かっこいい弱虫。
オレには部活に行く前に必ず寄る場所がある。
部室が密集している部室棟の裏、その日が当たらないジメッと薄暗い空間には必ず1人の女子生徒がいる。
「…ぅ、ひ…っく、ぁっ、」
そうして、今日も相変わらず声を押し殺して泣いている。
「またですか、小西先輩」
「……ぁ、んたには、関係っ、な…ぃでしょ」
オレの足元で体育座りで泣いているのは同じ部活でマネージャーをしている先輩。
確かに先輩からしたら関係ないかもしれない、だけどオレにとっては関係大有りだった。
「……も、嫌ァ」
「なら諦めたらいいじゃないですか」
「…簡単に言わないでっ」
グズグズと今日も1人泣くこの人。先輩はとっくに気付いているのに、自分が好きな相手が自分には決して振り向いてくれないことを。
現にこうして泣いているのだから。
小西先輩は同じ部活のエースに恋してる。
オレはそんな小西先輩が好きで、小西先輩は部活のエースが好きで、そのエースには彼女がいる。
「……見ちゃった、の。アイツが、あの子とキスするとこ」
「……普通に付き合ってるんですからするでしょ」
「そうだけど…」
エースがもう1人のマネージャーと付き合っているのを知ってはいるが、さすがにその現場を目の当たりにしたのは相当堪えたらしい。オレだってこの人が別の男との場面を見たら強い衝撃を受けるだろう。
「……なんでエースが好きなんですか。あの人ただの女好きじゃないですか」
「…煩い、そんなの私にも分からないわよ」
そう言ってまたポロポロと泣き出す先輩。先輩はよく泣く。ほんの些細なことで、オレからしたらこの人は脆い、弱虫な先輩だ。
この人が1人泣いているところを偶然見つけたオレは、始めはからかい混じりに話を聞いていた。
先輩があの女好きで有名な我が部のエースが好きで、エースにはやっと本命の彼女が出来たとかでいろいろ愚痴みたいなのを聞いている間に、このどうしようもないくらい馬鹿な先輩がいつの間にかオレは好きな人になっていた。
オレも大概馬鹿な奴、と思ったときにはもう後戻り出来なかった。
毎日毎日、あのエースのことを思って1人泣く先輩。
(ああ、オレなら先輩を泣かせないのに)
そんな言葉が喉に引っ掛かる。本当に、この人も、オレも馬鹿だ。
でもこんな馬鹿な人でもオレの大切な人だから。今すぐあの人を諦めろとか、オレを好きになってとは言わない。
だけど、
「オレが、います。エースじゃなくて、オレが、先輩の隣に、」
「…かわ、きた?」
「エースみたいに背高くないし、無愛想なオレですけど、小西先輩の隣にオレがいます。」
動き出した口を止めようとしてもオレの気持ちと裏腹に、それは止まる気配がない。
声が震えているのが自分でも分かる。それでもオレはちゃんと先輩の目を見て言う。
この人をこれ以上泣かせたくない。だけど伝えたらこの曖昧な関係が壊れそうで怖いのも事実。
でも、今伝えないといけないと胸の中で何かが訴える。
何度も諦めようとした。先輩がエースを諦めようとしたように、オレも諦めようとした。けど無理だった。毎日泣くこの馬鹿な人を放っておけなかった。
オレなら毎日この人を笑わせることが出来なくても泣かせることはない。
「―――オレ、小西先輩のことが好きです。」
だから、どうか泣かないでください。オレはアンタの笑ってる顔が一番好きなんですから、なんて恥ずかし過ぎて言えるわけがない。
だけど、オレはこの誰よりも泣き虫で弱虫な先輩が好きなんだ。
「………なんで、川北まで、一緒に泣いてるのさ」
目を見開いていた先輩は、泣きつつ力なくへにゃりと笑った。
――…ああ、やっぱ先輩にはそんな間抜けな笑顔が一番似合う。
そうしてオレは、またこの人を好きになる。
『かっこいい弱虫。』
書いてて自分が痒くなった(笑)