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Part.204 どうして助けた!

 ラグナスは全身から強い殺気を放ち、今にも黒いローブの男に襲い掛からんとする勢いだった。一方、黒いローブの男は突然の来客に、少々面食らっているようにも見えた。


 ウシュクは地面に座り込んだまま、微動だにしない。チェリィは勢い余って出て来たは良いものの、どうすれば良いのか分からずにいた。


 緊張が走る。ラグナスが身を屈め、黒いローブの男に向かって魔力を高めた。


「――――今ここで、君の相手をするのは得策ではない、か」


 どうやら、黒いローブの男もこの場で戦うべきか、悩んでいたようだった。


 ラグナスが眉をひそめる。しかし、黒いローブの男は徐々に姿が薄くなり、その場に『存在』しなくなっていく。


 ……召喚魔法。チェリィがそう気付いた時には、黒いローブの男は半分以上、背景に溶け込んでいた。


「良いだろう。ラグナス、ウシュクは君にあげるよ。……それにもう、そいつがどう足掻いたところで結末は変わらないし、ね」


 ラグナスは構えを解き、剣を鞘に納めた。


 まるで霧のように、黒いローブの男はその場に霧散した。そうすると、急にその場に静寂が訪れた。


 少しばかり、ラグナスは驚いたようだった。珍しく額に汗など浮かべて、拳を握り締めていた。


「あの、魔力で……。召喚体だと言うのか……」


 納得が行かない様子で、男が消えた空間を見詰めていた。チェリィはラグナスに向かって、駆け寄った。


「ラグナスさん!!」


「チェリィさん。……お怪我はありませんか」


 ラグナスはチェリィの手を取ると、白い手の甲にキスをして、柔和な笑みを浮かべた。だが、チェリィはラグナスの様子に、どこか物悲しい印象を受けた。


 何度かチェリィも、グレンを通してラグナスと接触する機会があった。しかし――……相変わらず、この男は何を考えているのか、いまいちよく分からない。


 ノックドゥが危機に陥った時、彼が助けに現れたという。その時から、この状況を予測していたのだろうか。


 チェリィがチェリア・ノッカンドーと名を偽って冒険者をやっていた事についても、ラグナスは特に文句などは無いようだった。


 ラグナスは両手でチェリィの手を握ると、言った。


「貴女とは一度、ゆっくり話をしてみたいと思っていましたが……俺は一度、セントラルに戻ります」


「セントラルに? ……グレンオードさんの所に、ですか?」


「いいえ。街を護るためです。グレンオードが戦えない以上、前回以上の戦力でセントラル・シティに攻め入られれば、セントラル・シティは崩壊へと向かうでしょう。セントラルが堕とされれば、人類そのものが滅びかねません」


「で、でも。セントラル・シティには、キングデーモンが――……」


「キングデーモンは、もう使い物になりません」


 ラグナスはきっぱりと、そう言い切った。チェリィはどういう意味だか分からず、戸惑ってしまった。


「大丈夫。連中はもう、ノックドゥを攻める必要は無いでしょう。ノックドゥそのものに用があった訳ではなく、ノックドゥを弱体化させる事こそが奴の狙いだった。俺は、そのように考えています」


「ノックドゥを、弱体化……?」


「そうすれば、間違いなくセントラル・シティから戦力が移動するからです。そのために連中は、グレンオードがノックドゥのギルドリーダーになる事を阻止しようとした。セントラル・シティを真正面から堕とすのは困難でも、ノックドゥを打ち破るだけならば、そう大した話ではない」


 そうか。


 セントラル・シティは、キングデーモンの本拠地だ。屈強な名のある冒険者が何人も滞在している――……先日、セントラル・シティの東門で連中は魔物を仕掛け、それをグレンオードによって阻止された。あの時、奇遇にもセントラル・シティは非常に手薄な状態だった……もしもそれが、偶然ではないとしたら。


 ノックドゥとセントラル・シティを殆ど同時に攻撃し、一度それが阻止されたのなら、ノックドゥにキングデーモンの人間が移動する事でセントラル・シティが手薄になり、もう一度攻撃を仕掛ける事ができる。……この作戦は、初めから二段構えだったのだろうか。


 ラグナスは、この一連の流れをそう見ているのだ。つまり、全ては繋がっている出来事なのだろう、と。


 一歩。ラグナスは歩き出した。たった一人、冷静に物事を俯瞰して見ている男。チェリィはラグナスの内側に、非常に深い怒りを感じた。


 予め出来事を想定して動いていなければ、ノックドゥに助太刀するのも、この場で黒いローブの男と対峙するのも無理な話だっただろう。グレンだけではなく、ラグナスもまた、連中の計画に真正面から挑むつもりなのだ。


「あの、ラグナスさん」


 思わず、チェリィはラグナスを呼び止めていた。ラグナスが振り返った時、チェリィは何を聞いて良いのか迷ってしまったが……少し考えると、チェリィは言った。


「……ラグナスさんは……連中と関わりがあるのですか」


 すると、ラグナスはふと口の端を吊り上げた。


「そうですね。……できれば、そうであって欲しかった」


 それは、どういう意味だろうか。


「……おい」


 去り行くラグナスに、ウシュクが俯いたままで声を掛けた。相変わらず地面に腰を下ろしたままで、ウシュクは視線の焦点を合わせずに、ラグナスに言った。


「……どうして、助けた?」


 ラグナスは無表情のままで、ウシュクを見下ろした。いや――……どちらかと言えば、険しい表情だった。




「死ぬことで、罪滅ぼしができると思ったか? ――――甘えるな」




 ウシュクは、目を見開いた。


 ラグナスはその言葉で顔を上げ、ウシュクに背を向けた。静かに歩き去りながら、ウシュクに向かって冷たい言葉を突き付けた。


「もしも――……もしも、そんなにも簡単なことで、人を裏切った事に報いられるのであれば。……俺はとうに、そうしていた」


 その言葉もまた、チェリィには意味の分からないものだった。しかし、ウシュクは何をラグナスに聞き返す事もなく、ラグナスの姿がやがて森の向こう側に消えるまで、黒いシルクハットを押さえたままで、表情を隠していた。


 そうして、その場にはチェリィとウシュク、二人だけが残った。


「……城に戻りましょう、兄さん」


 チェリィがそう言うと、ウシュクは呟くように言った。


「どうして、お前も俺に付いて来たリしたんだ」


 チェリィはその言葉に微笑んで、ウシュクを見下ろした。


「……戻りましょう」


 ウシュクは舌打ちをした。


「どいつも、こいつも……」


 歯を食い縛りながら、唸るようにそう言ったウシュクの言葉に、チェリィは対応する術を持っていなかった。しかし――……これで良かったのではないかと、チェリィは思った。


 同時にチェリィは、ある一つの決意を胸に秘めていた。




 *




 師匠がここに俺達を置いて行ってから、数日が経った。


 初めはどうなる事かと思ったけれど、『龍の巣』は意外と快適だった。中を歩いてみると、確かに家が無くともそれなりに生活できるようになっていたのだ。


 巨大な鐘はさながら『島』で、中央に行くと水場があり、ドラゴン達はそこで水を飲んだり、水浴びなどを行っていた。どうやら、木の底から湧き水のように出ているようだったが――……詳しい構造はよく分からない。地上の水を引っ張って来ているのだろうか。透き通るように美しく、常に循環している。ただの湖に見えるのに、不思議な状態だ。


 あちこちに様々な種類の果物がなっていて、それが食べられる。ドラゴン達と同じように俺達は果実を食べ、時には花の種を食べたりもした。


 夜は人が横になって寝られる程度に巨大な葉っぱがあり、これが枝から伸びていて、寝転がるとベッドのようにふわふわと沈むのだ。これが驚く程に快適で、時折枝の隙間から見える月を眺めて眠る。


『龍の巣』での生活は、そんな状況だった。


 師匠が言っていた通り、俺達はやはり龍にとって若干のストレスになるらしく、滅多にドラゴンと出会う機会はなかった。もし出会っても言葉が通じるかどうかも分からないので、特に声は掛けない。向こうも知らぬ顔で通り過ぎていった。


 時々、先生――レッドウールという名前の、マグマドラゴンと出会う事があった。その時は他愛もない話をしたが、暫くするとレッドウールも奥地へと消えて行った。


 最初は結構奥の方まで行っていたけれど、ドラゴンが姿を現さない事を確認して、俺達はひとつの場所に寝床を持ち、そこで生活する事にしていた。


 その日は心地よい日差しで、俺は先生の背中にいた。寝転がって昼寝をするほど、その場所は平和だった。


「スープ?」


 不意に、俺はそんな事を先生から聞いた。


「そうだ。時々、マックランドが作っていたんじゃないか? ……あれはな、龍の卵を使って作っている」


「あー……野菜が沢山入っていたやつですか。そういやあ、結構な頻度で作ってましたね。でも、卵なんか拝借して怒られないんですか?」


「卵と言っても無精卵だ。種によって様々だが、例えばマグマドラゴンは一日に一度、必ず卵を産む。つがいでなければ一個二個、持って行った所で何も変わらん」


 そうか……スープしか作れない人だと常々思って来たけれど、そんなからくりがあったのか。


 巣の中では先生も幾らか穏やかになるらしく、ただの多少頑固な老龍だった。俺が先生の背中から起き上がると、先生は俺を一瞥して言った。


「持って行くか? あの娘が料理できるみたいだっただろう。喜ぶかもしれんぞ」


 リーシュか。……そういや、昨日も取って来た果物と食べられる植物を使って、料理をしていたな。


 俺は頭を掻いて、欠伸をした。


「……じゃあセンセ、ひとつ貰って行っても?」


「構わんよ」


 俺は先生の隣に転がっている卵をひとつ、掴み上げた。子供の頭ほどもある、巨大な卵。俺は先生に手を振って、寝床に戻る。


 一度卵を置いて、それから今日も果物を取りに行こう。


「めちゃくちゃ平和だな……」


 ぽつりと、俺はそう呟いた。


 ここに居れば、生活に必要なものは全て揃っている。誰からの脅威も受けないし、働く必要もない。……確かに、休むのには打って付けの場所なのかもしれない。


 ……まあ、服さえ着られればなー。


 大小様々な葉っぱに弦、藁のような植物もあるお蔭で、腰巻を作るのはそんなに難しい話ではなかった。一枚の葉っぱの中央に穴を空けて、首を通して着るというのも試してみたが……正直、あまりにも格好悪かったのでそれは止めた。


 まるで原始人だ。暖かい場所だから、これでも全く寒くはないんだが……どうも、タイムスリップしてしまったような気分だ。


 セントラル・シティに戻れば、ちゃんとした家具もシャワーもあるんだけどな。……いや、服なら持っているんだけど。何しろ、着られないのだから仕方がない。


 まあ、別に良いか。誰が見ている訳でもないんだし。


「おーい、リーシュ? 戻ったぞー」


 目印のある場所まで戻って来た。寝床の葉っぱの枕元に籠を作って、魔法で圧縮された小さな袋を幾つも置いている。俺とリーシュの私物だ。


 ……どうやら、まだ戻っていないみたいだな。


 先生の背中で、思ったよりも長く昼寝をしてしまっただろうか。日は既に落ち掛けていて、枝の向こう側に見える空は橙色をしている。


 晩飯を取りに行こう。


「リーシュ、晩飯を取りに行って来るなー」


 返事はない。


 すっかり口数の少なくなったリーシュは、俺と二人の状況でも、たまに話すだけだ。食は細いし、夜はいつもうなされている。


 そろそろどうにかしないといけないんだけど、これといってうまい改善策も思い付かない。……困ったもんだ。


「……スープ、ねえ」


 ふと、思い付いた。


 俺が作ってみようか。


 師匠の味は、俺しか知らない。リーシュが良しとするか分からないが、たまには自分が作る以外のものを口にしてみても、良いんじゃないだろうか。


 そうだ。そうしたら、少しはリーシュも元気になるかもしれない。


 そうと決まれば、まずは水だ。師匠のスープには、何が入ってたっけ? 内容は毎度違ったような気がするけど……思い出せ。確か、ここにある素材だけでも作れる組み合わせがあったと思う。


 俺は、水場に向かって歩き出した。


 あの時は、こんな所に来ないと手に入らない食材を沢山食べていたとは思いもしなかったな。


 苦笑して、俺は弦を避けて、水場に足を踏み入れた。


「きゃっ…………」


「えっ」


 瞬間――……俺は、フリーズした。


 純粋で透き通るような湖に入っている、白い肌。水と夕日を浴びて淡く光るくびれ。肩甲骨から腰骨にかけてのなだらかなライン……少し驚いたようなリーシュの表情が、そこにはあった。


 頭に血が昇る。慌てて俺は太い枝の陰に隠れ、リーシュに背を向けた。


「おい……なんで水浴びなんかしてるんだよ……!!」


「ご、ごめんなさい。少し、汗をかいたもので……」


 今に始まった事じゃない。俺はもう、何度もリーシュとこうして鉢合わせていた。俺が声を掛けても、リーシュが返事をしないのだ。


 誰も居ないし訪れない事が分かっているから、こう何度も全裸のリーシュと鉢合わせると。元々服を着ていないから、普段からきわどい恰好だし、なんというか――……ああくそ、静まれ俺の煩悩……!!


「ちゃんと聞こえるように声掛けてるだろ!! どこに居るのか返事してくれよ!!」


「ご、ごめんなさい」


 水の音が、こっちに近付いて来る。


 心臓の鼓動が大きくなっているのが、妙に恥ずかしい――……




「……空気のようにしていないと……また、グレン様が危険な目に遭うのではないかと」




 その言葉を聞いて、俺は。


 先程まで熱くなっていた体温が、ゆっくりと冷えて行くのを感じた。水面から伸びる太い枝を挟んで、リーシュが俺の後ろにいる。その声は沈んでいて、今にも消えてしまいそうな程に小さい。


「関係ねえよ。……ここには誰も来ないんだから。何かあっても、先生が護ってくれるんだから」


「そうですよね……ごめんなさい」


 ここに来たのは。休もうと思ったのは、リーシュにも居場所がある事を、伝えようと思ったからだ。




 ……………………よし。



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