囲のメイド、執事よりも優先して私がお世話できる能力でごさいます」


 ……いらねぇ。


要するに他の奴を押しのけて主人をお世話できる能力ってことだろ。お前以外にメイドも執事もいないから。いやいるのかもしれないのだが。

 仮にここが御子息御令嬢ばかり通う学校ならまだ生きただろうが姫野(こいつ)を主人に立てた瞬間から能力(それ)はゴミと化したと言っても過言じゃない。


 どうしてこんなクソ能力にして、空間魔法を能力にしなかったんだろう。

 まあ今の早乙女にシルクハットをプラスして空間魔法なんて能力にしようものなら完全に執事というよりマジシャンだが。早乙女の能力はそれを嫌ったのかもしれない。


 早乙女はどこか誇らしげな表情を浮かべている。俺はその能力が使われる日が来るのを楽しみに待つよ。あ、また揃った。


「そういうあんたはどんな能力なわけ?自己紹介のときは無能力って言ってたけど」


 姫野は早乙女の能力にはさほど驚いた様子を見せず、それよりも俺の能力に興味を示してくる。


「自己紹介のときに言った通りだ」


「あー……本当に無いんだ、能力」


 あからさまにがっかりした態度をとる姫野だったが無いものは無いんだからしょうがない。


「能力は無理矢理にでも決めといた方がいいわよ。思わぬところで役に立つかもしれないし」


 決めといて損はないってことか。ああ、ジョーカー……。


「そんな簡単に決めても良いのか?大事なことだろ」


 適当に決めても使わない気がする。だってほら、恥ずかしいし。

 例えば炎を操る能力とか、傍から見たら恥ずかしすぎる。


 煉獄で燃え盛れ! クハハハハッ!


 ないな。


「正確には、能力を決めたら生徒会に能力申請の手続きをしなきゃいけないんだけどね。殆どの生徒は入学前に申請書提出してるわよ」


「は?」


 てつづき? 手続き⁉︎


「能力ってそんなにしっかりと管理されてるのか?」


「だってそうやって生徒会が管理しなきゃ能力のインフレ化が起こるのよ。負けそうになったら『隠されていた力がっ!』みたいなことになって形勢逆転。そうして相手より強くなってもまた相手が能力覚醒。いつまで経っても決着がつかないわ。そういうわけだから能力の覚醒とか進化も申請して受理されないと駄目。実際に強すぎる能力は受理されないらしいわ」


 なるほどな。『時間を止める能力』や『能力を無効化する能力』なんかがあったら反則だもんな。

 でも、と姫野は続ける。


「強すぎる能力を持つ生徒がこの学園に5人だけいるの。それが──」


「生徒会か」


「その通りよ」


 むしろ当然の流れだろう。自分以外の能力どころか自分の能力まで管理できるのだから。


「生徒会だけずるい! みたいなことにはならないのか?」


 普通なら暴動が起きそうなものだが。大人数で挑めば5人程度は楽勝な気がする。


「それほどまでに生徒会の能力が強いのよ。それにこの学園の生徒たちは生徒会のことを一種の神のように崇めているから」


 なるほど、その二つがあれば暴動なんて起こらないだろう。


「その生徒会の能力者ってどのくらい強いんだ?」


「能力が割れているのは会計と庶務と副会長の三人。超再生能力者(ハーフ・アンデッド)高位召喚術師(ハイ・サモナー)、そして──魔眼使いよ」


 俺と早乙女、二人の視線が姫野の左目へと集中する。それに気づいてか姫野は続ける。


「魔眼なんてほとんどが強力な能力。だって対象を見るだけで発動できるんですもの。それでも私の魔眼が生徒会の選考に通ったのは攻撃力が一切無いからでしょうね」


 魔眼使いってそんなにも希少なものだったのか。それなら自己紹介のときにクラスメイトたちがざわついていたのも頷ける。


「生徒会の魔眼使い、確か……『石化の魔眼(メデューサ)』だったかしら。石化、つまり見るだけで対象を石像に変えられる飛びっきり反則で飛びっきり気味の悪い(ファンタジーな)能力よ」


 魔眼使い(そいつ)に対して姫野らしい嫌味が飛び出す。言いたくなる気持ちもわからなくもないが。


「そうだ、もし五人集まって部活ができたら一番最初の活動は生徒会討伐にしましょ」


「大丈夫なのか? 生徒会の奴ら滅茶苦茶強いんだろ?」


 仮に勝てるとしてもそんなノリで行くものではないと思うが。


「何言ってんのよ。私たちには効かないじゃない」


「まあそうなんだけどさ」


 身も蓋もなく言えば『ごっこ遊び』に付き合わなければいいいんだし。そんなことをすれば学園の規律が壊れかねないけど。


 ………効かない、か。


「早く引きなさいよ。あんたのところで順番が止まってるわよ」


「あ、悪い」


 二人の手札は初期枚数に比べてかなり少なくなっていた。ジョーカーは依然として俺のところに居座っている。一巡、また一巡と順番は進んでいくが相変わらずジョーカーは俺の手から離れてくれない。そして──


「上がりました」


「私が一番に上がりたかったのに〜」


 早乙女が一位抜けし、俺と姫野の勝負となった。それから少し場が進み、俺の現在の手札はジョーカーを加えた二枚。一方の姫野は残り一枚。そして手順は姫野の番だ。


「ふふふ、今こそ私の能力『見切りの魔眼(シー・スルー)』の力を完全開放する時。『見切りの魔眼(シー・スルー)完全開放(フルリリース)』!」


「「………………」」


 姫野は自らの左目を強調する様にポーズをとり、俺と早乙女はそれをただ黙って見守る。


「この状態になるのは中学生以来かしら。唯一の欠点は三分限定でしか発動できないってことね」


「「………………」」


 気がすんだのか、普段の姫野に戻り、再び二枚のうちからジョーカーでない方を選び出そうとする。いや、若干テンション高いな。


「なあ、姫野」


「なに?」


 返事はしながらも、眼はしっかりとカードを捉えている。どうやら今の姫野なら魔眼でジョーカーを見分けられるらしい。


「お前、意外と自分の能力気に入ってるんだな」


「うぇっ⁉︎ はっ、はぁ? 全然気に入ってないし! むしろ嫌悪してるくらいだし!」


 そこまで必死にならなくてもいいだろ、俺たちは暖かい目でお前のことを見守るから。


「そんな目で私を見るなぁ!」


 顔を真っ赤にする姫野。こうやって見てみると案外可愛いな。


「〜〜っ! な、何言ってんのよ!バッカじゃないの⁉︎」


 ……思ってたことを口に出していたらしい。俺は一体どこのクソラノベ鈍感主人公だ。面と向かって可愛いとか恥ずかしすぎる。


「そっそれは兎に角っ! 私はこっちのカードを選ぶわ!」


 この空気に耐えきれなくなったのか、強引な話の切り替えで姫野がカードを引く。それは──


「ジョーカー……じゃない! やった、私の勝ちよ!」


 ああ、負けちまった。姫野はもう先ほどのことなんて忘れているようで嬉しそうにはしゃいでいる。


「気に入ってるから使ったんじゃなくて見切れる気がしたから使ったのよ! ほら、実際に私は見切ったわ!」


 はい論破。みたいな顔やめろ。その話を引きずってんのはお前だけだ。


 時間を見ると、もう7時を回っていた。


「もうそろそろお開きにするぞ」


「え、もうそんな時間なの? あっという間だったわね」


 今日に関して言えば前半にゴタゴタがあったからな。その分短く感じたんだろう。


「じゃあまた明日」


「私もこれでお暇させていただきます」


 帰り支度を終えると玄関を出た。外は既に日が暮れており、この階からは遠くの景色が星のように輝いて見えた。


「気をつけて帰れよ」


「心配要らないわよ」


「お心遣い痛み入ります」


 そう言って二人は帰っていった。部屋へ戻るとトランプが散乱している。


「後片付けくらいやってけよな」


 そう言いながらも片付けを始めた俺の気分はそう悪いものではなかった。


         ☆


 上方から吹き出た水は自身の凹凸のある身体に当たり、肌を伝って排水口へと流れていく。

 少女はシャワーを浴びながら今日の出来事を回想していた。


 片眼鏡が特徴的で綺麗な眼をしている少女。普通だけど、この学園では普通ではない少年。


 トランプ……神経衰弱……ババ抜き。


「親しく…なれた…のかな?」


 その少女から発せられた声音は小さく、おどおどとして、何処かか弱い。



 ──でも、二人が気を許してくれたのは私ではない虚構の私。



 ──もしも本当の私を二人が知ってしまったら……。



 少女の顔は青くなり、バスルームに小さくうずくまる。


「大丈夫……大丈夫……大丈夫……」


 少女は消え入りそうな声で自らに言い聞かせる。



 ──声も変えた、さらしも巻いてる。バレっこない。



 暫くの間うずくまっていた少女はふらふらと立ち上がるとシャワーを止めて、掛けてあったバスタオルを頭から被る。

 視界を遮断したせいか、思考は更に深みへと向かっていく。



 ──内気で地味で暗い(こんな私)なら装飾すればいいだけだ。誰とでも話せる性格で、地味だなんて言わせない格好に……。



「お嬢様……面駅様……」


 脱衣所には少女のものと思われる燕尾服が脱ぎ捨てられていた。



         ☆


『       個人調査表



 第2学年 8組 11番 学生番号20811

 氏名 早乙女薫(さおとめかおり)

 生年月日 平成45年 6月 6日生 17才

 住所 ——

 設定能力 『淑女優先ワンセルフ・ファースト』【D−】…自身の認めた者を周囲よりも優先してお世話できる能力。他に世話しようとする人間もいないので半ば不要な産物と化している。

 二つ名 『執事』

 備考 ・一人暮らし。

    ・トイレや更衣室で彼を見かけた生徒は誰もいないという。』

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