月を持たぬ白薔薇
夜半。
王城に警鐘が鳴り響いた。
静寂を裂く鐘の音が、王都アルヴェインに不穏を告げる。
北方侯の私兵が、王城外郭に集結。
名目は「王家への嘆願」。
だがその実態は、武装蜂起だった。
狙いはただ一つ。
――魔力なき王太子妃の排除。
「王妃宮を封鎖しろ!」
近衛騎士団に命が飛ぶ。
だが混乱の中、内通者が門を一つ開いた。
武装した男たちが流れ込む。
エリシアは侍女に庇われながらも、回廊へ追い詰められていた。
「王太子妃殿下をお連れしろ!」
剣が振り上げられる。
その瞬間――
鋼がぶつかる音。
男の体が吹き飛ぶ。
銀の瞳が、月光の中で燃えていた。
「触れるな」
レオン。
彼は命令を待っていない。
王太子の指示も、隊列も無視している。
ただ一人で斬り込んできた。
「レオン……!」
エリシアの声に、彼の動きが一瞬だけ揺れる。
だが次の瞬間には、冷酷な剣士に戻る。
迷いのない斬撃。
圧倒的な実力。
最年少近衛騎士の名は伊達ではない。
血が飛び散る。敵は倒れる。だが数が多い。
背後から刃が迫る。
そのとき、別方向から鋭い一撃が入る。
アルベルトだった。
王太子自ら剣を取っている。
「王家への反逆は、許さぬ」
蒼い瞳は冷え切っている。
王太子としての顔。怒りは私情ではない。
国家への挑戦への怒り。
レオンとアルベルト。
二人が並び立つ。
奇妙な共闘ーーー
やがて私兵は制圧された。
北方侯は捕縛。
内通者も暴かれる。
クーデター未遂は、鎮圧された。
夜明け前。
戦いの後の静寂。
王妃宮の一室。
エリシアは椅子に座り、深く息を吐く。
レオンは数歩離れた位置に立ち、血のついた剣を下げている。
アルベルトは窓辺に立ち、王都を見下ろしていた。
「終わったな」
低い声。
「北方侯は極刑だ。魔力至上派は瓦解する」
均衡は守られた。
だが、その代償は大きい。
アルベルトが振り返る。
「エリシア」
蒼い瞳が、静かに彼女を捉える。
「君に問う」
部屋の空気が張り詰める。
「私は君を守る。王太子として、王として」
穏やかだが、迷いはない。
「だが、君の心まで縛る気はない」
レオンが息を止める。
「……殿下?」
「私は尊重する、と言った」
アルベルトは微笑む。それは苦くも優しい笑み。
「だが彼は違う」
視線がレオンへ向く。
「彼は君を奪い、独占し、壊れる覚悟すらある」
「君は、どちらを選ぶ?」
王太子妃としてではなく。
一人の女性として。
エリシアの胸が高鳴る。
尊重という安心。
渇望という熱。
思い出す。あの毒の夜、剣が振るわれた瞬間。
命令もなく飛び込んできた背中。
“置けません”と震えた声。
彼女は立ち上がる。
ゆっくりと、レオンの前へ歩く。
銀の瞳が揺れる。
「……私は」
深く息を吸う。
「選ばれる存在ではなく、選ぶ存在でいたい」
そして、そっと、レオンの手を取った。
その瞬間、彼の理性が砕ける音がした。
「エリシア……」
低く、掠れた声。
アルベルトは目を閉じる。
「そうか」
静かな決断。
「王太子妃との婚約を、解消する」
空気が揺れる。
「これは王家の敗北ではない」
彼は続ける。
「王家が、ひとりの女性の選択を尊重したという記録になる」
それが彼の誇り。
王太子としての答え。
数ヶ月後。
王都は落ち着きを取り戻していた。
王太子妃の座は空位。
だが王家の威信は揺らいでいない。
ルクセリア王国は、新たな均衡を築き始めている。
城下町の小さな庭園。
白薔薇が咲いている。
「……もう逃げ場はありませんよ」
レオンが低く囁く。
かつて抑えていた独占欲は、隠さない。
「後悔はさせません」
エリシアは微笑む。
「私が選んだのよ」
月を持たぬ白薔薇。
だが、彼女は自ら月を選んだ。
その月は、空にあるものではない。
隣に立つ男の、揺るがぬ銀の光。
こうして、王太子妃ではなくなった白薔薇は、
ただ一人の女性として、
愛される未来を選んだ。
Fin.
ずっと温めていた作品でしたのでこの場で皆様にお届けすることができ、とても嬉しいです。
本編は終わりましたが、後日談やアルベルト目線のお話も用意しておりますので、
もう少々お付き合いくださいませ。




