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Part.228 チーム・魔法少女!

 トムディ・ディーンは、走っていた。


 ルミルとバレルは、マウンテンサイドに残してきた。それでも――……もう自分は、何もできない役立たずではない。


 その手には、聖職者の杖を。いつも来ている白基調の服に、王冠はない。馬車から降りて、トムディは真っ直ぐに、セントラル・シティの通りを走っていた。


 武器は揃えた。……もう、戦いは始まっているだろう。おそらく自分は、最後に乗り込む立場。


 一刻も早く到着しなければ。取り返しがつかない事になる前に。


「トムディ!!」


 呼ばれて、トムディは振り返った。


 どうやら、向こうも走って来たようだった。青みがかった黒髪――……トムディは、少しだけ驚いた。


「クラン・ヴィ・エンシェント……!?」


 肩で息をしながら、クランはトムディを見た。


「……グレンを……助けに行くのかい。……私達も、加勢しよう」


 クランの後ろには、沢山の治安保護隊員がいる。トムディはクランに向き直った。


「えっ……で、でも。セントラル・シティは、どうするんだよ」


「今回の問題は、他ならぬキングデーモンに一番の失点がある。……まさか、ハースレッドに裏切られるとはね……正直、私も驚いているよ。これはセントラル・シティの治安保護を司るギルドとして、大きな不安を呼ぶだろう」


 息を整えると、クランは胸を張った。


「だが!! セントラル・シティを襲っていたのがハースレッドだと分かった以上、こちらも黙っている訳にはいかない!! キングデーモンの全勢力をかけて、奴を駆逐する……!!」


 うおお、とクランの背後で無数の冒険者が吠えた。思わず面食らってしまい、言葉を無くすトムディだったが――……今この状況で、勢力が増えるのはとてもありがたい。


 トムディは頷いて、クランに言った。


「分かった。一緒に、戦おう!!」


 思わぬ出来事だったが。それでも、逆転の兆しだ。トムディはクランと固い握手を交わした。


「ちょ、ちょっと待ってくれっ!! グレンだって!? ……それは、グレンオード・バーンズキッドのことかい!?」


 今度は、別の方角から声がした。トムディだけではなく、クランもその方向を向いた。


 クランの勢力に勝るとも劣らない、人の数――……しかし、とてもではないが、戦う格好には見えない。鍋を被った中年女性や、桑を持った中年男性。その中心に居るのは、白髪の混ざった眼鏡の優男と、幼女。


 ……まず、冒険者ではなさそうだ。だが、眼鏡の優男が今確かに、『グレンオード』と。……グレンの知り合いなのだろうか。


「やあ。……マウンテンサイドの坊っちゃんだね」


 隣の幼女が、やけにすました顔でトムディに手を挙げた。


 トムディは思わず、怪訝な表情で首を傾げた。


「そこに、リーシュも居るんだろう!? 僕達も連れて行ってくれ!!」


 そう言う眼鏡の男に、クランが制止を掛けるようなポーズで言った。


「ちょっと待ってください!! ……あなた方、冒険者では無いですよね? これから私達が行くのは魔界で、とても危険な場所なんです」


「エンシェント一家の坊主。私も止めたが……そんな事言って聞く連中じゃないんだよ。悪いが、私が面倒見るから連れて行ってやっておくれ」


 眼鏡の男に向かってクランは話し掛けていたが、隣の幼女が出てくるもので、今度はクランが面食らっていた。すると――……みるみるうちに、幼女はクランとトムディの目の前で成長し、そして――……老婆になった。


 その顔を見て、クランが驚いた。


「ま、まさか……クライヌさん……!?」


「久しいね。その後はどうだい」


「いや、ついこの間までは順調でしたが……えっ!? ちょっと待ってください、リーシュ・クライヌって、もしかして……」


「私の娘だよ」


 訳が分からずトムディが戸惑っていると、クランがトムディの肩を叩いた。


「トムディ。こちら、クライヌさん。……伝説の剣士と呼ばれたラフロイグンの友達で、実はセントラル・シティの建設にも立ち会ってる、伝説の剣士だよ」


「ええっ!? 何それ!? 伝説の剣士って二人もいたの!?」


「ニュースが嫌いで顔は隠すし、未だに名前も明かさないし、とにかく神出鬼没だから……まるで、話題には挙がらないんだけどね」


 クランが苦笑して答えると、クライヌと呼ばれた老婆が言った。


「世の中に名前が残るのが嫌いなんだよ。ほっといてくれ」


 ……とにかく、変わった老婆だという事は理解した。トムディはそう考える事にして、納得した。


 なるほど。この老婆にして、あの娘が育つという訳なのか……。リーシュの天然な部分は、もしかしたらこの老婆によって作り出されたものなのかもしれない。


 老婆は再び幼女に戻って、クランに言った。


「ということで、私らも行くよ」


「し、しかし……」


「愛の力で☆村人でも戦える!!」


「そ、そういう訳には……」


 やはり、冒険者ではなかったようだ。クライヌの言葉に合わせて、村人達が吠える。


 ……駄目だ。これは、是が非でも行く格好だ。トムディは思わず、苦笑してしまった。




「魔王城に、行くのか」




 その声は、聞き覚えがあった。トムディは咄嗟に身構え、聖職者の杖を向けた。


 建物の影から、男が現れた。黒いシルクハットに、黒いスーツ……ウシュク・ノックドゥだ。帽子で顔を隠し、トムディとクランと、その他大勢の前に現れた。


「ウシュク……!!」


「待てよ、トムディ・ディーン。……何も、悪い提案をしに来た訳じゃない」


 ウシュクはポケットから、緑色の宝石を取り出した。


 それは――……見たことがある。グレンも何度か使っていた……転移の魔石だ。


「どうせ、行き方なんて分かんねえんだろ。こいつを使えば、奴等のアジトまで一瞬だ」


 何か、心境の変化があったのだろう。ウシュクはまるで覇気がなく、死んだような顔をしていた。


 トムディはじっと、ウシュクの顔を見詰めた。帽子の影から見えるのは、暗い瞳だった。


「……弟を、助けてやってくれないか」


 しばらくの間考えて、そして――……トムディは、頷いた。


「分かった……!!」




 *




 リーシュ・クライヌは、その光景を見ていた。


 先程までラグナスに襲い掛かっていた肉塊が、まるで光に浄化されるかのように消えていく。肉塊の剣に貫かれたラグナスは、肉塊を抱き締めたまま。やがて肉塊が消え去ると、その場に崩れ落ちた。


 リーシュは初めて、ラグナスに近寄った。


「……ラグナスさん?」


 目の前のラグナスは、ぴくりとも動かない。


 彼の剣は、地に落ちたまま。近付こうとすると、どうしても……あの、虹色に光る脳に近付く事になる。あれに近付くたび、リーシュの中で何かが変わっていくようで、それがリーシュの邪魔をする。


 先程から、そうだった。リーシュはとても、戦えるような状態ではなくて。


「ラグナスさん、……大丈夫ですか」


 それでもどうにか、ラグナスの所へと歩いた。


 傷だらけの身体。あちこち紫色に変色して、その色がラグナスの身体へと広がっていく。……だが、ラグナスはもう、呼吸をしていないように見えた。穏やかな笑みをたたえたまま、目を閉じている。


 リーシュは、思った。


 自分が、戦えれば。


「やっぱり、君がいると……周りの人間が傷付くね」


 心臓の鼓動が激しい。


 ラグナスのそばに寄って、リーシュはその容態を確かめた。やはり――……息をしていない。ラグナスはどうやら、事切れてしまったのだろうか。


 まだ、間に合う?


 リーシュに、ハースレッドが近付いてくる。ハースレッドが寄ってくるたび、あの虹色の脳を見るたび、リーシュの心に何かが入り込んでいく。


「さあ。……こっちへおいで」


 虹色の脳を見ないように、リーシュは顔を背けた。


 近付くたび、感じていた。徐々に、身体の自由が効かなくなっていく……どうして? あの物体を見たのは、初めての筈なのに。


 ……初めて?


 本当に、初めてなのか?


 リーシュは立ち上がった。立ち上がり……ハースレッドの方へと、歩いていく。


 いや、『歩かされて』いた。


「そうだ。良い子だね」


 駄目だ、近付いてはいけない。何かがリーシュの中へと入り込んできて、リーシュ自身の制御を奪う。にもかかわらず、それを心地良いと身体が錯覚する。


 リーシュの足は震えていた。一刻も早く、ラグナスを連れて逃げなければ。今、この時点で既に呼吸をしていないのだ。仮に生きていたとしても、ラグナスに残された時間は少ない。


 戻らなければならないのだ。なのに、どうして――……。


「遂に、『シナプス』が完成したんだよ。中途半端にさせてしまって申し訳なかったね、リーシュ。さあ、君も『大いなる意思』の恩恵を受けよう」


 不意に、リーシュの腕が引かれた。


「きゃっ……!!」


 リーシュは背後に隠された。咄嗟のことで、リーシュの視界が揺れる。


「大丈夫? ……まだ、大丈夫よね?」


 リーシュは、目を見開いた。


 金色の髪にお気に入りの髪飾りを付けた、赤い瞳の少女がリーシュを見た。震えるリーシュの腕を掴んで、不敵に笑う。


 少女はリーシュの更に向こう側で倒れている、ラグナスを見た。


「……随分と、無茶をしたのね」


「ヴィティアさん!! ラグナスさんが……!!」


 ヴィティア・ルーズは、不意にリーシュの頭を撫でた。


 以前とは違う。リーシュは、そう思った。今ヴィティアの目の前に立っているのは、恐らくヴィティアが知る限りで最も凶悪な男。ヴィティア自身の人生を、その男の手によって引っ掻き回された。


 更に、恐ろしい数の黒い翼の兵士や魔物が、ヴィティアの前に立ちはだかっている。それぞれが、ラフロイグン級の強さを持つ者達だ。その強大な魔力は、ハースレッド本人に勝るとも劣らない。


 だが、ヴィティアは前を向いた。


「おやおや。誰かと思えば……ヴィティアじゃないか。何をしに、ここに来たんだい?」


 ヴィティアは魔力を高めた。


「炎帝の賢人の理に従い、捌きの光を今一度召喚せん。太陽神イフリートの下に、因果を滅ぼさんとする全ての悪鬼に闇以上の地獄を与えよ」


 ずっと前に見た、魔導士の杖を握り締めていた。


 リーシュは驚いて、ヴィティアの手の甲を見た。


 セントラル・シティで再び出会ってからずっと、ヴィティアの両手に刻まれていた刻印。それが、消えている。


「【レッドプロミネンス】!!」


 ヴィティアの杖の先から、鋭い直線状のレーザーが放たれ、一直線にハースレッドを攻撃した。


 巨大な爆発。荒野一帯が砂煙に包まれる――……続けてヴィティアは左手に魔力を集めた。眩い光がヴィティアを包む。


「それと――――【エレガント・スティール】!!」


 あまりの眩しさに、リーシュは目を閉じた。


 一瞬。ヴィティアの背後で、激しい音がする。先程まで黒い翼の兵士がそれぞれ持っていた、剣や杖や、その他様々な武器が山になって、ヴィティアの背後に落下した。


 砂煙が晴れる――……。


「……ふざけているのかい?」


 効いていない。


 ハースレッドは無傷で、怒るでもなく、ヴィティアに視線を向けている。ヴィティアはその様子を見て額に汗を浮かべながらも、ヒュウ、と口笛を吹いてみせた。


「欠片も効いていないっていうのは……さすがに、ちょっと悔しいわね」


 この戦いが一筋縄ではいかない事を、最初から分かっていたのだろう。


「月夜を切り裂く!! マテリアル・パワー!!」


 続けて、断崖絶壁の上から男が飛び出した。


「イリュージョン!!」


 放物線を描いて、そのままハースレッドに向かって突っ込んでいく。キャメロン・ブリッツが、きりもみ状態で回転しながらハースレッドに向かって、鋭い蹴りの一撃を放った。


「おおぉぉぉおぉぉぉぉ――――――――!!」


 リーシュの前に、ふらりとミュー・ムーイッシュが現れた。


 何やら、小さな大砲のような武器を持っている。ミューは静かに、その大砲に点火した。


「セット……完了……」


 大砲の上部に付いた小さなスコープから、ハースレッドを覗き込む。


「【ウォーターメロン】……【キャノン】」


 同時に、キャメロンが叫ぶ。


「【被弾脚】!!」


 キャメロンの放った蹴りの攻撃を、ハースレッドは左腕を払うようにして防ぐ。不気味な魔法の防御壁に当たり、キャメロンはその反動を使って、こちらに向かってジャンプした。


 ミューから発射された巨大なスイカの弾が、続け様にハースレッドを襲う。


「ヘッド君、バック!! モアイ君、正面!! リトルちゃん、トライアングル!!」


 今度は、チェリィ・ノックドゥが現れた。小さな魔物が配置される……倒れているラグナス、リーシュ・ヴィティア・ミューを中に入れ、広い三角形の陣が完成した。


 杖を片手に、チェリィは左手を振り下ろし、魔法を使った。


「【モンスター・ヒールウィンド】!!」


 視界が、薄っすらと緑色に包まれる。


 戻って来たキャメロンが、陣の中に入った。先頭で拳を構える――……その後ろには、砲台と化したヴィティアとミュー。更にその後ろに、回復役のチェリィ。


 ヴィティアは、杖をハースレッドに向けた。


「魔法少女(武闘家)!! 魔法少女(機械仕掛け)!! 魔法少女(っぽい魔物使い)!!」


 リーシュはただ、呆然とする他なかった。


 この土壇場で、どうやって魔王城まで来たのか。それも、キャメロン・ミュー・チェリィを連れて。……チェリィはともかく、キャメロンは西の方へ向かったはずだ。普通に探していたのでは、どうやっても間に合わないはず。


 それでもヴィティアは、そこにいる。


「そして、本物の魔法少女!! この私!! ……四人揃って、『チーム・魔法少女』!!」


 笑うでもなく、ヴィティアは言った。


「ふざけて見える? 本気よ、これでもね……!!」




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