第97食 迫るのは魔王ではなく、『魔女』!!
夕闇迫る、紅蓮の浜辺。
響き渡るのは、闇野イルカのアナウンス。
《ルールは至って単純!! 距離は1000m!!》
「長くない!?」
言いながらミツルは、1キロ先にある白い旗を、おぼろげながらも捉えた。
なおも、イルカの案内は止まらない。
《ゴールに突き立てられたあの旗を、先に取った者が勝利だ!!》
「はいはい、無視ね!? わかったよ、さっさとやろう!!」
相手はババア。
魔女とはいえ、お年を召している。
ミツルは楽勝ムードで、スタート位置についた。
魔女のジェマイマも「よっこらせ」と声を出して、隣にうつ伏せになった。
「ヒッヒッヒ……」
胡散臭い笑い声が潮騒に混じる。
横で寝そべっているのは、痩せていても独特の雰囲気を纏う魔女。
勝負の前に、ミツルは気圧されまいと、彼女に声をかけた。
「よろしくお願いします」
謙虚。
たとえ相手が不気味なババアだろうと、礼儀は忘れない。
それが真菜ミツルという男の矜持だった。
「やっぱり、ジャパニーズ坊やは、いいもんだねぇ」
「ははは……」
もっとも、その生き様こそが、こういった変人を集めてしまう要因となっていることを、彼は知らなかった。
《ヘッズ・ダウン!!》
号令が海に轟く。
旗に背を向けた状態でうつ伏せになっている二人は、両手の上にアゴを載せ、スタートに備える。
――パーン!!
乾いた音が響くと同時に、両者はくるりと向きを変えながら、その身を起こす。
始まったのはサマーダッシュ。
その名も『全力疾走!! ときどきドキドキ!? ビーチフラッグ対決!!』。
どこからともなく聴こえてくるのは、ピアノによる激しい3連符と、波のようにうねる低音――。
※ピアノによる伴奏(今回は血刀アキコが担当)
タタタ、タタタ、タタタ、タタタ。
デレレレレレ、デッ、デッ、デーン。
タタタ、タタタ、タタタ、タタタ。
デレレレレレ、デッ、デッ、デーン。
(レース。先頭を行くのはミツル。彼のすぐ背後には魔女のジェマイマ)
♪潮風に乗って、こんなにも疾く駆けるババアは誰か
♪それはミツルを追いかける魔女だ
♪ミツルは高速のババアに追われる恐怖にしっかりと耐え
♪夕闇ですっかり冷えてきた砂を、ババアに引っ掛ける勢いで蹴り足を強める
※伴奏、繰り返し
(レースは変わらず、ミツル優位。しかし、すぐ後方から押し寄せる重圧に、彼は顔を青くさせている)
GMイルカ:♪ミツルよ、なぜそんなに顔を怯えさせているんだい?
ミツル:♪イルカさん。魔女が見えないの? 黒いローブの裾をたくし上げ、とんがり帽子を被ったその姿が。
GMイルカ:♪ミツルよ、それはイギリスのババアが思いのほか、速かっただけだよ。
魔女:♪さぁ、可愛いジャパニーズ坊や。お姉さんのところにおいで。とても素敵な、イングリッシュマフィンを用意しているよ。日本にはない、エッチなお店を経営しているよ。坊やには無料で、好みの嬢をつけてやろうじゃないか。
ミツル:♪イルカさん!? イルカさぁん!! 聞こえてますか!? あのババア、走りながら、とんでもない下世話な誘惑をしてきます!!
GMイルカ:♪落ち着いて。落ち着くんだ、ミツルくん。枯れた自らよりも、プロを紹介するそのやり口。魔女にしては、良心的だと思えないか?
魔女:♪いい子だから、さあ、諦めなさい。三人まではつけてあげられるから。上に下。そして、耳元。すべての嬢に、お前の面倒を見させるよ。揉んで、揺すって、囁いて。極上の世界を約束してあげよう。
ミツル:♪イルカさん!? イルカさぁん!! ダメです、この人!! 魔法なのかな!? 配信に耐えられない、センシティブすぎる幻覚を、俺に見せてくる!!
GMイルカ:♪セクシーだろう? 出資したのは私だからね。ボインボインのパツンパツン。男の夢が、広がっているだろう?
魔女:♪イギリス人は、イギリス以外のことに興味がない。だけど私は別だよ。お前が可愛くて仕方がないんだ。逃げ惑う日本男子。いつ見ても、夢中にさせてくれる。それでも、どうしても嫌がるお前さんには、最終兵器だ。
ミツル:♪イルカさん!? イルカさぁん!! なんか足が、体が、ビリビリします!! 電気の魔法かなんかを使って、僕をいじめてきます!! これって、反則じゃないの!?
(いよいよレース終盤。魔女から猛烈な攻撃を食らいながらも、ミツルは乳酸が溜まり重くなった足を動かすのをやめない)
♪コンプライアンス、そしてリテラシー
♪ゲームマスターは不穏なものを感じ、口をつぐむ
♪彼は痛みにうめくミツルを恍惚とした眼差しで見つめ
♪長い間じっと、見つめて、見つめて
♪そうしているうちに、ようやくのことで、レースに決着がつけられる
―――――
―――
―
♪沈みゆく夕日を背にビーチフラッグを手にしたミツル
♪しかし、身も心もボロボロになった彼は
♪そのまま、黄昏の浜辺へと、倒れ込んだ
《……勝者、真菜ミツル!!》
潮騒が呻る波打ち際に、イルカのアナウンスが響く。
これにて、歌劇『魔女』は終幕。
年甲斐もなくハッスルしたジェマイマは、眠りこけるジャパニーズ坊やを内心で労う。
追走しながら撮影していたウカウカ先輩は、その足を止めると、ぐっと握りこぶしを作って、ミツルの健闘をたたえた。
やがて、彼女の後ろからやってきたキャプテンとビアンカが、心配そうな顔でミツルに駆け寄る。
最終決戦を控え、彼らが無理やりにでも行いたいのは、恒例のもぐもぐタイム。
ミツルが目を覚ましたそのとき、ジェマイマも加わったテーブルには、果たして何が並べられているのだろうか――。




