34.儚き恋
その日の朝、瑠美は奏士と美雨の欠席を知らされた。
嫌な予感がして、珍しく授業が耳に入らないくらいに彼女の心は動揺していた。
前日に、はっきり奏士に交際を断られた事はちゃんと自覚はしていたが、自分がそれを了承するまでは恋人同士であり、こじつけの様なものだと分かりつつも、まだ奏士の彼女の席には自分が座っているつもりだ。
納得がいくはずもなかった。
奏士と瑠美との交際していた時間には、まだ恋人としての記録が何も残っていないのだから。
いっときでも、奏士は自分に対して恋愛感情を持ってくれていたのだろうか……?
そんな事を考え出したら、負のループを永遠と回り続け惨めな気持ちになるだけだった。
「はぁ………」
机に突っ伏し、ため息をつく瑠美の背中を悠人がポンと叩く。
「あの二人……、今日休みやがったな」
フッと皮肉を込めて口角を上げる悠人。
「……」
何も返事の返ってこない瑠美に、
「なぁ、今日波来ん家行ってちゃんと話してこいよ。なんで二人揃って休んでんのか俺も気になるし、見舞いがてら一緒に行こうぜ」
悠人は同士を見るように振り返った瑠美に優しく微笑みかける。
「うん………」
瑠美は悠人が一緒に行ってくれるなら……と、気を取直した。
放課後、奏士の家のそばに行くと、初めて瑠美が奏士の家に来た時の様に美しいメロディーが風に乗って流れていた。
瑠美は立ち止まり、広大に広がる海を眺め深呼吸をする。
夕陽が彼女の髪に降りかかる様に煌めき、今にも壊れそうな儚さを帯びた表情に、悠人は一瞬女神を見た様な錯覚を起こしその美しさに息を呑んだ。
瑠美は美しい音色に耳を傾けて、奏士に初めて恋心を抱いた時の気持ちを思い出した。
悲しい程に優しいメロディーは、まるで瑠美を慰めるかの様に心に絡みつく。
しばらくすると、細く透き通った歌声が彼のピアノに乗せてふわりと宙を舞う。
訳もなく涙が溢れて、止める術が見つからない。
どうしてこんなに切ないのか……
どうしてこんなに惹かれてしまうのか……
ピアノと、その歌声はお互いを惹きあい求めあう様に一つになり、輝く海へと広がっていく。
その声の正体は美雨だと、二人は窓を覗き込むまで全く気がつかなかった。
ピアノの後奏を奏士が演奏する間、美雨と奏士の合わさった視線は一度も切れる事はない。
音が消え、次第に近づく二人の顔は、ずっと前から想いあっている恋人同士のような表情だった。
あまりにも自然に……、こうなる事が当然だったかの様に、二人は瑠美の目の前でキスをする。
誰がどう見ても、幸せな恋人同士の風景に、『何故奏士の相手が自分じゃないのだろう……』そう思った。
(あの二人の間に私が入る隙間なんて最初からなかったんだ……!!)
今すぐにでも駆け出して消え去りたい……
そんな思いに襲われているのに、二人の美しくお互いを愛でる様から目をそらせず、足が固まる瑠美。
窓の向こうで美雨とキスをしている奏士がそっと目を開けた瞬間、美しく愛を育んでいた空間が一気に壊れる音がする。
「………有田さん……!!」
奏士は驚き表情が凍りつく。
「……え?」
美雨はうっとりとした世界からまだ現実に起こっている事が把握できていないまま振り返る。
瑠美は逃げる様に自転車に乗り海辺の坂を駆け下りた。
奏士は立ち尽くしたまま動けない。
「奏ちゃん!! 追いかけないと……!! ごめんなさい……私!!」
美雨は気が動転しながら奏士の彼女の目の前でなんて事をしてしまったのだと我に返り震え出す。
「………いいんだ、美雨。」
そっと口を開く奏士。
「でも……!!」
奏士の腕を必死に引いて追いかける様に促す美雨。
「付き合えないって……昨日彼女に言ったんだ」
奏士の瞳の中に強い決心の色が見えた。
「……え? どういう事……?」
美雨は怒涛のように展開していく話について行けない。
しばらく黙ったまま奏士は美雨を見つめる。
「美雨の事が好きなんだ……。きっと、最初から、ずっと……」
奏士の瞳には深く優しい愛情が満ち溢れている。
「………奏……ちゃん……?」
熱い涙が美雨の頰を伝わり落ちていく……




