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Part.229 私だよ……!

「とにかく、この数の魔物は一度、足止めしないとまずいわね……!!」


 ヴィティアはそう言いながらも、既に魔力を高めていた。ヴィティア特有の桃色の魔法陣が彼女の真下に出現し、ヴィティアは地上から湧き上がるような風に身を任せ、呪文を唱えた。


「凍てつく龍の吐息を白とし、氷山の一角に潜む魔を黒とする。汝の求む声より舞い降りて、今ここに太古の災いを齎し給え」


 昨日までのヴィティアとは、まるで別人だ。


 杖を振り翳すと、ヴィティアは魔法を宣言した。


「【フローズン・ストーム】!!」


 ヴィティアの背後から、突如として氷の龍と悪魔が出現した。吹雪が吹き荒れ、それはハースレッドと、その周囲に居る黒い翼の兵士や魔物を凍らせてゆく。


 ものの数秒で、足元を中心に氷で包み、身動きを封じた。


「えっ……そんなに強い魔法で撃ったつもりは、ないんだけど……?」


「【モンスター・ヒールウィンド】の効果です」


 魔法を放ったヴィティアが逆に驚いたようで、少し拍子抜けしたような声色だった。


 ヴィティアが振り返ると、チェリィが魔法を展開しながら、ヴィティアに向かって笑い掛けた。


 チェリィの作った範囲魔法の中では、リーシュも自由に動く事が出来るようになっていた。……なるほど。どうやら、小さな魔物がそれぞれ魔法を展開して、魔力の層を作り出しているようだ。だからこその、強化――……そう、リーシュは解釈した。


 小さな魔物が作り出す防御フィールドが、虹色の脳から放たれる、侵食するような魔力を阻んでいる。


「うおお……うおお、魔法少女オォォ……!!」


「泣くな!! そんな場合じゃないでしょ!!」


 キャメロンがヴィティアとチェリィに向かって、感激の涙を流していた。


「なるほど……ここなら……」


 今度はミューが、魔力を展開する――……魔力? ……そうか。チェリィと魔物達の作り出す魔力を利用して、魔法を使おうとしているのだ。


 ミューの構えた二丁の拳銃が、肩に抱える程度に巨大化した。『アップルシード・ダブルピストル』。ミューの十八番だ。ミューがそれを合わせると、今度は特殊な形の巨大な銃に姿を変えた。


 動きの止まった黒い翼の兵士と、魔物達に狙いを定めた。


「【アップルシード】……【マシンガン】」


 連射した。


 次々と、リンゴの弾が兵士と魔物に向かって放たれてゆく。とてつもない爆発の連鎖だ。普段ミューが放つ一撃よりも、遥かにその威力は凄まじい。


 リーシュは、信じられないものを見ていた。グレンだけではなく、ラグナスまでやられてしまった敵陣の実力は、間違いなく凄まじいものだろう。それを、たった四人の力で一方的に攻めている――……これだけの実力が、あったというのだろうか。


「負けていられんな!! チェリィ、この【モンスター・ヒールウィンド】の効果は、範囲を出て何秒保つ!?」


「およそ五分程度だと思います!!」


「十分だ……!!」


 キャメロンが不敵な笑みを浮かべ、魔力を高めた。全身の筋肉が盛り上がる……鬼神のような迫力だ。


「まじかる☆乙女ちっく☆神拳!!」


 そして、キャメロンは――――…………動いた。


「【時を越える乙女の狂詩曲ラプソディ】!!」


 速い……!!


 弾丸のように飛び出したキャメロンは、あっという間に敵の中心地にまで移動していた。チェリィの魔力を受けて、その速さにさらなる磨きが掛かっている。


 その一発一発は、まるで大魔法の一撃だ。キャメロンが放った拳から、星屑のような波動が吹き抜ける。


 速い。そして、妙な乙女度があって、どうにも……不思議だ。


 だが、身動きが取れなくなっても黒い翼の兵士は、キャメロンの攻撃に耐えている。ハースレッドも簡単には動けないようで、苦戦していた。


 ……効いている。


「うおおぉぉおぉぉぉ――――――――!!」


 遂にキャメロンが、氷漬けになった黒い翼の兵士を、砕いた。


「やった……!!」


 思わず、ヴィティアの顔がほころんだ。


「くっ……いつの間に、魔法など……!!」


 ハースレッドが苦戦している。予想外だったのだろう、ヴィティアが再び魔法を使う事など。いつの間に、呪いを解いたのだろうか。


 そういえばミューは、呪いの使い手だった。


 ……皆、戦っている。自分も、いつまでも黙って見ている訳にはいかない。リーシュは立ち上がり、魔力を高めた。


 この、チェリィの範囲魔法から出なければ。自分も戦える。リーシュは巨大な剣を作り出し、敵陣に向かって構えた。


「キャメロンさん、避けてください……!!」


 グレンは、不思議なフィールドで護られている。……遠慮する必要は、ないだろう。


「撃ちます!!」


 リーシュが両手を合わせると、巨大な剣が射出された。


「うおっ……!!」


 その巨大さに、キャメロンが慌てて敵から離れる。


 巨大な剣はハースレッドに向かう。周囲にいた黒い翼の兵士達を巻き込んで、辺りに衝撃を与えた。


「……さっすが」


 ヴィティアが少し呆然として、苦笑していた。


「ごめんなさい、ヴィティアさん。……私、あの光っているものが苦手みたいで……」


「脳みたいなやつね。あれが、黒い翼の人たちのブレインってとこかしら」


「そうだと思います。すごい魔力ですね……」


「あの、脳みたいなやつの隣にいるの……グレンよね」


 大魔法を放ちながら、ヴィティアはリーシュを一瞥した。リーシュは喉を鳴らして、ヴィティアの問い掛けに頷いた。


 セントラル・シティ東門での戦いからずっと抱えていた、グレンの痛々しい傷が消えている。おそらく、グレンは無事だ――……しかし。覚醒させるためには、どうしてもあの脳に近付かなければならない。


「リーシュ、あんた……あそこまで行ける?」


 ヴィティアの問いに、リーシュは困ってしまった。


 勿論、方法があれば行きたい。しかし……あれに近付くたび、身体の自由が奪われる。目前で動けなくなってしまったら、もうグレンを助け出す事は叶わないだろう。


「……方法を、探してみます」


「大丈夫。前衛にキャメロン、後衛に私とミュー。ヒーラーにチェリィ。見てくれはちょっと悪いけど、この布陣なら簡単には突破されないわ」


 確かに。……お互いがお互いに作用して、見事な役割分担を達成している。


 冒険者のパーティとして、最も理想的な形。この大戦線に相応しい姿だ。


 土壇場で作ったにしては、かなり完成されている。


「リーシュをグレンの所まで、連れて行けば良いのか?」


 一度戻ってきたキャメロン。途中から二人の会話を聞いていたようだ。


 普段よりも動けているからか、その声色には少しばかりの高揚感が混ざっている。


「だが、倒してしまっても問題はないのだろう?」


 キャメロンの問いに、ヴィティアは笑みを浮かべた。


「もちろん。……キャメロン、やっちゃって!!」


「ふははははは!!」


 間違いない。……魔法少女の相互効果で、既に普段の落ち着きを失っている。リーシュは苦笑した。


 徐々に、氷の溶けた翼の兵士がキャメロンへと向かっていく。……しかし、強化されたキャメロンはそれとも互角以上に戦っていた。


 次々と、黒い翼の兵士を薙ぎ倒していく。粉々に砕かれると、兵士は光の粒になって消えて行った――……やはり、ただの人間ではないようだ。何かの仕掛けがある。


 しかし今の状況なら、相手がどうであっても関係は――……。


 リーシュがそう思った時だった。




「キャメロンさん、下がってください!!」




 咄嗟に叫んだが、間に合わない。ハースレッドに異変があると気付いたのは、この混乱した戦場ではリーシュ位のものだっただろう。虹色の脳からハースレッドへと、魔力が移動しているのを感じた。瞬間、つい先程まで苦戦していたはずのハースレッドが、ヴィティアの氷をものともせずに砕いた。


 ハースレッドが強化されたキャメロンよりも速く、キャメロンの目前まで移動する。反応できなかったキャメロンの頭を掴んだ。


 ……あの、巨漢の頭を掴んだ。


「調子に乗り過ぎだ…………!!」


 気付けば、ハースレッドはキャメロンよりも大きな体格になっていた。


 一投。キャメロンは、そのまま崖に向かって投げられる。全く対応できなかったキャメロンは、声もなく崖に激突した。


「キャメロン!!」


「キャメロンさん!!」


 ヴィティアとチェリィが、同時に叫んだ。


 ハースレッドの顔に、複雑な模様が浮かび上がった。牙は鋭く尖り、爪が伸びていく。背中から生えた黒い翼が、不気味にその存在を主張した。


 その場にいた誰もが、その姿に驚いた。


「随分、数が減ってしまったね……。……これ以上の暴挙は、許さないよ」


 恐ろしい見た目。


 黒い翼の兵士達は、まるで人の姿に翼が生えたようだったが――……これはまた、違う。顔立ちから既に、明らかに人間ではない。目つきは尖すぎるし、皮膚も既に、人のものではなかった。


 不意に、リーシュの頭に、ある予測が浮かび上がった。


「キャメロン・ブリッツ。……まず、君を始末する」


 どうだろう。ハースレッドがあの姿になった瞬間、これまでキャメロンに向かって襲い掛かっていた黒い翼の兵士が、その場に倒れている。


 ……もしも、あの虹色の光を放つ物体が抱えている魔力を、ハースレッドが扱えるとしたら?


 崖際で動けなくなっていたキャメロンに向かって、ハースレッドは一瞬で距離を詰めた。キャメロンの胸倉を掴み上げる。


「逃げて、お兄ちゃん!!」


 ミューが叫んだが、間に合わない。


「その昔……」


 ハースレッドは明らかに、リーシュに向かって話し掛けながら。


 その鋭く伸びた爪で、キャメロンの心臓を撃ち抜いた。


「お兄――――――――」


 ヴィティアが、杖を落とした。


 一瞬の事で、誰も抵抗できなかった。キャメロンは声もなく血を吐き、痙攣した――……ハースレッドは貫通した腕をキャメロンから引き抜き、それを崖際に捨てた。


 爪に付いた、真っ赤な血を舐めた。


「『ロイヤル・アスコット』という悪魔がいた。彼は、悪魔という悪魔を遥かに凌ぐ優秀な力を持ち、しかしそれ故に、人間から魔物から――……嫌われ、恐怖され、そして逃走された」


 一瞬。ハースレッドの姿が、そこから消えた。


 消えたようにしか見えなかった。その時、リーシュの背後で悲鳴が聞こえた――……魔法を展開しているチェリィの目の前に、ハースレッドが立っていた。


「しかし、そんな悪魔だった彼は、初めから悪魔だった訳ではなかった。元は、人間だった……同じ人間の手によって、魔物と統合される実験を繰り返したが故の、最後の姿だったんだ」


 チェリィが魔法を解き、小さな魔物を呼び寄せる。……焦っていた。まるで、手元は覚束なかった。


「なっ……なんで……!? どうやって防御網を……」


 ハースレッドは小さな魔力の弾を手の平から創り出し、チェリィに向かって打ち込んだ。放たれた弾がチェリィの眉間に当たり、そのままチェリィを貫通した。


 魔力のフィールドが消えた。ヴィティアも、ミューも、真っ青になっていた。リーシュは足が震えて、立てなくなってしまった。


 かたかたと震えているリーシュの所に向かって、ハースレッドは歩いた。その大きな身体が、リーシュを見下ろした。


 それでもハースレッドは、リーシュに向かって言う。


「誰のことか分かるかい、リーシュ」


 どこか、哀愁にも似た笑みを浮かべながら。




「――――――――私だよ」




 ハースレッドが、リーシュの隣に居るミューの首をはねた。


 たったそれだけで、ヴィティアのパーティは壊滅してしまった。腰の抜けてしまったヴィティアが、その場に崩れ落ちた。リーシュは呆然として、ハースレッドの言葉をただ、真に受けるしかなかった。


 ロイヤル・アスコット。


 ……それは、スカイガーデンで。……嘗て、空の国に産まれた双子のうち、片一方に魔物の血を混ぜた、張本人で。


「『個性』など、なくていい」


 つまりそれは、リーシュの。


「人間はこれから全て、ひとつの大いなる意思によって行動する。それが最も幸福で、最も正しい未来なんだ。要らないんだよ……『大多数』も……『あまりもの』も」


 リーシュの意思が、黒く塗り潰されていく。同時に、リーシュの翼が黒く濁っていく。


「やめて……リーシュ!! 行かないで……!!」


 遂にハースレッドが、ヴィティアに眼差しを向けた。びくんとヴィティアは反応し、固まった。


 ハースレッドが、ヴィティアに手の平を向ける。




 *




「ここが……魔界……」


 トムディ・ディーンは、広大な荒野に立っていた。


 ウシュクから借りた魔石を使って転移してきた場所は、何もない荒野だった。トムディと共に付いて来たのは、クラン・ヴィ・エンシェントを始めとする治安保護隊員の面々。それと、クライヌを先頭に率いる、グレンと知り合いの村の人々。


 トムディが転移した瞬間、夥しい数の魔物が走って来る。まるで、自分達の魔力に引き寄せられているようだ……魔物は、一方向から走って来ていた。


「空が……真っ黒だ……!!」


 あの場所だ。


 直感的に、トムディは気付いた。


「総員、立ち向かえ!!」


 クランの指示に従い、治安保護隊員が走っていく。


「行くぞ、野郎共オォォォォォ!!」


 ……何故か、村の人々も奮起していた。


 トムディは、咄嗟に考えた。


 もしも、自分の切り札を使わなければならない局面だとしたら――……時間は、限られている。


 そうして、走り出した。


「トムディ!?」


 クランの呼び掛けに、トムディは振り返って言った。


「村の人達を護ってあげて!! 僕は、先に行く!!」



ここまでのご読了、ありがとうございます。

第十五章はここまでとなります。


このまま、ノンストップで最終章へと進みます。(ストックはありませんが……)

頑張って書きます。

もしよろしければ、最後までお付き合い頂ければ幸いでございます。


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