第66食 ホームセンターで
靴底もとろけそうな真夏の夕刻、涼を求めるかのようにホームセンターは賑わっている。
作業着姿の職人、ガーデニングやDIYの愛好家、家族連れからお年寄りまで。
様々な客層が、それぞれの目的を持って広い店内を行き交う。
店に入ってすぐのアウトドア用品コーナーには、ギャルと男子大学生の姿もあった。
「またバーベキューしたいね?」
折り畳み式の椅子が並べられた棚を見上げていたノイチが、ミツルへと振り返る。
「うん……」
彼女の歩くペースに合わせて、大型のカートを止めたり押したり。
その作業に集中するあまり、ミツルは自分が生返事をしていたことに気づく。
「ごめん、嘘ついた。もうちょっと涼しくなってからやる方が、俺は好き」
「私も」
お互い、照れたように笑い合う二人。
その姿はどこからどう見ても、交際中の男女にしか見えない。
ところがこの二人はまだ、ちょっとしたすれ違いを起こしている最中にあった。
「あ、そうだ。ついでだからさ、もち丸のトイレの砂も見ていこう?」
「え? あんな重いの、持って帰るつもりなの?」
しまった。
そんな正論を説く必要はなかったと、ミツルは言ったそばから後悔した。
二人の間に、気まずい沈黙が流れる。
こんなとき、車があれば。
ふと重なった想いが、二人のこんがらがった事情をピンと伸ばしてゆく。
「……ミツルってさ、車買えないの?」
「たぶん、審査通んないから、無理だと思う」
楽しい時間を妨げてしまっただけでなく、彼女の期待にも応えられなかったミツルは、やるせない思いを抱えて目を逸らした。
一方でノイチは虎視眈々と、使える裏ワザがないか、手札を数えていた。
「……おばあちゃんに買ってもらう?」
また何を言ってんだ、この世間知らずは。
ミツルはそう思ったが、ノイチは自分で出したアイディアに興奮していた。
「お金は少しずつ返せばいいし、それでいいじゃん! そうすれば、おばあちゃんも色んなところに連れていけるし、私だってお米とか、重いもの買うときにミツルに車出してもらえばいいし!」
「待て待て待て。こういうこと言うのも何だけど……まず、そんな金あんの?」
「あるよ! たぶん!」
「ホラ、たぶんじゃねぇか!」
考えは正しいのかもしれないが、詰めが甘い。
今回のケースでは倫理的に考えても、ミツルには気が進まない提案だった。
「百歩譲ってお金があるとしても、よそ様のばあちゃんに払わせるっていうのは、ちょっと……」
「なに言ってんの!? ミツルは大学卒業したら、私と」
赤い顔してムキになっちゃって。
お次は何だ? 世界旅行にでも連れてけ、ってか?
予測を済ませたミツルは、今日もわがままを受け止めてやろうと、彼女に笑顔を向けて次の言葉を待った。
「……結婚、するじゃん」
――パニック開始。
ん?
結婚?
誰が?
俺が?
ホームセンター来て、いきなりミックスナッツをカートにぶち込むような女と?
え?
いつ、攻略したの?
は?
プロポーズされたの、俺?
ホームセンターで?
こういうのって普通、夜景が見えるレストランとかで
――――――――
――――――
――――
――
そういうことをした男が、いたなぁ。
背伸びをしてね。
連れて行ったわ、俺。
それらしきことを、してます。
そうだよ。
夜景の見えるホテルビュッフェで。
そこで指輪まで渡しちゃって。
そうか。
あれが、そうか。
そうか、あれが、そうか。
え?
そうか。
あれが、そういうことか。
え?
だったら、俺って、すごくない?
『断るとか、あるの?』
とか言ってなかった、俺?
俺の知ってるミツルは、そんなこと言わない。
言ったけど。
じゃあ……ゴールですか?
走ってるつもりは、なかったけど。
いやいやいや、怖いって。
もっと落ち着いた方がいい。
なにかの間違いかもしれないし。
これが本当に現実なのか、確認しないと。
どうやって確認するの?
ちょっと……試してみようかな?
前から、ずっと言いたかったことがあったし……恥ずかしいけど。
でも、言わないと確認できない。
よし、言うぞ?
今、言うぞ?
すぐ、言うぞ?
……言うよ?
「ノンちゃん、さ……俺、ずっと、す、好き、大好きだよ?」
変なんなっちゃった!
ストレートに「ずっと好きでした」って、言おうとしただけなのに!
緊張して、変なんなっちゃった!
でも――。
「……」
――赤くなってる!!
キモがられてない!!
嘘でしょう!?
嘘じゃない!!
カップル成立ってこと!?
ってことは、なにしてもいいの!?
ほっぺたとか、触っても……いいのかな?
ピトッ。
嫌がってない!!
ほっぺ、あっつ!!
めっちゃスベスベ!!
めちゃくちゃ柔らかい!!
よく見ると、耳まで赤くなってる!!
「……んっ」
耳はそこまで柔らかくない!!
でも、耳たぶは柔らかい!!
俺の耳と全然違う!!
え?
なにやってんの、俺!?
ホームセンターで!!
婚約しました、俺!!
ホームセンターで!!
いや、婚約はホテルビュッフェでしてたんだけどね。
なんだぁ……バカだったな、今までの俺。
どう考えても、あれはそういう……まぁ、過去のことはもういいか。
それより、これからのことを真剣に話し合わないと。
なんてったって、多摩だからね。
このまま車なしの生活を続けてたら、足だけムキムキになっちゃう。
「そしたら、車の件は今度、ばあちゃんに相談してみようか?」
「……うん」
夫婦の会話みたい。
え?
今の、俺だよね?
現実感がないんですけど。
上から自分を見てるみたい。
……アヒルの世話なんて、やってる場合かなぁ?
この精神状態で、小屋なんて作れっかなぁ?
……就職先とか、どうしよう。
ぶっちゃけ、ずっと考えてた。
ばあちゃんが死んだら、ノンちゃんをどう食わすか、とか。
定期的に、そんなことばっかり、考えてたよ。
そのあたりの決意を、改めて語りたい。
ホームセンターで。
「絶対に、大切にします。だから……」
「ミツルぅ!」
まだ全部言ってないのに、抱きしめてきたぁ……。
こういうの、どうしたらいいのか、いまだにわからない。
いつもの悪ふざけだと、叱り飛ばせるんだけど。
今この状況でそんなことしたら、たぶんダメだよね?
誰か、攻略本書いてほしい。
五万までなら、出します。
「汗のニオイがする」
「……ボディシートとかも、見ていこうか?」
「そうじゃなくて……ギュってして?」
「……ちょっと待って?」
周囲に人がいないか、確かめる。
「ど、どこ行くの?」
「いいから、いいから」
キャンパーたちがこぞって見ていたので、もっと人気のない、奥まった自転車売り場にまで彼女を引っ張る。
それからミツルはぎこちなく、ノイチの背中に手を回した。
「もっと強く!」
「はい!」
彼女に指導され、遠慮していた両腕に力を込める。
アウトドア用品から自転車、ペット用品に資材まで。
幅広く商品を取り揃えるホームセンター。
当店では稀に、こういったロマンスもお求めいただけます。
「……帰りにさ、入り口で売ってた『アイス抹茶ラテ』飲みたい」
「うん。飲みな?」
「そうじゃなくてぇ……一緒に飲もうって言ってんの!」
「あ、そういう……もちろんです、はい」
ただし、秋風ノイチの取り扱い説明書だけは置いていないので、あしからず。




