輝かしい日常
ぶっ飛んだ行いをした後には、必ず代償があるもの。
俺とクリアは、今時珍しいアナログ時計の秒針に、もっと早く動けと願い続けていた。
「よし、二時間終了。正座を解いていいぞ」
校長のその声と同時に、俺とクリアは正座を崩して足を延ばす。
冷たくなった足に、血が上って行く感覚が走る。
「たく、相変わらず懲りないなあ、川神君は」
校長室の、高級感のある椅子に座る人間が、そう言葉を投げかける。
影沢施設長――――生徒達には影沢校長と呼ばれているその男は、どこかくたびれた空気を纏い、全体的にだらしない見た目で、おじさんとお兄さんのちょうど中間に位置する年齢帯の男性。校長の椅子はやけに似合っていないし、高級スーツもこの人に掛かれば、安物にしか見えなくなってしまう、ある意味凄い人だ。
「でも今回は、いつもの、ただのサボりとは少し訳が違いそうだけど」
横のクリアに鋭い視線を向けて、影沢校長はそう話す。
「まあ、そうっすね」
「僕たちのこれからを楽しみにしていてくださいよ。影沢さん」
「フッ、分かったよ。期待してる」
そう言って、影沢校長は俺達に部屋から出て行くようジェスチャーをした。
「それじゃあ、失礼しますね」
「――――ちょっと待ってよ、桜君」
俺は部屋を後にしようとするが、クリアが情けない声で俺を呼び止めた。
「何やってんだよ、速く立ち上がれ」
「足がしびれて動けないんだよ……」
「お前、世界最高峰の超人だよな……?」
「世界最高峰の超人は、罰則で正座の経験なんて無いから、弱いんだよ」
俺はクリアに手を貸して、起き上がらせる。
クリアは生まれたての小鹿のように足を震わせながら、何とか直立した。
「ていうか、何で桜君はそんなにピンピンしてるのさ。二時間正座したのは桜君も一緒なはずでしょ」
「俺は慣れてるからな。もう何度ここで正座したか分からん。今となっては、校長室のどこに何が置いてあるのかも事細かく分かるぞ」
「おお、それは凄い。流石は学校一の問題児」
「伊達じゃ無いだろ、その異名は」
「お前ら、イチャイチャしてないで早く出てけよ……」
校長にそう急かされ、流石に俺とクリアは校長室を出た。
そして、寮へ向うため、誰もいない廊下を二人で進んで行く。
ようやく痺れが治って来たのか、気が付いたらクリアの足取りが、まるで跳ねるような軽やかな足取りになっていた。
「それで桜君、地球に行くって言うのは分かったけど、具体的にどうするの?」
「ん? ああ、いい加減考えないとか」
まだ地球に行くことを目標としてから一日しか経ってはいないが、そうボケッとしている時間は俺達には無いのだった。
「一つ確認だが、クリアの能力では、どんなことが出来るんだ?」
もしクリアが瞬間移動だとかが出来るのなら話は早い。
「僕の能力は、一言で表すと自強化……かな。自分の体を好きなように強化できて、空を飛ぶことも、俗にいう瞬間移動もできるよ」
そう言うと、クリアは宙に少しだけ浮いた後で、俺の横から前へ、僅かな距離を瞬間移動した。
「おお、それは都合が良い。流石はクリア」
「でも、僕の能力はあくまで自分を強化するっていう物だから、僕は地球に瞬間移動できるけど、桜君を一緒に瞬間移動で飛ばすことは出来ないんだ。すまぬ」
「なるほど……」
「僕としては、地球の大地を始めて踏む時は絶対桜君と一緒にって心に決めちゃったからさ、そこんとこはよろしくね」
つまり、クリアは自分だけ先に地球に行き、後から合流するような計画は立てて欲しくないという事か。
「となると、やっぱ正門から出て、歪から飛ぶしかないかな」
正門は言わずもがな、このコロニー唯一の出入り口だ。
そして歪とは、誰かしらの超人の能力によって作られた、言うなら特定の場所と場所を繋ぐワープゲートのようなもの。
月面には地球へ通じている歪がある。
ただし、安全上の観点から歪はコロニーの外にあり、歪に行くためには正門をくぐってこの基地を脱出しなければいけない。
「正門の警備は厳重、か」
俺がそう呟いた時だった。不意に、俺の肩が叩かれた。
振り向くと、クリアが自身の顔を指さして、ドヤ顔をしていた。
「ああ、そうじゃん」
そういえば、こちらには世界最高峰の超人が居るのだった。
「僕に任せれば、ちょちょいのちょいよ」
「確かに。なんだ、楽勝じゃんか」
クリアが本当に頼もしい人間であることを俺は深く実感した。
――――ただ、そう上手く行くほど、この基地の防衛システムは甘くないのだという事を、この時の俺達は知っておくべきだったのだろう。
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