12.決着
【】は蛮族の言語、「」がオスヴァルトたちの言語、の設定です。
「うぉ!?」
先ほどまでとは速度が違う。今まではある程度の余裕を持ってぎりぎりで避けていたが、今のオスヴァルトはぎりぎりでしか避けられない。
【どうしたキシ!守るんだろう!?】
ぶん!!と目の前を大剣が横凪ぎに凪いで行く。
「!?」
寸でで後ろに飛んだが体勢を保ちきれずに後ろへ倒れる。咄嗟に後転すると間一髪、ちょうどオスヴァルトが倒れたあたりに大剣が振り下ろされた。
「動きが無茶すぎるんだよ…どんな体幹してるんだ!」
いっそ面白くなってきてしまい、ははは!とオスヴァルトも笑った。もう、笑うしかない。
【いいぞ、キシ!楽しいな!!】
ケタケタと、本当に楽しそうに大男は笑いながら大剣を振るう。
こんな重い大振り、人の多いところでされれば敵味方関係なく被害が大きすぎる。オスヴァルトは右に左に翻弄しながら、徐々に混戦を繰り広げる場から距離を取っていく。
周囲からある程度の距離が確保できたところで、再度オスヴァルトは大男から距離を取った。オスヴァルトの息はだいぶ上がっているが、大男はまだ楽しそうに笑うだけだ。オスヴァルトは内心で舌打ちした。
オスヴァルトはふぅぅ、と一度大きく息を吐くと、大男をじっと見据えた。どくり、どくりと大きく脈打つ心臓がオスヴァルトがまだ生きていると教えてくれる。
【お前は、なぜ戦う】
オスヴァルトが問うと、大男はにやりと笑った。
【闘士だからだ】
蛮族の闘士はただ強いだけの戦士ではないとオスヴァルトは知っている。ただ剣を振り回すだけの連中は闘士とは呼ばれない。闘士と名乗れるのは自らの剣に誇りを持ち、それを認められた強者だけだ。騎士に、騎士の誇りがあるように。
【そうか。お前は闘士か】
オスヴァルトはゆっくりと剣を構えた。
【お前にも、譲れないものが、あるんだな】
あまりにも、月が明るい。
滴る汗すら煩わしい。ぐっと柄を握る両手に力を入れて体勢を低くする。ちり、と眉間に痛みが走りオスヴァルトはぐっと奥歯を噛みしめた。
【ははは!来い、キシ!!】
「参る!」
同時に、大地を蹴った。下から薙ぎ払われた大剣をぐっと足に力を入れて後ろへ飛ぶことで避け着地と同時に思い切り前に跳ぶ。無理な動きに筋肉が悲鳴を上げるが黙殺してオスヴァルトはそのまま大男の横へ移動して剣を凪ぐ。
「は……冗談だろ!」
大剣は反対側へと振り上げられていたはずなのにオスヴァルトの剣は大剣であっさりとはじかれる。
「腕がもげるぞ、普通!」
剣がはじかれた勢いで後ろに飛べば今度は上から大剣が振り下ろされる。更に後ろへ飛んだオスヴァルトに、大男は大剣を振り下ろしたまま頭から突っ込んでくる。
「はは……本当に人か?」
突進してくる大男の首へと下から剣を振り上げると、にやりと笑った大男が逆へと横転してそれを避け、着地すると即座に大剣を低い位置で横に凪いだ。
後ろに下がるのでは間に合わない、膝から下が無くなる。オスヴァルトはそのまま前に跳ぶと大男の頭上を前転しつつその勢いのままに大男の左肩めがけて剣を振り抜いた。
ざしゅり、と深く剣が肉を切り裂く感触と同時に濃い鉄の臭いが鼻を突く。勢いを殺しきれずそのまま再度前転して着地してすぐに後ろを振り向くと、大男が膝をつき、大剣を大地に刺して体を支えたままオスヴァルトを見つめていた。
【は……ははははは!!!あーっはははははは!!!!】
大男の笑い声が戦場に響き渡った。
あまりに大きな声に周囲から剣戟の音が消え、戸惑うようなざわめきが広がった。
オスヴァルトは目を見開いた。ぜえぜえと、ままならない呼吸を何度も唾を飲み込んで整えようと努力する。
「どうして……」
左肩の傷は確かに深く入ったが、致命傷どころかオスヴァルトならまだ動ける程度だ。けれど、大男は大剣を大地に突き刺したままその横に胡坐でどかりと腰を下ろした。
【首を取れ】
【どういうことだ】
何を言われているのかが分からずにオスヴァルトが剣を手にしたまま立ち上がると、大男はにやりと笑った。
【ただ戦うのでは勝てなかった。だから体が壊れると分かっていても無理な速さで剣を振った。俺はもう動けない。だからお前の勝ちだ、キシ】
よく見れば、大男の手が震えている。力が入らないのか、無事なはずの右腕もだらりとあぐらをかいた足の間に垂れている。
【腱が、切れたのか】
【分らん。だがもう、右手は剣を握れん。左腕は上手く動かん。俺の負けだ】
ぐっと、オスヴァルトは奥歯を噛みしめた。にっと目の前で笑う大男の顔は負けたというのにあまりにも穏やかで晴れ晴れとしている。
【そうか………】
複雑な思いがオスヴァルトを駆け巡る。
今はオスヴァルトの記憶となった未来の、主君の仇。親友の仇。側妃たちが幽閉されるきっかけになった男で、アナスタシアが不審死を遂げるきっかけになった男。
憎き仇…ではある。だが記憶の中、大量の矢を身に受けて息絶えていた男を思い出す。今、目の前で満足そうに笑うこの男にとって剣ではなく矢に射られて命を落としたあの様は、どれほど不本意なものだったのか。
全ては、オスヴァルトが弱かったせいだ。
【なあ、お前は…】
「オスヴァルト!!!」
【死ね!!】
相棒の叫びに反射的に振り返れば、オスヴァルトに向けて振り下ろされる蛮族の剣が目に入った。




