35.一緒に居たい
「美雨、美雨が他に想ってる奴がいるのは分かってる。でも……俺、もう自分の気持ちに嘘つきたくないんだ」
奏士は潤んだ美雨の瞳を掴んで離さない。
「もうすぐ美雨がここから居なくなってしまうのも……十分分かってるんだ。分かってるんだけど……どうしても伝えたかった」
辛そうに俯き、心の声を絞り出して再び上げた奏士の表情は、今にも泣き出しそうな笑顔だった。
美雨はそんな奏士の顔を初めて見た。
ずっと一緒に時を過ごしてきて、彼の全てを自分は知っていると思ってきたつもりだったのに。
(こんなに悲しい顔をして……誰よりも他人を傷つける事を嫌う奏士が、有田さんの気持ちを分からない訳がないのに……)
全ての信頼を失くしてしまっても、今自分の目の前で必死で想いを伝えてくれている姿に、美雨も奏士への気持ちに正直になろうと彼の瞳を真っ直ぐに見つめ直した。
「奏ちゃん………。私も奏ちゃんの事……大好き……!」
(ずっとずっと片思いしていた相手は奏ちゃんだったんだよ……)
全て を曝け出して真実を伝えたかったが、猫であった事を奏士は信じてくれるはずもないだろう……話してしまったら、きっと自分は消えてしまう……、そう思って出かかった言葉を必死に呑み込む。
「美雨……」
美雨は奏士の身体に腕を回し、彼の温かさを感じながらそっと身体を合わせる。
何度もこうして抱きしめあったが、気持ちが繋がって彼に包まれる感覚は、今までと比べ物にならないくらい幸福に満たされ、伝わってくる奏士の想いを受け止め激しく震える心を抑えるように、美雨は背中に回した腕の力を強めていく。
(奏ちゃんの心の痛み、半分自分がもらえたらいいのに……)
もっと近づき、もう二度と離れる事のない様に……いっそのこと一つになってしまいたいとも思う。
二人は見つめ合い、あの映画で見た様に、視線を絡めながらもう一度唇を重ねる。
そのキスに、もうぎこちなさはない。
『もう何処にも行かないで……、ずっと側から離れないで……』
その想いだけで、何度も何度も唇を合わせお互いの気持ちを確認し合う。
この時が、儚く消え去る事のない様に……、そう願いを込めて……。
窓から見える夕陽は、もう海の向こうに沈みかけていた。
次第に暗闇に包まれながらも、終わる事のない二人の時間は続いていく。
「頼む……ずっとここ居てくれよ……」
絞り出すように奏士は美雨の頬を撫でながら呟いた。
「側にいていいの……? 奏ちゃんの側に………」
見つめ返す美雨の瞳に溜まった涙に、僅かに残された夕陽の光が集まる様に、儚げに輝いた。
「無茶でワガママな事言ってるって分かってるんだ。でも……ずっと一緒にいたい」
奏士の美雨を抱きしめる腕に力を込める。
美雨は奏士の温かい腕の中で幸せに包まれながらコクリと頷いた……
翌日、奏士は瑠美に嘘偽りなく、美雨と付き合い出した事を伝えようと決心して、自転車に乗り込んだ。
緊張感に包まれた奏士の背中を感じながら、二人はいつものように朝日に導かれ、坂を自転車で下っていく。
奏士の心が少しでも不安や辛さを取り除くことができますようにと、美雨は一生懸命に彼を想った。
もうすぐ学校が見えてくる。
奏士は今日ばかりは高く聳え立ち、目の前に立ちはだかる様に見える校舎を強い瞳で見上げた。
そんな奏士の後ろに美雨がギュッとしがみついて学校に滑り込んでくる二人の自転車を、悠人は黙って二階の教室から見つめていた……




