-The past of the girl.2-
そんな日々も長くは続かなかった。
ある晩、少女は不意に目を覚ます。寝る前に飲み物を飲みすぎてしまいトイレに行きたくなってしまったのだ。
部屋から廊下に出ると、使用人の姿はなく、照明も明かりを落としていた。当たり前だ。今は夜中の三時。外門の警備員や、物好きな使用人以外はみんな寝静まっている時間だ。
少女は暗がりの中を、手に掲げた小さな照明を頼りに壁伝いに進んでトイレを目指す。屋敷のみんなに「よくできた子」だと褒められていても、やはりまだまだ幼い女の子。いつお化けが飛び出してくるのかと、内心怯えていた。
その後、何とか無事に用を終え。丁寧に手を洗い再び廊下に出ると、父親の書斎から光が漏れているのが見えた。
こんな時間に何をしているのだろうと思い、扉に聞き耳を立てる。中からは話し声が聞こえた。人数はおよそ三人だろうか。父親に母親、それから父専属の執事の声だ。姉は…どうやらいないようだ。
「なんでこんなことに…」
「ごめんなさい、あなた…」
「旦那様…奥様…」
三人が深くうなだれているのが声の調子から分かる。どうやら良い内容ではないらしい。
「私が…病で不妊なんかにならなければ、跡継ぎの男の子を生めたはずですのに…」
「……せめてあの子達が男の子だったら…」
(!?)
今までの話は分かりかねていたが、父親のその一言は何故かはっきりと聞こえた。
その一言は頭の中でグネグネと形を変えてゆき、悪魔の一言になった。
ナゼオマエタチガウマレテキタンダ と。
「っ!?」
少女は一瞬で泣き崩れてしまいそうになるのを堪えて、背を向け逃げ出した。しかし、足は震えて思うようには進んではくれず、扉との距離はなかなか開かない。
早く逃げなきゃ、早く逃げなきゃ…
気がつくと少女は自室に戻ってきていた。一心不乱に逃げてきたから気に留める暇もなかったが、どうやら気付かれずに済んだらしい。
早速少女は外出用の身軽な服に着替える。次に部屋中の貴金属をかき集め、手ごろな大きさの巾着に押し込む。これでしばらくの生活費くらいにはなるだろう。
準備を終えた少女は部屋から屋敷の外の庭へと速やかに移動し、警備員の隙を見て外門を一気に走り抜ける。幸い気付かれることはなかった。
そのまま力の限り走り抜いてきた少女は、息をつくために一度足を止めて振り返る。案外距離は開いてはおらず、五〇〇メートル程しか進んでいないのがわかる。
少女は一瞬戻ろうかと迷ったが、引き返すことはなかった。
もう、後には引けないのだ。
少女は愛する家族と故郷に別れを告げた。
少女が目を覚ますと、地平線で黄金に輝く太陽が空を金色に染め上げていた。
資金を節約するために、少女が貨物列車に無断乗車してうたた寝をしながら乗り続けること数時間。どうやら朝になったようだ。
明るくなっても、線路ばかり続く何もなかった光景に、ふと、一本の木が現れた。それは線路の向こう側の地平線からどんどん増えていき、それらはやがては森になった。森の近くにはいくつかの家屋が点々と存在していた。どうやら人が暮らしているらしい。
興味を持ち、そこに行きたくなった少女は適当なところで列車から降りて、森の周囲を歩き始めた。
しばらく歩き続けていると森の近くに街が見えてきた。少女が暮らしていたところよりもはるかに発展している。初めて見るものばかりに、少女は年相応に興奮して駆ける。
ローソクのような形をした灯台、やたら屋根のとんがっている家屋、何十メートルもあろう巨大なビル群、いろいろなものが取り揃えてある大きな店、面白そうな遊具がたくさんある公園、他にもたくさんいろいろなものがあった。
そして少女は夢中になりすぎてしまい、人気のない裏路地に迷い込んでいることに気がつくのが遅れてしまった。
少女は顔つきの悪い二人組に追われていた。必死に逃げてきたがしかし目の前はもう行き止まり。後ろからは追っ手がにじり寄ってくる。
「くっく。まだガキだが、こいつは将来上玉になるだろうぜ。売り飛ばせば結構な額になりそうじゃねえか、なあ」
「それもいいけどよ。売り飛ばす前にでかくなるまで俺たちの世話をしてもらいながら、たっぷりと教育してやろうぜえ」
少女はこれから自分の置かれる境遇を理解して戦慄する。絶対につかまってはならない。しかしその思考とは裏腹に足はすくんでしまっていた。
目の前に男の手が伸びる。