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第二章 仮面の優等生 9


    9


 御堂父子のセレモニーは、見事なまでに瓦解した。


 教師が舞台へ走る。

 スタッフが客席の導線を塞ぐ。

 理事が顔をしかめ、保護者がざわめき、生徒たちは一斉にスマホを見ている。


 怒号までは上がらない。

 聖麗学院は、そういう下品な壊れ方はしない。


 代わりに、全員が"取り繕えなくなった顔"をしていた。


 俺の前に、生活指導主任が駆け寄ってくる。


「諸井! 貴様、何を――」


 最後まで言わせず、どこかでハウリングが鳴った。


 音響が乱れたのか、それとも誰かが慌てて機材に触ったのか。


 その隙に、誰かが俺の肘を掴む。


「こっちよ」


 結理だった。


 舞台袖の暗がりへ引っ張られる。

 教師が何か叫んでいるけど、もう聞いていられなかった。


 狭い通路を抜け、昨日の調整室へ押し込まれる。

 ドアが閉まった瞬間、外の喧騒が少しだけ遠のいた。


 息が荒い。


 自分でも気づかないうちに、かなり力が入っていたらしい。

 右手の中で熱がまだ残っている。


 結理がモニターを一つつける。

 ホール内のサブ映像だ。


 舞台の中央では、教師たちに囲まれた玲司が立ち上がろうとしていた。

 宗雅はその少し後ろに立ったまま、表情を一切崩していない。


「……成功」


 結理が言った。


 でもその声は、いつもの平坦さより少し低い。


「そう見えるか」


「見える」


「俺には見えない」


 正直な言葉だった。


 久世の時より、ずっと重い。

 崩した感触があまりにも生々しくて、気持ちよさなんてどこにもない。


 結理が俺を見る。


「あなたが望んだ形でしょ」


「そうだけど……」


 言葉が続かない。


 玲司が嫌いだ。

 それは変わらない。


 でも今モニターの中に映っているのは、敵というより、誰にも見せないまま育てられた傷そのものみたいだった。


『甘いわねぇ』


 リリスの囁きは、なぜか責める響きを持っていなかった。


『でも、そこが坊やの面倒なところで、あたしは嫌いじゃない』


 モニターの中で、玲司がふいにこちらを向いた。


 正確にはカメラの方。

 でも、視線が一瞬こっちへ届いた気がした。


 そのまま教師に支えられ、袖へ下がっていく。


 映像が切り替わった。


 結理がタブレットを確認し、短く息を吐く。


「理事会が緊急招集。配信ログの削除命令も飛んだ」


「消せるのか」


「完全には無理ね。もう外に出てる」


 それだけで十分だ。

 聖麗が一番嫌う形で、今日は壊れた。


 結理がさらに画面をスクロールし、眉を寄せる。


「……面倒」


「何だよ」


「学院だけじゃない。外からもアクセスが来てる」


「外?」


 結理は一瞬だけ迷うように黙って、それから画面をこちらに向けた。


 アクセス元の一つに、見覚えのない企業名が並んでいる。


 ShinaStar Pharma / Academic Support Network


 背中が冷えた。


 志奈星薬学公司。


「なんでここが」


「たぶん最初から見てた……」


 結理の声は冷静だった。

 でも、指先だけはわずかに強張っている。


「今日の配信、学院内限定のはずなのに、ミラーアクセスが混じってる。正式ルートじゃない」


『へえ』


 リリスの声が少しだけ低くなる。


『嫌な匂いがしてきたわね』


 ドアの外で足音がした。

 反射的に息を潜める。


 数秒、沈黙。

 そして通り過ぎていく。


 結理が小さく舌打ちした。


「今はここから動かない方がいい」


「捕まる気はないけどな」


「学院にじゃない」


 その一言で、空気が変わった。


「……どういう意味だ」


 結理は答える前に、モニターを消した。

 部屋が一気に暗くなる。

 その暗さの中で、彼女の横顔だけがぼんやり見えた。


「諸井」


 名前を呼ばれる。


「今日、御堂を壊したのはあなた。でも、それを一番ちゃんと見てたのは学院じゃないかもしれない」


 ぞくりとする。


 右手の奥で、リリスがゆっくりと目を覚ますみたいに熱を持った。


『坊や』


 珍しく、ふざけた響きがなかった。


『開くわよ。次の幕』


 その瞬間、俺のスマホが震えた。


 差出人不明。


 画面を開く。


 文面は一行だけだった。


『適合反応を確認』

『次段階評価へ移行します』


 差出人欄には、何もない。


 でも本文の末尾に、小さな星のような記号がついていた。


 病院で見た社章。

 プロローグの夜から、ずっと頭の隅に残っていたあの印だ。


 喉の奥が、冷たくなる。


「……志奈星」


 俺が呟くと、結理が無言で頷いた。


 外ではまだ、フォーラムの混乱が続いている。

 誰かが壊れ、誰かが隠し、誰かが慌てて取り繕っている。


 でも俺にはもう分かっていた。


 今日、壊れたのは御堂玲司だけじゃない。


 あの崖の下からずっと俺を見ていた"もっと大きな何か"が、ついにこっちを向いたんだ。


 右手が、手袋の内側でゆっくりと脈打つ。


『さあ、坊や』


 リリスが甘く、冷たく囁いた。


『学校ごっこはここまで。ここからは、もっと面白くなるわ』


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