魔法が使えた?
できちゃった……。
細かく削ったチーズをさらに粉末状にしたくて、『異世界レシピ』が勧めるままに【風魔法初級 クラッシュ】を詠唱してみせたら、削ったチーズが粉砕されてパラパラの粉状になっていた。
つまり……ごきゅり。
「ぼく……ま、魔法が……」
ドキドキしている胸を両手で押さえて、興奮して赤くなる頬に熱を感じていると、ひょことキッチンに顔を出したビアンカさんが後ろから声をかけてきた。
「あーっ、もうできてるのね! いい匂いがすると思ったのよ。じゃあ、お皿をあっちに運ぶから」
ポンッと肩を軽く叩かれて、うひゃあっと素っ頓狂な叫び声を上げたぼくに、ビアンカさんはお皿に伸ばした手を止めた。
「ど、どうしたの? クルト、大丈夫?」
「ひゃぁ、ひゃい。大丈夫です。ああっと、スープもできてますから、運びますね」
「そんなにフラフラしてたら危ないわよ。あら、オスカーもいたの? ねぇ、スープを運んでくれない」
なんですと! オスカーさんもいたのですか? いつの間に?
ハッ! もしやぼくが【風魔法】を使うのを見られていたとか?
別の意味でドキドキしてきた胸をギュッと掴んで息を止めていると、オスカーさんの逞しい腕がスープの入った鍋を持ち上げた。
「おーい、ディーター。スープ皿を運んでくれ」
ポンポンと頭を軽く叩かれて、オスカーさんの顔を窺い見るけど、いつもの優しい笑顔だった。
「クルト? ご飯食べれる?」
ビアンカさんの心配そうな声に、ぼくは慌てて頷いた。
「はい。大丈夫です。あ、ディーターさん。スープ皿はこれです」
と、とにかく今はご飯を食べましょう。
オスカーさんにスープが入った鍋を、ディーターさんにスープ皿や小皿を持ってもらって、ぼくは手早く作ったレタスと玉ねぎ、にんじんのサラダにナッツとレモン果汁を混ぜた大皿を持っていきます。
テーブルに買ってきた肉串と作った料理を並べていると、レオがぴょんぴょんと跳ねながらテーブルまで移動してくる。
さあ、今夜もいつもと変わらない食卓を囲いましょう。
夜、いつものようにオスカーさんと一緒に部屋の中のテントに潜り込みます。
ちなみに無言です。
いつもなら、ぼくがレオの武勇伝やら新しく作った料理のレシピのことなんかをベラベラ喋っているのを、オスカーさんが楽しそうに聞いてくれるのですが。
な、なんかオスカーさんの態度がいつもと違うような?
も、もしかしてぼくが魔法を使ったことがバレてるんじゃ……。
別段悪い事をしたわけじゃないのに、ぼくの心臓はドキドキがひどくてなんだか苦しいぐらいです。
レオだけが無邪気に体を縦や横に伸ばして一人で遊んでいて羨ましい。
「……クルト」
「ひゃー! は、はい」
ドキドキ。
「あのさ……。そのう……」
「…………」
な、なんだろう。
「あ、明日から留守番、頼むな。ゲレオンたちのおやつも」
「はぁ、はい。おまかせください」
なんだそんなこと?
明日からギルドの活動が始まるので、オスカーさんは治癒魔法を駆使して治療院でお仕事。
この治療院での【回復魔法 ヒール】行使の依頼はポイントが高めで、すぐにダンジョン許可証受領に必要なポイントが貯まるそう。
ビアンカさんやディーターさんは領都の地理に詳しくなるため、郵便依頼や町のお店のお手伝い、それとダンジョンでの雑務依頼を受ける予定です。
明日から受付のミアさんが毎日出勤してきますけど、基本彼女はギルドスペースにいるので、ぼく一人で、あ、違ったレオと二人でお留守番です。
もちろん大工ギルド「ドワーフの金槌」のゲレオンさんたちのおやつも頑張って作りますよ?
「そ、それでな。ゲレオンたちがいるから『器用貧乏』スキルもあまり使わないように注意してくれるか?」
「えっ、そのスキルもダメなんですか?」
当然『異世界レシピ』スキルを使ったり、レオに魔法を使わせたりするのは自粛しようと思ってましたけど、生活魔法が中心の『器用貧乏』スキルまで禁止されるとは思ってませんでした。
「不便だと思うが、クルトの生活魔法は常人のとレベルが違いすぎるからな」
「そ、そうでしたね」
うーん、部屋の掃除や洗濯はできるだけ自力で頑張ろう。
レオにもちゃんと言い聞かせておかなきゃ!
「じゃ、じゃあ、寝るか。おやすみ、クルト」
「はい? おやすみなさい」
なんか、『器用貧乏』スキル禁止令を告げること以外にも、オスカーさんの態度がおかしい気もするけど、まあ、いいか。
ぼくはレオを抱き込んで寝袋の中へもぞもぞと入りこむ。
このときのオスカーさんに抱いた違和感のことを、ぼくはぐっすり眠って朝になったら忘れて思い出しもしなかった。
オスカーさんが眠ったぼくをじーっと何か問いた気に見つめていたのに……。
そして、ギルドハウスのリフォーム工事はゲレオンさんの発言どおり、十日で完璧に終了することとなる。
完璧に、内装も、調度品の納入も、庭の整備も、裏庭の稽古場の物理障壁も地下の魔法訓練場の障壁も、畑も、家畜小屋も、厩も。
それどころか、馬も馬車も乳牛も鶏も揃って。
こんなに快適なギルドハウスに変身するなんて……いったい誰が思っていただろうか?
「……父上……」
オスカーさんの呆然としてた呟きがやけに耳に残ってしまったけど。




