表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
225/234

Part.224 仮に、『伝説』としよう……!

 力を持っていれば、誰かに利用される。力を持たなければ、誰かに付き従う。


 同じことだ。


 だが、人は力を求める。……あるいは、支配のために。あるいは、欲望のために。あるいは、恐怖のために。


 自由と安全を求めるからこそ、人は強さを求めるのだ。


 魔物は、アイラを強く抱き締めた。魔法を展開する余裕も与えないほどに。


 ハースレッドが、呟いた。




「まさか……ハイランド……?」




 憎んでいたのは、あの時アイラに手を掛けようとしていた男。……そして、護ろうとしていたのはアイラと――……その、子供だった。


 遠い昔の出来事だ。記憶もなくなり、怒りと憎しみだけが残ってしまった。とうに、目的など忘れていた。


 自分が何者であるのかさえ、思い出せなくなっていたのだ。


『っだーっ! だから、ポーンは前の駒は取れないって何回言ったら分かんだよ!』


 だけど。その子供はちゃんと、育っていた。


『こいつは俺の使い魔で、スケゾーという名前だ。別に大してすごくはない』


 強く。


『スケゾー。……てめえ、後で覚えておけよ』


 強く、育った。


『スケゾー、これからどうしようか?』


 自分の見ていない所で。自分が手を掛けなくても、あんなにもしっかりと。


『行くぜ、スケゾー。俺達の出番だ……!!』


 育っていたのだ。


 不意に魔物は、微笑んだ。


「…………あ…………」


 ぴくりと、アイラが反応した。それを見て、思わず穏やかな気持ちになってしまう――……魔力が爆発的に放出されているのは、自分がもう、その役目を終えるからだ。目的を失い、この世界に留まる意味が無くなってしまったからだ。


「……思えば……父親らしい事、何一つしてやれなかったな」


 優しくなるための、強さが欲しい。


 良いではないかと、魔物は思った。


 それが、力を求める理由であるのなら。きっと彼は、誰よりも優しくなれるだろう。


 果てない未来へ――――…………。


 アイラが、微笑んだ。


 それだけで十分だ。……大丈夫。きっと、彼は復活してくれる。


 最後の魔力を振り絞って、光を集めた。アイラを連れて、魔物は真上へ――……大空へと、高く跳躍した。


 アイラが目を閉じる。……魔物も、目を閉じた。




「頑張れよ。……グレン」




 そうして。


 魔物の意識は、そこで途切れた。




 *




 ヴィティア・ルーズは、キララ・バルブレアの目の前で、真剣に言った。


「魔界への行き方を教えて」


 あまりの剣幕にキララは珍しく動揺していて、口をぽかんと開いていた。


 そこは、『ギルド・グランドスネイク』の城だ。いつも通りキララの隣に立っているモーレンと、ギルドリーダー専用の椅子に座っているキララ。対して、今しがた入口の扉を豪快に開いて入って来たのは、ヴィティア、チェリィ、キャメロン、ミューの四名。


「……な、なんじゃ、唐突に現れて!! グレンはどうした!? まったく、いつになったら迎えに来てくれるのかと待っておったというに!! 今度はいきなり、魔界に連れて行けじゃと!?」


「グレンが危険なの」


 キララは目を丸くした。……だが、仲良く話し合っている時間はない。こうしている間にも、魔界で何が起きているか分からないのだから。ヴィティアはただ、キララが事情を察してくれるのを待っていた。


 キララは溜息をついた。


「顔も出さないと思ったら、突然そんな事を言い出しおって……」


 ヴィティアの持てる手段の中で、もしも魔界に行く方法を知っている人間がいるとすれば、それは――……キララくらいのものだろうと思っていた。キララはギルド・グランドスネイクのギルドリーダーだ。行く手段は持たなかったとしても、知識くらいは所有していてもおかしくはない。


 そんな読みだったが、果たして――……。


 隣に立っていたモーレンが、口を開いた。


「……キララお嬢様。お持ちしましょうか」


「そうだな。仕方ない……あれ、なんか見た目がすごくイヤだったのだがのう……」


 キララは心底、見たくなさそうな顔をしていた。


「倉庫の像でしたよね。……すいません、どうにも記憶が薄くて」


「半裸のオヤジのやつじゃ」


 ……そういえば、どこかで見たような……気も、しないでもない。


 モーレンが頷いて、部屋を出て行く。キララは改めてヴィティア一行に視線を向けると、腕を組んだ。


「……よかろう。すぐに準備をするから、少し待っておれ。二、三日あれば、妾も向かえるようになろう」


「送り込んでくれればいいから。あなたは後でも構わないわ」


 ヴィティアがそう言うと、あからさまにキララは不機嫌な態度を取り始めた。


「さっきから黙って聞いていれば、妾をのけ者にしおって!!」


「今すぐに行かないといけないの!! 時間がないのよ!!」


 そのメッセージは、簡潔だった。キララはうぐ、と鶏を絞め殺したような声を漏らして、ヴィティアを前にして口ごもった。……そんな事は、以前から考えれば有り得ない事だっただろう。


 ヴィティアは、迷わない。真っ直ぐに、キララの目を見ていた。


 暫くキララは、ヴィティアの事を見ていたが……やがて、ヴィティアから目を逸らして溜息をついた。


「……分かった。……ただ、後で必ず妾も追い掛けるからな」


 キララの言葉に、ヴィティアは初めて笑みを浮かべた。


「ありがと」


 席を立ち、キララが部屋を出て行った。これでようやく、グレンの所へ向かう事ができる。ヴィティアは一息付いて、伸びをした。


 だが、本題はここからだ。これから先に待っているのは……戦闘。ヴィティアが最も苦手とする所だ。


 どうしようもなく、ヴィティアはぼやいた。


「あー、私も呪いで魔法が封じられてなければなあ……」


「えっ?」


 唐突に、声は聞こえた。……見ると、ミューだった。


「…………えっ?」


 ヴィティアとミューは、顔を見合わせた。




 *




 ラグナス・ブレイブ=ブラックバレルは魔界に辿り着くと、巨大な光の柱を発見した。


「あれは……!?」


 すぐに、ラグナスは異変を感じ取った。おそらくあれは、魔王城の方角だろう。


 高低差の激しい荒野。登り坂を一気に走り抜けると、そこが崖になっている事に気付く。ラグナスは立ち止まり、見晴らしの良い下の光景を見た。


 ……もう、つい先程まで見えていた光は失われていた。どうやら、消えるタイミングで偶然にも転移してきたようだ。


 魔王城は……無い。城と呼べるような物は、そこにはなかった。


 しかしどうやら、ここは『魔王城』で間違いないらしい。


 おそらく、光の中心にあったのではないだろうか。先程の光は、爆発――……ラグナスがそのように考えるのは、そこにハースレッドと、黒い翼の人間や魔物が居たからだ。


 ラグナスは剣の柄を握り、いつでも戦えるように気構えをした。


「ラグナスさん……!!」


「しっ……」


 ラグナスは人差し指を立てて、魔力を高め始めたリーシュに制止を掛ける。


 まだ、連中はこちらには気付いていないようだ。戦えるよう気構えをしながらも、魔力の反応を出してはいけない。光が治まると、その中心地になお光を放つ、二つの物体があることが分かった。


 ラグナスは視線で、リーシュにその存在を示した。


 一つは、ラグナスにもよく分からない。虹色に輝く、人間の脳のようなオブジェクト。


「ひっ……」


 急に、リーシュが悲鳴のような声を出した。何事かとラグナスが視線を向けると、リーシュは青ざめた顔をして、その場に座り込んでいた。


「……リーシュさん? ……大丈夫ですか?」


 呼吸が浅い。何かひどく緊張したような様子だったが――……リーシュは少し戸惑ったような瞳をラグナスに向けた。


「い、いえ……。なんだか、よく分からないのですけど……あれが、どうしても苦手みたいで……」


 あれ、とは。


 リーシュが見ているのは、ハースレッドの居る方角だ。ラグナスはもう一度荒野の状況を確認して、そのままでリーシュに問い掛けた。


「あの、虹色の変な物体ですか?」


「は、はい」


 本人にも、理由がよく分からないようだ。……何だろうか。


 確かに、少しグロテスクではあるだろうか。人間の脳……だが、恐怖するような類のモノではない。ラグナスには共感できない感情だった。


 リーシュの感覚は鋭い。こう反応しているという事は、脅威を感じるだけの理由があるのだろう。だが……。


 ……今、考えても答えは出ない。ラグナスは気持ちを切り替えた。


「しかし、まずいですね」


「まずい……ですか?」


「あの物体の近くに、グレンオードがいます」


「グレン様が……!?」


 そう。……もう一つは、グレンオード・バーンズキッドだ。


 虹色のオブジェクトのすぐ近く。先程、巨大な光の柱が出現していた場所と近いように思えるが……緑色の、半透明な球体の中に彼はいた。宙に浮いている。……連中がグレンオードに手を出していない所を見ると、接触できないのだろうか。


 あの魔物は、一体どうしたのだろう。


 ……この場所は、分からない事だらけだ。


「何にせよ、これで……全ての脅威が消え去った」


 ハースレッドは、黒い翼の兵士達にそう話していた。


「さあ、人間界へ行こう!! 今度こそ、セントラル大陸を掌握する!!」


 攻め込むなら、今しかない。


 ラグナスは立ち上がった。風にマントがなびいた――……どのような事情があったのかは分からないが、あの場にグレンオードが眠っている事を考えると、スケルトン・デビルは何らかの形で倒されたと考えるのが自然だろう。


 あれ程の魔力を抱えた、まさに災厄のような存在。それがどうやって食い止められたのかは、分からない。


 しかし、目的は一つだ。


「リーシュさん。グレンオードを助けに出ます。……動けそうですか」


 ラグナスはそのように声を掛けたが。リーシュは未だ、腰が抜けているようだった。


 苦笑して、ラグナスは言った。


「ここに居てください」


「ご、ごめんなさい。少し待って……」


 リーシュを待っている余裕は、ない。


 ラグナスは愛刀を構え、一直線にハースレッド目掛けて、跳んだ。


 風を切る。本気で魔力を放てば、この程度の距離なら一瞬だ。特に、速度を重視した剣技を主として戦う自分にとっては。


 本気で、ハースレッドに向かって一刀を振り下ろす。願わくば、一刀両断するつもりで。


 振り抜いた剣は、しかしその道半ばで防がれた。


 黒い翼の兵士が剣を抜き、ラグナスの行く手を阻んだ――……ラフロイグン・ショノリクスだ。


「…………君か」


 ハースレッドがラグナスを見て、忌々しいと言わんばかりの声色で呟いた。


 殺気を放つ。ラフロイグンはその昔、セントラル大陸の西で起こった戦争で多大な功績をあげ、伝説になった。あのギルデンスト・オールドパーでさえ、比較にならない実力を持っている。


 だが、戦争が終わるとすっかり、その身を隠していたのだ。人の噂になる前に――……だから、滅びの山で出会った老人がラフロイグンだとは、あの時は考えもしなかった。


 接触した剣は、互いに一歩も引かない状態で鍔迫り合いになっていた。


 ラグナスは、口を開いた。


「――――まだ、脅威は残っているぞ」


 構わず、ハースレッドを睨み付ける。


 良いだろう。


 相手に取って不足はない。


 ラグナスは目を閉じ、一気に身体の力を抜いた。


「むぅっ……!?」


 セントラル・シティの東門では、グレンオードが戦っていたという。……ラグナスの動きに反応してラフロイグンは呻いた。どうやら、まるで意識が無い訳でもないらしい。


 操られているのとも、また違うように見えるが。ラフロイグンほどの男を従える何かが、ハースレッドにあるとも思えない。


 ならばやはり、あの不気味な脳のオブジェクトだろうか。


 軽やかにラフロイグンの剣をかわすと、踊るようにラグナスはラフロイグンから距離を取り、振り向き様に剣を構えた。


「行くぞ、ライジングサン・バスターソード。気張れ……!!」


 一瞬の隙も、油断も有り得ない。


「【ウェイブ・ブレイド】!!」


 剣から衝撃波を飛ばす、ラグナスの技だ。ラフロイグンは刀の切っ先を合わせて、ラグナスの攻撃を弾いた。


 黒い翼の兵士は沢山居るが、戦っているのはラフロイグン一人だけだ。……どうやら、ラフロイグン一人でも勝てると思われているらしい。ハースレッドはにやにやとした笑みを浮かべて、戦況をただ、見守っている。


 舐められたものだ。


「ラグナス・ブレイブ=ブラックバレル。君が今、相手にしているのは『伝説』だよ。同じ剣士として彼に勝てると思わないのなら、ここは引いた方が良いんじゃないかな?」


 ラグナスは、目を見開いた。


「笑止!!」


 ラグナスとラフロイグンの剣が、激しくぶつかり合う。斬り付け、返し、引いた。


 功績を残すからこそ、『伝説』と呼ばれるのだ。だが、それがために優劣を付ける事などできない。


 一度ラフロイグンと距離を取り、ラグナスは力を溜め込んだ。全身の筋肉が歓喜し、脈動している。――良い兆候だ。


「この剣は!! 獣よりも激しく、魔物よりも険しい!!」


 ラグナスは、動いた。




「【クラッシュ・ブレイド】!!」




 一閃。


 ラフロイグンの剣が、粉々に砕け散った。ラグナスは自身の愛刀『ライジングサン・バスターソード』をハースレッドに向け、笑みを浮かべるでもなく、口を開いた。


「なるほど。俺はそうは思わんが、仮に貴様が従えている男を今、『伝説』としよう」


 輝く金髪。切れ長の瞳が、ハースレッドを捉える。


 背中でラフロイグンが、膝をついた。




「ならば俺は、『神』になるまでだ」




 ハースレッドの顔から、笑みが消えた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ