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8 .女の子の謎

(キッチンからいい匂い……)

 美雨は匂いにつられて優子の側に近づいていく。


「あら、美雨ちゃん。今日はね、ハンバーグよ!」

 ハンバーグ……っていつも奏ちゃんが美味しそうに食べてるお肉のことね……?


「おかあさん、私も何かお手伝いしたいなぁ」

 興味津々で玉ねぎを刻む優子を覗き込む。


「目、痛くなるわよ?」

 優子は笑いながら包丁を美雨に渡した。


 美雨はいつも優子がご飯を作る傍で、その様子をじっと見ていた。

 いつか自分もやってみたい、ずっとそう思っていたのだ。


「こうでしょ?」

 初めてにしては手際よくみじん切りをこなしていく。


「あら、美雨ちゃん、お料理するの? とっても上手ねぇ!」

 優子は手際の良い美雨の包丁さばきに釘付けになった。


「いつもおかあさんの作ってるところ見てたから……」

 次々と段取りをこなし、ハンバーグを完成に近づけていく。


「そう……お母さん、残念だったわね……。こんな可愛い美雨ちゃん残して……」

 美雨は優子の事なんだけどなぁと思いながら、悲しんでいる彼女の顔を心配そうに覗き込んだ。



 キィっと玄関の扉が開く音がした。


「奏士帰って来たわね。美雨ちゃん、ちょっとここ任せるわね」

 そう言って奏士の所に駆け寄る優子。


「どうだった……?」

 優子が小さくそう声をかけたが、奏士の今にも泣きそうな表情を見て聞くまでもなかったか……と、次の言葉を引っ込めた。


「みゅう……ちゃんとご飯食べてるかな……」

 ぼそりと呟き自分の部屋に入って扉を閉めた。


「奏士、今日はハンバーグだからね! 奏士が倒れちゃったらみゅうだって心配するでしょ?」

 ドア越しに一生懸命励ます優子を見て、美雨は居た堪れなくなるのだった。




「さあ、できたわね! 私今日はほとんど出番なかったわ。本当に楽させてくれて、ありがとうね、美雨ちゃん」

 嬉しそうな優子の顔を見て少しホッとする美雨。


「私料理好きだから、毎日だってお手伝いしたいです!」

 ふふふとハニカミながら笑う美雨がここに来てくれた事を、優子は心から感謝した。


 奏士が無言でリビングに来ると静かにダイニングテーブルに腰掛ける。


「今日は、美雨ちゃんが全部作ってくれたのよ! さあ、食べてみて!」

 早く早くと奏士に、ハンバーグを口にする事を促した。


 奏士はこんな気分が沈んでいる時に……と鬱陶しそうにフォークを口に運ぶ。



「……これ、かあさんが作ったんだろう? いつもとおんなじ味じゃないか。まぁ、俺はこの方が好きだけど……。こんな時に、つまんない冗談やめろよな」

 苛々しながらも、口いっぱいに頬張る奏士。


 美雨と優子は顔を見合わせてクスクス笑う。


「なんなんだよ、一体! 気分悪いなぁ!」

 何のためにこんな嘘をつく必要があるのかと、二人の行動が全く理解できない。



「奏士が喜んでくれて嬉しかっただけよ。冗談なんかじゃないわ。ほとんど美雨ちゃんが作ったのよ。私はただ横にいただけ」

 優子は落ち込んだ様子の美雨を慰めるように頭を撫でた。


「でも、ほんとに私の味にそっくりね! もう何年も前から私の作る所見てたみたいに、調理器具の場所まですぐに見つけてたし」

 隠しきれない感動が優子の声を震わせた。


「……たまたまだろ! ご馳走さま!」

 奏士はペロリと平らげ自分の部屋に戻っていく。


「全く素直じゃないんだから! もう!」

 呆れながら奏士の背中を見送った。



 夕食の後片付けまでしっかりと手伝った美雨は、人間になって初めてお風呂に入る。

 猫だった頃はたまにしか入らなかったが、石鹸の香りは大好きだった。


 脱衣所でブラジャーを外そうと、悪戦苦闘する。

「なんでこんなのつける必要あるのかしら……」

 やっとの思いで外し、いつも脱いだものを入れていたと思われるカゴに放り込む。


 バスルームに入ると、ずっと見上げていたシャワーベッドに、手が楽に届くことに感動した。


 蛇口をひねると噴き出す冷たい水が身体にかかり、

「ひゃっっ!!」

 と声を上げてしまう。


 曇っていた鏡が透明になり、その向こうにいる裸の自分が映り込んだ。


 奏士の裸体はよく見る事はあったが、女性である自分の裸の姿をみることが初めての美雨。


「女の人って……こんな身体なんだ……」

 鏡に映る自分に付いている、見慣れない大きな乳房につい触れてしまう。

 男性とは違う曲線を帯びた体つきに、自分は女の子なのだと自覚して鏡の前でぐるりと一回りしてみた。



「美雨ちゃん、着替えがないって言ってたから、適当にパジャマと下着買っといたのよ。ここに置いとくわね」

「ありがとうございます」

 上がった後のことなんて何も考えていなかった美雨は、バスルームの扉越しに優子にお礼を言った。


 体を洗い始めようと思い、奏士がお風呂に入っていた様子を思い出す。

(シャンプーって書いてあるのが髪の毛洗うやつね……)

(コンディショナーって書いてあるのは何かしら……)


 不思議とスラスラ読める人間の文字に感動しながら頭を泡だらけにしてゴシゴシと洗い始める。




「あぁ〜気持ちよかった!! こんな風に気持ちよくお風呂に入れるなんて、人間ってなんて贅沢なのかしら!」

 嬉しそうにふわふわのタオルを手に取る。

 猫だった時はお風呂と聞くたびに逃げ出していたことを思い出す。


 身体の水分を拭き取り、下着に手をかけた。

 パンツの履き方はすぐに分かったが、ブラジャーを手に取り立ち尽くす。付ける目的もよく分からないまま、外した時の方法を思い出してみる。


 肩紐を腕にかけ背中でホックを止めようとするが、なかなか止まらない。


「あぁ、どうしたら留まるの?! 腕が疲れて来たよ……」

 もう諦めようと思ったその時、ちょうど脱衣所の前の廊下を歩く足音がした。


「あの! 留めて貰っていいですか?」

 パンツ一枚のの霰もない姿で、ガラリと引き戸を開けた美雨。


 目の前にいたのは奏士だった。


「奏ちゃん! 留め方分からなくって……お願いやって!」

 半泣きになった美雨が突然目の前に飛び込んできたと思いきや、とんでもない姿でブラのホックを付けてくれとお願いしてきたのだ。



「ば…バカかっ!!! 早く扉を閉めろ!!!」

 耳たぶまで真っ赤になった奏士は、驚きのあまり美雨を脱衣所に突き飛ばし、『バン!!』と大きな音を立てて勢いよく扉を閉める。


 物凄い奏士の慌てように呆気にとられて、もうブラをするのを諦める美雨。


「はあ……人間って面倒ね……」

 どっと疲れて部屋に戻っていった。




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