番外編 女神の眠りのそのあとで その1~故郷~
「じゃーん!ここが俺の育った村!」
「ずいぶんと田舎だな」
俺は、どこか誇らしげにそういった。ソレイルには田舎と言われたが、赤い夕焼けに照らされた村は、畑から引き上げる村人や、牛の飲水を水の小型魔石で出している村人達がちらほらと見える。俺の大切な故郷だ。
そのうちのひとりが、ふと顔を上げた瞬間、俺に気づいた。
「ガルド……?ガルドでねぇか?」
その声を聞いて、村人達が一人また一人と顔を上げる。
「ガルドだよ!おかえり!」
「まあすっかり立派になっただなぁ」
「すっかり立派な騎士様だ!」
あっという間に俺とソレイルは取り囲まれてしまった。
ソレイルなんか、俺の隣で目を白黒させている。
「まぁこんな別嬪さん連れてきて…」
「でもこの美人背が高くねか?」
「俺は男だ!」
隣でソレイルが耐えきれず声を上げた。オレは笑いがこらえきれない。笑顔のまま、大声で宣言した。
「みんな!ただいま!」
うちでご飯を食べていってくれ、という複数の声を後にして、俺はソレイルを連れて孤児院を併設した教会へ向かった。ちょうど、シスターが炎の小型魔石でろうそくに火をつけている。
「シスター!」
声をかけると、ふと気づいたように振り返った。
「まぁ……ガルド、と、お嬢さん…?」
「俺は男だ……」
ソレイルの反論にはなぜか力がない。
「あら、申し訳ない。」
シスターは、眼鏡を右手でくいと押し上げると、軽く頭を下げた。昔からのクセはそのままだ。
「もしかして……あなたがソレイルさん?ガルドからくる手紙に、よく書いてあります。」
「あっ……はい……」
シスターの圧の強さに押されている。珍しいソレイルを見れたな。
「そういえばお土産を持って帰ってきたんです」
俺はこの村に来るまでに狩った鹿肉の包みをシスターに差し出した。
「まあ、有難い。今日の夕ご飯は久しぶりに肉がたっぷりのシチューね。」
「シチュー!」
シチューと聞いて俺の瞳が輝いた。シスターはクスリと笑った。
「貴方は相変わらずねぇ……今日は泊まって行くのでしょう?なら、料理の仕込みもお願いします。ソレイルさんも」
「……働かざる者食うべからず、だな。分かった。」
「ソレイルの料理は凄く美味いんですよ!」
「知っています。あなたの手紙にどれだけ書かれていたと思っているのですか。」
ぴしゃりと返される。……そうそう、これが俺の知ってる昔っからのシスターだ。
「旅の食料として、じゃがいもや玉ねぎもある……使うか?」
「まあ、有難い。」
シスターは少しため息をついて、頬に手を当てた。
「最近は、この村に貴族様がいらしていて……騎士団の方も、こちらに食料を回してくれる余裕がないようなのよ。」
「貴族……?」
そこらへんの貴族なんてソレイルとソレイルの家をみたあとでは大したことない印象になってしまっている。けど、村の人達には男爵様だって雲の上の存在だ。
「ヴァルモンさまとおっしゃる貴族なのですけど」
「地方の男爵家だな……、……?ガルド?どうした?」
――聞き覚えが、あった。
どうか、と頼む父の姿。土下座までする母の姿。冷たく、身を翻して去っていく貴族の姿――。
「いや、なんでもないよ」
微笑む。
「それより騎士団が機能してないってのは問題だな!孤児院の子たちは食べ盛りなのに……」
料理の手伝いを孤児院の子どもたちとして、みんなで一緒にご飯を食べて、今日のごはん美味しい!なんてみんなで騒いだりして、笑って。そして今は粗末だけど清潔な寝室に案内されている。
「あーー……楽しかった。」
「そうだな。子どもと触れ合うのは……嫌いじゃない。」
街での日々を思い出しているのだろうか。特にリヴィなんてソレイルを先生と呼んで慕っていた。そんな事を考えていた時――
「ヴァルモン」
その名前を出されて、一瞬肩がはねた。
「急にどうした?ソレイル。」
「名前が出た時、お前、少しおかしかったぞ。」
昔俺がしたみたいに、向き合う。目をのぞき込まれる。
「あまり評判はよくない家だが……お前、何か関わりがあるのか?」
………隠してたわけじゃない。ただ、言い難かっただけ。ここで、全部ぶちまけるのも別に構わなかった。ーーソレイルは大事な相棒だ。こいつなら、変なことにはしない。
「俺の生まれた家な、あのヴァルモン男爵家と従兄弟だったんだよ」
ソレイルは驚いたように目を見開いた。
「俺んちってさ、両親が、騙されて借金負っちゃって。おまけに派閥争いにも負けてなー」
懐かしい記憶を思い出す。思ったより、胸は痛まなかった。
「俺を残して首をくくって死んじゃったんだよ。子供の俺は、なんて理不尽なんだって、世界を憎んでた。でも、親戚中に見捨てられた俺を、この村が拾ってくれたんだ。」
(あのご領主様の息子さんだべ……!)
(そんなに泣かないでけれー……)
(うちの子供になればいいだよ!)
かけられた、言葉の数々を思い出す。温かい人たち、懐かしい毎日。だから俺は、救われた。
「みんな優しくてさー……この村に派遣されてきた騎士たちなんて、狩った動物を孤児院に分けてくれたり、すっごい遊んでくれたり、生きるために剣を教えてくれたり……」
あの憧れは、今も俺のなかにある。
「お前がそんなふうになる理由がわかるな」
ソレイルはベッドに寝転んで納得したといいたげにちらりとこちらを見た。
「村のやつらを見てたら、分かる。」
……そんなふうに誰かに言われたのは、初めてだった。嬉しくて、少しだけ泣けた。
次の日は、よく晴れた綺麗な青空だった。
俺はソレイルとともに、午前中は動物を狩り、午後は子供たちと遊んでいた。ソレイルは表の木陰のベンチに座り、子供たちに本を読んでいる……と、突然、孤児院の前に馬車が止まった。
平民とは一線を画す豪華な服……そして、あの顔………従兄弟の、ヴァルモン……!
何かを探すように、ぐるりと孤児院を見渡し……ふと、ソレイルに目を止める。
「こんな場所に居るにしては、随分な美人じゃないか……来い!」
ソレイルは逆に引かれた手をぐいと引き返し、低く答えた。
「俺は男だ。……何回説明すればいいんだ、これ……」
「男?その顔で?まあその顔なら男でも欲しいというやつは多いだろう。後は……目ぼしい女を連れてこい!多少幼くてもいい!」
後ろに侍っていた男爵家の騎士たちが動く。
「止めなさい!」「やめろ!」
俺とシスターの声が重なった。
そこへ更に
「やめるべ!」「止めなさい!」「何を考えとるんじゃ」
遠くからそっとこちらを伺っていた村人たちの声が重なった。
「皆……!危険だ!」
前に出てきた皆に叫ぶ!
「それはガルドもだべ!」
「儂らは……数がいる……!」
「子供たち!こっちに逃げるべ!」
村のみんなは大人たちが壁を作り、全員で子どもを庇っている。
しかし、武装した騎士相手だ、どう考えても――
「ガルド」
「……ソレイル?」
「偶には任せておけ。」
腕を握られたままのソレイルは、従兄弟にひと言、二言何か言ったようだった。そして、ローブの下から取り出した腕に嵌っている金の腕輪を見せた――その腕輪に刻まれた家紋を見た瞬間、従兄弟の顔色が変わった。
「素直にこの村から手を引いて、騎士の派遣ももとに戻すんだな。」
ソレイルがそれだけ言うと、従兄弟はあわてて騎士を連れて馬車に戻り――一瞬、俺の顔を見て目を見開き――急いで馬を出して、帰っていった。
俺達の回りに、わっと村人が集まる。
「大丈夫だっただか?」
「怪我はないだか?」
「帰ってくれて本当に良かった…!」
「子供たちは全員無事だ!」
ぎゅうぎゅうとおしくらまんじゅうのようになりながら、俺は、ソレイルに笑った。
「ありがとな!」
「……大したことじゃない」
そして、俺たちはまた近くの都市から騎士が派遣されてくるようになったのを確認してから、再び旅に出ることにした。大きな荷物を背負って、魔力を流す。うん、今日も簡易魔法陣が良い感じに効いている。
「兄ちゃんたち……もういっちゃうの?」
「お花の冠、またつくりたい……」
「皆、2人を困らせてはいけませんよ!」
シスターはピシャリと言ったが、その声には寂しさが隠しきれていない。
「また帰ってくるだよ!」
「今度はうちの煮物食べてってね!」
「教えた家秘伝のスープ……さらに美味しくなったわ!ありがとねぇ!」
たくさんの声に見送られて、俺たちは旅立つ。ソレイルも何度も振り返って手を振っていた。けれど、戻りはしない。俺たちは、まだ見たことのないものを見に行くのだ!




