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Part.202 連れられて龍の巣

 俺とリーシュは師匠に呼ばれて、黒い龍の背中に乗った。


 全身艶やかで一本の毛もない、漆黒の龍。これも、師匠の仲間なのだろう――……俺が前に召喚したマグマドラゴン程ではないが、ぐんぐんと速度を上げ、上空へと昇って行く。


 やがて雲を突き抜けるまでに高度を上げると、龍はどこかへと進み出した。師匠は俺とリーシュにはまるで顔を向けないまま、風を切って無言を貫いている。


「……師匠。……どこに向かってんすか」


 俺は問い掛けたが、師匠は答えなかった。


 リーシュは少し不安そうにしていたが、何も言葉を発する事はなかった。スケゾーもまた、仏頂面をして座っているだけだ――……どこに向かっているのか、気にならないのだろうか。或いは、流れに身を任せているのか。


 やがて師匠は、腕を組んで胡坐をかいた姿勢のまま、俺には顔を向けず、進行方向に視線を合わせたままで言った。


「……魔界だ」


「魔界?」


 そんな場所に、一体何の用があって。


 俺達人間にとっては、魔界というのは基本的にブラックボックス、誰も訪れない場所だ。気軽に足を踏み入れれば何が起こるか分からないし、人間も居ないから誰かが助けに来る事もない。余程の手練れで、魔界に住む魔力の高い魔物を相手にして無傷でいられる者でなければ――……魔界に行く事はできない。


 では師匠はどうかと言われれば、当然師匠なら、魔界でも普通に暮らしていけるだろうとは思うけれど。


「スカイガーデンは、知っているな」


「あ、ああ。俺とリーシュと、何人かで行った事があるけど……」


 ちらりと、師匠はリーシュを見て言う。


「金眼の一族が住まう『スカイガーデン』……あの空飛ぶ島は、どこから発想したものか知っているか」


 ……発想? 空飛ぶ島の由来……って事か?


 師匠の質問に、俺は答えを持ち合わせていなかった。沈黙したまま、誰も喋らない事を確認すると、師匠は続けた。


「……セントラル大陸ではない、この世界にあるもう一つの大陸。又の名を『魔界』と呼ばれているが……そこに『天空の鐘』と呼ばれる、巨大な木がある」


「天空の、鐘」


「雲を突き破る程の長い幹。その上で細長い枝が入り組み、島程もある巨大な空間を作っているんだ。外から見れば、その巨大に入り組んだ空間が鐘の形に見える、という訳なのだよ」


 天空の、鐘。聞いた事は無い、が……どうやら、そういう場所があるらしい。そこに向かっている、という事なんだろうか。


「鐘と言っても、遠くから見てそのような形に映るだけで、実際は枝が入り組んでいるだけだ。中に入る事もできる……ただ、細長い枝はまるで網になっているかのように入り組み、『床』を作った。だから、『天空の鐘』の中に入れば、そこは地上と変わらず、歩く事ができる。魔物も住んでいる」


「……なるほど」


「金眼の一族は『天空の鐘』を見て疑問を持った。『あの細い幹に、一体どのようにして、あれだけの巨大な鐘が釣られているものだろうか?』……と」


 師匠は俺を見て、ふと微笑みを見せた。


「――こうして、それが巨大な魔力によって達成されているものだと気付き、金眼の一族は『スカイガーデン』を作った……という訳なのさ」


 一体どうして師匠がそんな話を俺にするのか、俺にはてんで理解できなかったけれど。


 話の流れからして、そこに向かっているのは間違いなさそうだ。……でも、本当にどうしてなんだ。


 師匠は再び俺に背を向けると、先程までに比べると幾らか小さな声で、呟くように言った。


「すまなかった。グレン……そして、リーシュ」


 背中にいるリーシュが、呼ばれた事に少しばかり驚いているようだった。


 俺はどうにも空虚な気持ちで、師匠の言葉が何を意味しているのか分からず、感情を起こす事が出来ずにいた。


「……どうして、謝るんですか」


「ノックドゥでの事だ。……前もって、ウシュク・ノックドゥが原因だと見抜く事が出来なかった。私は他の誰もと同じように、リーシュを……リーシュ・クライヌを、疑ってしまっていた」


 師匠は滅多に、人に謝らない。元々さっぱりしている人だからかあまり人に懐かず、従って、人と揉め事を起こす事が少ないからだ。


 そんな師匠の珍しい表情を、俺は見ていた。


 こうしていると、大賢者マックランドもどうという事はない、一人の女性だ。


「真っ先にリーシュを疑った、治安保護隊員や住民にも問題はあるだろうと思う。……しかし、私はお前を良く知る立場の人間として、気付いていなければいけなかった。信頼してやらなければいけなかった、と思ってな。……少し、反省しているんだ」


 俺は師匠の言葉を聞いて、思った。


 ――そんな事、後だからそう思うんだ。


 どうしても、周囲の言葉に耳を傾けなければならない瞬間というものは、ある。それがどんなに後から考えれば不条理な事だったとしても、当時の状況ではそう考えるしか無かった……なんていう事は、なんら珍しい事じゃない。世の中によく起こっている事だ。


 もし時が戻ったとしても、きっと師匠は同じ事を考えるだろう。偶然でも、配慮が足りていなかった訳でもない。


 その判断は、当時の師匠にとっておそらく、最善だったのだ。


 そんな事で、俺は師匠を責めたりなんかしない。


「『天空の鐘』はな、別名『龍の巣』とも言う。レッドウールが住んでいる場所でもあるんだ。空気は綺麗で、雲の上だから雨が降る事もない。そうでありながら中央には『天空の鐘』そのものが地面から吸い上げた巨大な湖があり、一年中栄養価の高い果実が成っていて、木の中では気候も安定している」


「……レッドウール?」


「お前……マグマドラゴンのレッドウールだよ。忘れたのか?」


 ……マグマドラゴンの? ……レッドウール?


『何の用だ、こんな時間に』


 ふと俺の頭に、不愛想な老龍の顔が思い出された。


 ……ああ。先生の名前って、そんなんだったっけ。……仕方ないよなあ、あいつはいつも俺の事を『小僧』って言うし。名前を聞くタイミングなんか無いんだよ。


「私が長い間、修行で籠っていた場所でもある。宿も要らずに生活できるんだ、あの木の上では」


「……はあ。まあ、龍の巣については分かりましたけど……それで、どうして俺達をそこに?」


 師匠はふと笑って、言った。




「休息できる場所を探しているかと思って、な」




 ……なんだ。


 師匠は俺が今どんな気持ちでいるのか、既に見抜いていたのか。


「私の弟子だ。レッドウールを通じて、もう龍達にはお前達の事を話してある。……セントラル・シティには戻り辛いだろう? 暫く龍の巣に姿を隠して、噂が落ち着いてからゆっくり戻ればいいさ」


 少し、感動してしまった。


 見てくれているものだ。やっぱりどれだけの間離れていても、師匠と俺は家族なのだと感じる。一時はリーシュを疑われる事もあったが、基本的には心優しい人なのだ。ただ少し、がさつで男勝りでズボラで短気で可愛気がないだけなのだ。


「……お前何か今、失礼な事を考えなかったか?」


「いえ、別に何も」


 あと、エスパー。




 *




 やはり龍は速く、半日ほど進むと、すっかり見た事の無い景色になっていた。


 前方に、緑色の巨大な鐘が見える――……しかし、よく見てみれば確かにそれは、複雑に入り組んだ枝だ。緑色に見えるのは、おそらく枝に葉が付いているから。細かく組まれているのは底の部分だけで、枝の隙間から中に入れるようになっている。


 ……しかし、ここが魔界か。分厚い雲に覆われていて、地面の様子を確認する事はできない。今がたまたまこうなのか、それとも常時の事なのか。


 俺達は黒い龍に乗って、そのまま龍の巣――……『天空の鐘』の内部へと、潜った。すぐに着地すると、長く続いた飛行から降りて、師匠は俺達に向かって手招きをした。


 促されるままに、俺とリーシュも地面――……枝へと、降り立った。


「お疲れさま。……ここが、『龍の巣』だよ」


 一見して、その様子は一言で言えば『森』だ。幾つも複雑に絡まった枝が頭上のずっと上まで続いていて、空は見えない。木漏れ日が枝葉の隙間を伝って俺達の立っている枝……いや、この際『地面』と表現しよう。地面を照らし、落ち着いた印象を与えている。


 俺達の立っている地面は、細い枝が幾重にも絡まって構成されている。枝がべらぼうに細いからなのか、デコボコとした感覚ではない。龍が通る道だからか葉は無く剥き出しの枝だが、少し柔らかい感じだ。


 不意に、師匠が俺の背中から声を掛けた。


「グレン。……眠れているか?」


 急にそんな事を言ったのは、俺が余程疲れているように見えたからだろうか。


「……母さんの夢を、よく見るんだ」


 正直に、俺は師匠にありのままを伝えた。


「夢の中で、いつも母さんは俺に『ごめんね』って言うんだ。どうにも、それが辛くて――……だから、あまり眠れていないかもしれない」


「……そうか」


 頷いて苦笑しただけで、それ以上師匠は俺に何も言わなかったし、何を聞く事もなかった。


 何の確認だったのかは分からなかったけれど、師匠はそれで少し、納得したような様子だった。


 俺達を降ろすと、すぐに師匠は龍の背中に戻った。


「色々と歩き回って、住む場所を決めるといい。レッドウールに言えば、いつでも私が迎えに来てやるから」


 ……今日からここで、暫くの間は暮らす事になるのか。


 師匠が暮らしていたと言うんだから、まあ大丈夫なんだろう……けど、森に暮らすというのはどうも落ち着かないな。あたかも森のようなのに虫も居ないみたいだし、本当に龍しか住んでいないのだろうか。


 まあでも、せっかく師匠が気を遣ってくれたんだ。居場所がないのは本当だし、ここは甘えさせて貰おう。


「分かった。……まあ、なんとかやってみるよ。ありがとう、師匠」


「おっと、そうだ。龍は、加工されたモノを嫌う。視覚的に落ち着かないとストレスになるみたいでな、人工物は一切排除してくれ」


 そうか、確かにな。師匠の口利きがあるとは言え、龍の住処にお邪魔させて貰う形になるんだ。勝手に人間の居場所としてスペースを作る訳にはいかないか。雨も降らないみたいだし、まあ家は無くても問題は……


 ……ん?


「えっ? ……師匠、ちょっと待って。……何? 服も着ちゃ駄目なの?」


「お前の毒々しい赤いローブは龍にとって目障りなんだよ。気を遣え」


「いや、じゃあ黒いローブとか、なんかそういうのにするからさ。……それで手を打とう」


「ダメだ。ただでさえ人間が来る事でストレスになるのを譲歩して貰ってるんだぞ。どうしても何か着たいなら、適当に木の葉でも繋げて着れば良いだろう」


「いやいやいや!! 原始人か何かなの!? 師匠ここに住んでたって言ったよね!? どうしてたんだよ!!」


「別に、これだけ暖かければ服は要らんだろ。人として暮らすのに何の問題もない」


 人として暮らすのには何の問題も無いかもしれないが、女として暮らすという意味では完全に終わっているとしか言いようがない……!!


 師匠……ぶっ飛んだ人だとは思っていたが、まさかこれ程とは……。ええっ。家もなし、服もなしで生活しろってか。食料は水と果実のみ……って、どんなサバイバルだよそれは。


 師匠は眉をひそめて、腕を組んだ。


「別にどうという事はないだろう。いつからお前はそんなにナヨナヨした性格になったんだ」


「あんたの神経が太すぎるんだよ!! 俺は山の上にだってちゃんと家を建てたぞ!?」


「とにかく、そういう事だから。ゆっくりしていけよ」


 そう言うなり、師匠の龍が羽ばたき始めた。


「おいっ……!! 師匠!! ちょっと待てって!! あとは何がタブーなんだ!? ちゃんと説明して行ってくれよ!!」


「まあ、後は適当に空気読んでやってくれ」


「無茶言うなアァァァァ!!」


 行ってしまった。


 ……いや。俺、龍が人間に何を求めるかなんて一切分からないんだが。……大丈夫なのかよ、本当にこれで。


 どうやら俺は、今日から原始人になるらしい。……長い魔導士生活ではあったが、こんな経験は初めてだ。


 ……まあ良いや。俺以外に人も居ないみたいだし……確かに、これだけ沢山の枝があったら服くらいは作れるかもしれないな。葉っぱも一枚一枚が様々な大きさだし。誰にも見られていないんだったら、まあそれでも……。かなり抵抗はあるが……。


 俺は振り返り、頭を掻きながら中を見回した。まずは、拠点にする場所を決めないとな。別に、家を建てないならどこでも一緒のような気がしてきたけれども。


 歩き出すと、俺の服の袖が引っ張られた。


 ……ん?


「…………」


 リーシュが、何やら困った様子で。上目遣いに、俺の事を見ている。


「……リーシュ?」


「…………」


 ……そうか。……俺一人じゃなかった。


 俺だけならば、どうという事はないけど。……リーシュにまで、原始人みたいな生活をさせてしまうのは……。まあ、普通に考えたらやっぱり……駄目だよなあ。


 ……どうしよう。




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