二度目(?)のデート その5
いよいよデート編ラストでございます。
「で、話したいことって?」
観覧車に乗り込み、動き出すと開口一番に尋ねられた。もう少し違う話で和んでから切り出したかったのに。こうなっては意を決するのみ。
「見合いのことです」
「そうだと思った。朝からずっと人の顔を見ては何か言いたそうだったからね」
感づかれていたか。やっぱり顔に出るのかな。
「どうしてわたしと付き合おうと思ったんですか。上司からの見合い話だからって無理してるならやめてください。見合いが終わった時点で義理は果たしてるはずです」
鮫島さんはわたしの話を穏やかな顔で聞いていた。大方、話の内容も予想していたのだろう。
「もしおじちゃんに面と向かって断りづらいなら、わたしから話しても……」
そこまで言うと、彼はわたしの言葉を遮った。
「君は専務への義理で私が付き合おうとしていると思っているのだな」
「そうです。それ以外に理由がありません」
「本当にそう思う?」
ふいに向けられた視線から目がそらせなくなる。熱を帯びたような強い眼差しに鼓動が速まる。そんな風に見ないでください、勘違いしそうです。
「……わたしみたいな女が珍しいから付き合っちゃえ……とか?」
必死に考えた理由を口にすると、少し困ったような顔。
「半分正解だけど、半分ははずれかな。確かに君みたいな女性は私の周りにいなくて、珍しさもあって興味を持ったのは認める。でもね、君が初めてだったんだよ」
「何がですか」
「初対面で、営業スマイルじゃなく素で笑ったのは」
そうそう、忘れもしませんよ。爆笑されましたね。あの時の記憶が再びよみがえる。
「それに私の周りにいた女性は打算的な人間が多くてね。私の顔色を窺って取り入ろうする女ばかり。本心では何を考えているのかわからない。“金目当て”、“肩書目当て”、“顔目当て”だろうがね」
「聞いててむかつくのはわたしだけですかね」
自慢かい! まあ事実だけどさ。悔しいけどそこは認める。
わたしの問いをまるっと無視して、彼は話を続ける。
「でも君は本性を探るまでもなく全部顔に出る。だからかな、君の前では飾らない自分でいられる。一緒にいることが心地いい」
今すごくいいこと言われてない??
「離婚してからはもう恋愛とかどうでもよくなった。仕事だけしていれば、余計なこと考えなくて済むからね。するといつの間にか私生活なんてなくなっていた。専務はそんな私を心配して、見合い話を持ってきてくださったんだが、初めから断るつもりだった」
でしょうね。写真も釣書も見てなかったし。
「まあ、見合いの席自体が流れてしまったら、また話を持ちかけられる可能性があったから、それは阻止したかったけど」
うんうん。わたしが断ろうとしたときに、鬼のように睨みつけてきたもんね。
「だから相手が君でも、君のお姉さんでもよかった。とりあえず見合いした事実さえあればね。でも君に出会ってしまった」
真っ直ぐわたしを見る目に釘付けだ。もう心臓がおかしい。
「君となら、ありのままの自分でいられる。もう一度恋愛してもいいと思えた。これが理由」
こ、これはもしかしなくても愛の告白!? フラグが立ちまくってる。
「だからきちんと言うから、ちゃんと聞いて。樫本羅那さん、私と結婚を前提にお付き合いしてください」
わたしは固まった。告白なんて人生で初。しかも結婚を前提ってプロポーズされたも同然だよ。
と、とりあえず何か言わなきゃ。でも何て言えばいいのかわからない。鮫島さんの話は、自分が想像していたものとはまるで違ったから、シミュレーションが追いつかない。
「昨日君、『とりあえず付き合ってみます』って返事したよね。ということは、君もこの話を前向きに考えてくれていると取ってもいいかな?」
「そ、そうですけど。でもわたし、まだ鮫島さんのこと好きかどうか、よくわからないんですけど……」
「私のこと、嫌い?」
「まさか。嫌いな人間と一日過ごすほど、暇じゃないですよ」
「じゃあ問題ないね。私は君のこと、割と好きだし」
”割と”ですか……。嫌な言い方。
「わたしも“割と”嫌いじゃないですよ」
厭味返しに、彼は苦笑する。
「それ、返事になっていないよ」
じゃあはっきり言ってやりますよっ。
「鮫島さんのこと“割と”好きな方なんで、よろしくお願いします」
やけくそ気味に言ってみた。
悔しいけど、この人のこともっと知りたいって思っちゃったし。かっこいいし、優しいし、大人だし。勿論そこ目当てではない、うん。そこは強調する。ちょっと性格悪いけど、何より一緒にいて楽しいもん。好きな方だと思う。
すると鮫島さん、正面に座っていたわたしの腕を引き、自分の膝の上にわたしを乗せた。わたしは足を横に投げ出して彼の膝の上に乗っかっている状態。
ちょっと! ち、近い! 近いんですけど!! わたしが男に免疫ないの、あなた知ってるでしょう?
今にもぶっ倒れそうな衝撃にあっぷあっぷしていると、意地悪そうな笑みを浮かべた彼と目が合う。そんな表情なのに、見惚れてしまう自分が憎い。
腰に手を回されて、抱き締められるような体勢になってしまう。恥ずかしくて直視できなくて、思わず彼の肩に顔を埋める。耳に息がかかって身体がぞわぞわっとする。何だよこの感じ。
耳元でフッと小さい笑いが聞こえた。低くて甘~い声がわたしをさらに混乱させる。
「これからよろしく、ラナ」
一瞬で赤くなる。ななな、何これ。甘い、甘いよ。虫歯になりそう。しかもこの人、初めてわたしを名前で呼びかけたよ。これまで“君”だったのに。殺す気ですか!!
顔をあげられないわたしの髪をずっと撫でている鮫島さん。このこなれた感じがまたむかつく。若葉マークには荷が重いんです。
しかし彼は再びわたしに仕掛けてくる。またもや耳元で、甘ったるいセリフを落とす。
「ラナ、……キスしようか」
ななななな、何言ってるんですかっ!! 冗談じゃないですよ!! 付き合って一日目ですよ。展開の速さジェット機並みですか! わたしは徒歩希望ですよ!!
あまりの慌てっぷりに、彼はわたしを抱き締めたまま笑い始めた。
「ごめんごめん。ちょっと面白かった。反応が初心でかわいい」
わたしは彼の膝から離れて、キッと睨みつけた。
「か、からかったな――――!!」
真っ赤な顔で怒るわたしを見て、またもや大爆笑。ホントによく笑う人。笑われているのは気分悪いけど、こんな素の笑顔を見せるのがわたしだけっていうのは優越感があってちょっぴり嬉しい。
観覧車が地上に到着し、先に降りた鮫島さんが手を差し伸べる。その手をギュッと握って地上に降り立った。それから駐車場に戻るまで、ずっと手を繋いでいた。夕方になって寒くなってきたのに、わたしには温かく感じた。心も、手も……。
その後、食事をして家の前まで送ってもらった。別れるのが少し名残惜しい。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。楽しかったよ」
「じゃあまた。おやすみなさい」
「おやすみ」
ああ、恋人っぽいやり取り。憧れがあったわけじゃないけどいいな、こういうの。慣れないけど。車が見えなくなるまで見送りながら、そんなことを考えていた。
家に入り、お風呂につかりながら考え込む。
今日一日、いろいろありすぎた。疲労感は半端ない。まさかまさか彼氏がいる身になったのが昨日だというのに、結婚前提? どうなってんの? 何かの罠?
考えれば考えるほどに鮫島さん一色になってしまう。その日は早々に眠ることにした。
ようやく一区切りつきました。
いつもありがとうございます!